高速の死角

その二


 ここでまた、時間を巻き戻してみることする。
 時間を戻す場所は、豊川自動車沼田研究所。そして、どこまで戻すかと言うと、夜間に行なう実験の準備が、終わりかけた四時を少し過ぎた頃にである。
 「環(たまき)実験場主任。夜間実験の準備、終わりました」
 明るいブルーの作業服を着た若手社員が、ピッチリと両腕を体側につけ、はきはきした口調で、机に座っている同じ作業着を着た人物に、報告を行なった。
 「うん。あぁ。わかった」
 頭頂を相手に向けたまま、その言葉を聞いた四十過ぎの中年から、一呼吸遅れて、返事が返ってきた。何か考え事をしていたようである。
 「ご苦労さん。もう、帰っていいよ」
 「わかりました。では、部署の方に、もどらせてもらいます」
 軽くお辞儀をすると、さっさと彼の本来の部署に戻っていった。
 「はぁ〜〜〜あ」
 報告に来た若者が、部屋のドアから出て行くのを見て、環実験場主任は大きくため息をついた。
 「向こうは夜勤で、こっちは宿直かぁ〜」
 頭の後ろで手を組むと、ゆっくりと背もたれに体重をかけていった。
 「ギッギ」
 背もたれの軋む音だけが、室内に響く。
 「宿直、今月で何回目なんだよ」
 小声でそう言った時、目線は胸の名札にいっていた。
 「大体、主任とはいっても、実験場主任と、研究所主任とじゃあ偉い違いなんだよ」
 最後の「よ」を、大きめの声で言うと同時に、左足を机の上にのせた。右足は、膝から下をぶらぶらさせている。
 「部下は全員、研究所からの借りモンだし、仕事の実験場のコースセッティングは、ほとんどコンピューターがやってくれるし、……」
 声がどんどん大きくなっていく。それに合わせて、右足の振りも大きくなっていった。
 「えっ、やる事と言ったら、清掃車両の運転ぐらいなもんだよ。それに加えて、こんだけ宿直をやってりゃ、実験場主任というより、管理人だな」
 右膝を少し引き付けたあと、今まで振っていた右足も、机の上にのせられた。そして、背もたれには、さらに体重をのせた。
 「チクショ〜。不況さえなけりゃ、トヨカワホームだってなぁ〜」
 背もたれが、最大傾斜角まで曲がった。
 そこで、やっと動きが止まる。
 目には天井が映っていた。
 「リストラも、近いな」
 ボソッと、つぶやいた。
 そして、再び、背もたれを、何度も軋ませた。
 「ギッギシッ」
 軋む音が、自分の人生と重なる。
 頭の後ろで組んでいた腕を、胸の前で組み直す。
 目は天井を見つめたままで、これからの人生を考えはじめた。
 「どうしようか……」
 が、すぐに結論に行き着いた。
 「どうも、こうもないな。居れるまで、居るしかなぁ〜」
 そう言って、組んでいた両腕を、ぶらっと下げた。そして、腕時計をちらっと見たあと、臀部を少し前にずらして、肩の後ろに背もたれの上端がくるようにすると、完全に脱力して、今日一番の懸案事項を口にした。
 「自分の出番まで、何して暇つぶそ」
 しかし、その懸案事項は、直ぐに解決されることになった。
 「環実験場主任、大変な事になりました」
 いきなりドアが開いて、さっき報告に来た若手社員が、あわただしく入ってきた。
 「おっ、おわ。なっ、何事だね」
 環はあわてて、両足を床に降ろした。職務中の態度の悪さが噂にでもされたら、リストラの口実を、一つ与えてしまうことになってしまう。
 だが、その心配は、もう必要なくなっていた。
 「じっ、実験場の、実験場の制御コンピューターが乗っ取られました」
 「なっ、何ぃーーーーー」
 「今、色々と手を尽くしていますが、どうにもなりません。主任、早く来て下さい」
 「わっ、わかった。すぐいく」
 環は、すぐさま机の引き出しにしまってあった鍵と、いくつかのファイルを取り出すと、勢いよくドアを飛び出した。
 「どっ、どうしましょうか」
 廊下を急いで歩く環の後ろについてくる若手社員の顔からは、完全に血の気が引いていた。それは、環も同じであった。
 「そっ、それより、現状の報告を」
 「はっ、はい。まず最初の異変が確認されたのが午後四時二十五分に起きた、降雨装置のプログラムに無い作動からです。最初は、こちらの入力ミスかと思いましたが、一分後には実験場にある全信号機の点滅、それから三十秒後には、踏み切りの異常なまでに速い開閉、そして……」
 「わっ、わかった。あとで聞く。君は本社に、この事を伝えてくれ」
 「ほっ、本社にですか。それは、……」
 若手社員は、一瞬のためらいがあったが、すぐに、
 「わかりました」
 と、答え、今向かっていた方向とは逆に、走り出した。
 環は、その走っていく後ろ姿を、しばしの間、立ち止まって見つめていた。
 「俺だってな、本社にゃ、言いたくないよ」
 手足は、完全に脱力していた。
 そして、実験施設のコントロールルームに着くまで、走り出すことはなかった。



> 環がコントロールルームに着いた頃には、中では、もう敗戦が決定していた。
 すでに、オペレーター達には、もうどうにかしようという気は失せていて、あとは、どう処理をするかだけに関心がいっていた。
 環は、それを決める為に呼ばれたと言ってもいい。いわば、敗戦処理投手である。ただ、敗戦処理投手と違うところは、
 「リストラ決定だな」
 黒星がつくことであった。
 だが、そうは言っても、ボールは投げなくてはいけない。
 「ああっ、みんな聞いてくれ」
 オペレーター達全員が、環の方を向いた。全員、ミットは構えていたが、サインを出してはいなかった。
 「これから、非常用電源も含めた実験施設の全電源を切断する。みんな、用意してくれ」
 そして、環が投げた球は、内角高目のボール球だった。つまりは、
 「しかし、環主任。上手くいけばいいですが、今の状態で電源を切ると、多分復旧に、かなりの時間が……」
 振ってくれれば儲けものの球だった。さりとて、
 「って、もう、どうにもならないなんだろ。ほら、これが電源の鍵だ」
 低めに投げるコントロールは、持ち合わせていなかった。
 鍵は部下に渡され、次々と電源が切断されていった。その間、環は自分の机からもってきた危機管理のマニュアルが書いてあるファイルに目を通していた。
 「とりあえずは、一段落だな」
 投げた球は、とりあえずはホームランを打たれるような球でないハズだ。
 が、打者は並みの選手ではなかった。
 「環主任。あとは、街路灯と監視カメラの電源だけですが、どうしますか」
 「どうって」
 「とりあえず異常はないので、実験施設の現状把握のために残しておいてもいいかと」
 「ああ、そうだな。で、実験施設はどうなんだ」
 環はモニターを覗き込んだ。
 「はい、見た目の破損はさほどではありません。しかし、いきなり電源を切った影響が、制御システムの方に出てないということは、……」
 その時、オペレーターはモニターの真ん中に動く点を目にした。
 「うん、これは」
 点はどんどん大きくなってくる。環は、その正体に驚いた。
 「実験車両が走っているぞ。なんでだ」
 「わかりません。実験の開始時刻までは、まだあったハズです」
 コントロールルームに、ざわめきが起きる。
 「環主任。大変です」
 そこに、本社に連絡を頼んだ若手社員が、邪魔なものをどけるかのようにドアを開けて入ってきた。
 「実験車両が暴走を起こしました」
 この一言で、コントロールルームが臨戦体制になった。
 「今、こちらで確認したところだ。で、本社の方は、なんて言ってきた」
 「この件に関しては、実験場主任に、一任するとのことです」
 若手社員は、うつむきかげんに言った。
 周りのオペレーター達も、みんなうつむいた。
 責任を押し付けられたのは、明白であった。
 そんな重苦しい空気の中を少しでも進む為に、さきほどの若手社員が言葉を続けた。
 「あとそれから、応援を要請したとのことです」
 「応援?どこに?」
 「神楽総合警備という警備会社だそうです」
 かくして、試合は急にダブルヘッダーになってしまった。



 しばらくして、実験施設のコントロールルームに神楽総合警備が到着し、作戦の準備を桜木と菊島が進める中、環が蘭東に幾度となく念を押していた。
 「本当に、本当に大丈夫なんでしょうね」
 予期せぬダブルヘッダー二試合目に慌てたことに加えて、いきなり応援で来た警備会社が、にわかに信じられない事を言ったからだ。
 「ですから、先ほどから何度も申しましたように、豊川自動車本社の方からは、実験車両を止める為に必要であれば、実験車両、および実験施設を破壊してもかまわないとの許しは得ておりますので、ご安心下さい」
 「いや、しかし、あの実験車両と、実験施設には莫大な費用がかかっているんです。ですから、本社の方がそれを許すなんてことは、考えられないんです」
 「お言葉ですが、環実験場主任。これは、そちらの本社の方から言ってきたことなのです。ですから、……」
 「いや、こちらの方には、そんなことは、……」
 こんな調子で、環は、何度も食い下がった。そうしたのは、蘭東の言っていることを、そう簡単には信じられないということもあったが、なにより、契約書に署名をするのが、一任された自分であったからだ。環は、この件に関して一任されたと聞いた後、責任を取らされて、辞めさせられるかもしれないことを、半ばあきらめていたが、自ら自分を不利にするようなことだけは、したくはなかった。なぜなら、退職金が出ないかもしれないからだ。不況の時代に、これは死活問題だ。
 だが、民間企業である神楽は、署名してもらって契約が成立しないかぎり、身動きが取れない。
 「わかりました。では、証拠をお聞かせいたします」
 蘭東は、あきらめて、いつもは出さない電話内容を録音したテープを出すと、環にマイクロテープレコーダーのスピーカーで聴いてもらった。
 スピーカーに右耳を当てた環に聞こえる幹部の声は、確かに、そう言っていた。
 「わかりました。では、署名いたしますが、出来る限り、実験車両や、実験施設を破損しないようにしてください」
 環は、まだちょっとだけ信じられなさそうな顔をして、契約書に署名した。
 「これで、契約が成立いたしました。では、これから先は、こちらの指揮に従ってもらいますが、よろしいですね」
 やっと署名してもらった契約書を手に、蘭東は満足そうな顔をした。
 「おっ、栄子ちゃん。やぁっと契約終わったの」
 いつのまにか蘭東の横に来ていた菊島が、丸めて筒にしたファッション誌に、望遠鏡を覗くように右目を当てて、契約書を見ていた。
 「ええ、社長」
 蘭東は菊島の方に振り向くと、契約書の署名欄に、筒にしたファッション誌のもう片端を、三センチの距離にまで近づけた。
 「うむ、確認」
 ついで、菊島は桜木の方に筒状のファッション誌を向けた。
 「高見ちゃ〜ん、原因わかった〜」
 「はぁ〜い、社長」
 筒から見える桜木が、手を振って答えた。
 「えっとですね。ここの実験施設の電源を落とし始めた直後に実験車両が暴走し始めた事と、ここのシステムと、実験車両がワイヤーで繋がっていない事から考えると、やっぱり原因は化け猫以外に考えられませんね」
 「やっぱり」
 「やはりね」
 菊島と蘭東は、二人して、うなずいた。
 出番だ。得意の球だ。
 「さぁってと」
 丸めていたファッション誌を、菊島は右手に持って、
 「いってみようか、田波君」
 映画監督がメガホンを振るようにして、ビィシッとポーズを決めた。



 「てなぁ〜」
 菊島のGOサインに、田波は、むかついた顔をして、むかついた口調で、むかついた言葉で、むかつきながら応答した。とにかく、むかついていた。
 で、その理由はこれだった。
 「なんで、自転車(ママチャリ)を漕がなくちゃなんないんだ」
 菊島達のいる実験施設のコントロールルームのモニターには、自転車(ママチャリ)を必死こいて漕いでいる田波の勇姿が映し出されていた。
 「仕方ないでしょ。ここにある車は全て、道路のあらゆる状況を再現するために、ここからコントロール出来るようになっているのよ」
 「ですから、田波さん。プロテクトを施さないと、使えないんです」
 「と、いうこと。わかったぁ〜〜、田波君」
 と、三人が、なぜだか上手〜〜く繋がるようにして喋った。
 それに対して、田波は
 「わかったぁ〜〜、じゃない。じゃぁ、なんで、あいている一号を使わせてくれないんだ」
 さっきと同じように、むかついた顔をして、むかついた口調で、むかついた言葉で、むかつきながら質問した。しかも、今度は理由付きだ。
 そう言われた菊島は、蘭東に顔を向けた
 「だってねぇ〜」
 「ねぇ〜〜」
 目と目を合わせて、うなずきあう二人。
 「だってなんなんだ」
 今度は、田波は、引きつった顔をして、引きつった口調で、引きつった言葉で、引きつりながら訊いた。
 そんな田波君に対して、返ってきた答えがこれだ。
 「だって、一号が壊れちゃったら、帰りの足が減っちゃうじゃない」
 「それに、バモスに六人は乗れないでしょ」
 余計、引きつる。
 「そんな理由かい」
 田波の携帯に、唾が飛んだ。
 と、そうこうしている時に、
 「四号よりコントロールルーム。こちら、姫萩」
 姫萩から連絡が入った。
 「姫萩さん。今、どちらでしょうか」
 「うぅん。えっと、あっ、今、けやきの並木道に入ったところ」
 それを聞いた桜木は、キーボードを操作して、監視カメラが捉えるバモスの姿をモニターに映し出した。と、同時に逃げる実験車両も、モニターに映し出された。
 それを見たオペレーター達が「オォ〜〜」と、声をあげた。
 「では、姫萩さん。そのまま、並木道を真っ直ぐいくように、誘導して下さい」
 「えっ、でも、この先は、突き当たりのT字路になってるよ」
 「それは、大丈夫です。左の方は、田波さんが道路工事用フェンスで、塞いじゃってますから」
 「あっ、そうなの」
 と、なんとも呑気なやり取りがあった後、
 「はぁ、はぁ、はぁ、今、着いたぞ」
 息の上がった田波の声がした。
 「お疲れさまです。で、田波さん。あと四十秒で、目標がその地点に来ちゃいますんで、作戦通り、梅崎さんの援護と、目標の封印をお願いします」
 「なぁ、高見ちゃん、ちょっと休ませて」
 「えっ、でも、目標はもうすぐ来ちゃいますしぃ〜。あっ、でも、あたし個人としては、この仕事が終わったら、田波さんには休んでもらって、それで、こんど新しくオープンしたホテルのプールに、田波さんの好きな水着を着て御一緒したいなぁ〜、なんて、これって勤務中に話すようなことじゃ、ありませんでしたね……」
 と、延々と続く桜木のノロケ話をよそに、田波は目の前にある道路工事用フェンスに自転車(ママチャリ)を立てかけると、買い物カゴから、クロスボウとノートパソコンを取り出し、ついで御札をフェンスに貼って、化け猫が巣くっている車の到着を待った。
 田波の目の前にある道路工事用フェンスの六メーターむこうには、袋小路が見える。そこに、化け猫を追い詰め、このフェンスで入り口を塞いだ後、デリートするというのが、今回の作戦だ。あらかじめ袋小路の三方には、御札を貼ってある。
 「そろそろ、梅崎さんの銃声が聞こえても、いい頃なんだけど」
 田波は腕時計を見た。もうそろそろ、化け猫を実験車両から、追い出さなくてはいけないのだが、……。
 「バガバガガガガガガガッ」
 「来る」
 田波は、クロスボウを構えた。
 一方、梅崎、姫萩組は、
 「オラオラオラッ〜〜」
 フィーバーの最中だった。梅崎が、バモスの荷台に自分の脚部をくくりつけ、BRN−303を撃ちまくっているのだ。
 だが、弾は車には当たっておらず、アスファルトを跳ねて、火花を散らしている。
 「ねぇ、あと少しで突き当たりになるよ」
 「こういう場合は、タイヤを狙うってのがセオリーなんだよ」
 「ふん〜〜ん。まぁ、そろそろ、むこうもスピード落とすから、大丈夫よね」
 「なにおう。この紅の流れ星の腕を信じてないな」
 「別に〜〜」
 梅崎はムッとした。
 「てりゃ〜〜〜〜〜」
 だが、気合を入れて撃ち続けても、一向に車のタイヤがパンクしない。
 そして、そうこうしてるうちに、突き当たりが迫ってきた。しかし、むこうはスピードを緩めようとはしなかった。
 「あのままのスピードだと、曲がりきずに激突ね」
 「ちっ、仕留めきれなったか」
 「一発も、当たってないのに」
 「なにおう」
 馬鹿にされて怒った梅崎が、バモスの座席後部の窓から姫萩をにらもうと、上体を横に傾けた。左目が窓までとどく。当然、目は姫萩に向くはずだった。
 だが、
 「なにぃぃぃぃぃぃぃ〜〜」(梅崎&姫萩)
 目の向きは、実験車両に固定されてしまった。
 なぜなら、その動きが、−−−実験車両は、ブレーキ音をさせることなく、いきなりスピンをした。いや、それは、スピンというよりかは、自ら回転したと表現した方がいいかもしれない。まぁ、とにかく無理矢理、左を向いて横滑りしたのだ−−−信じられなかったからだ。
 「畜生〜〜〜〜ぅ」
 すぐに体勢を立て直した梅崎が撃ちまくるが、相手は止まらない。
 「なにしてんの。田波君が危ないわよ」
 「るっさい。くそ〜〜、何発かは当たってるはずだぞ」
 確かに、照準は実験車両のボンネットに合ってはいたが、車体には、穴一つ空いてはいなかった。
 そして、何事も無かったかのように実験車両は、突き当たりまで、行き着いてしまった。もちろん、実験車両の後部カメラには、御札が貼られた袋小路が映る。車内のモニターに、目を細めた化け猫の目が映った。
 「うわっ」
 当然、実験車両から化け猫が追い出されたものと思っていた田波は、目の前に実験車両が見えて、驚きの声をあげた。
 そして、急いで携帯に向かって、叫んだ。
 「梅崎さん!!」
 「ふっ、すまないな。まぁ、流れ星も、たまに外すこともあるさ」
 「あんた、カッコつけてる場合か」
 まぁ、確かにそうだ。
 でもね、田波君。きてんだよ、そこに。
 「ヴ〜〜〜ン」
 低く小さく唸るモーター音をさせて近づく、化け猫付の車が。
 「どわっ」
 で、当然、田波には、反撃する時間すら与えなかった。
 まず、簡単に工事用フェンスを飛ばすと、そのまま田波の大腿部にバンパーの真ん中より少し左寄りの部分を当てた。
 そして、これからの動きが凄まじかった。
 まず、大腿部に前から追突された田波は、当然、前のめりになってボンネットに乗り上げる。そして、普通は、頭部がフロントガラスにぶつかるのだが、化け猫が乗っ取ったこの実験車両は、その場で、普通の車両には到底不可能な右回りの転地旋回をして田波に当てた為、−−−だから、バンパーの真ん中左寄りに当たったのだ−−−体は、ボンネットの上を左サイドに向けて、斜めに移動しながら一回転することとなる。
 そして、田波の体が、ボンネットの左サイドから落ちる直前に、左の前部座席のドアのロックを、ガラスを下げながら解除して、瞬間的に停止した。
 ロックが解除された左前部座席のドアに、慣性の力が働く。
 ドアが開く。
 その上に、落ちかけた田波の体が、くの字に折れ曲がって乗っかった。
 すると、すぐさま今度は、左回りの転地旋回をして、また瞬間的に止まった。
 田波の乗ったドアと田波に、慣性の力が働く。
 ドアが閉まる。
 と、同時に、田波が、化け猫が乗っ取った車の中に放り込まれてしまった。
 この凄まじい動きが、なんと驚くべき事に、一瞬にして行われたのだ。
 そして最後に、仕上げとしてロックが掛けられ、ガラスも上がりきった。
 こうして、田波は、化け猫から、無理矢理ドライブに招待されてしまった。
 この一瞬の出来事は、コントロールルームにいる全員が目にしていた。無論全員が、今起こった危険度の高い事態に、驚きを隠せなかった。
 当然、この中には、神楽のメンバーも含まれていた。
 「田波く〜〜ん!!」
 「田波ァ〜!!」
 菊島と蘭東が驚きの表情で、叫び声をあげた。
 そして、
 「田波さぁ〜〜〜〜〜ん」
 桜木の悲鳴が、実験施設のコントロールルームに、ひときわ響いた。

戻る / TOP / 次へ