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彼岸花

 
 河川敷のあぜ道に、赤い花が咲いていた。
 そう、これは。
 秋によく見る花だ。名前は……。
 「あ、彼岸花だ」
 隣を歩く未紅が呟く。そうそう、彼岸花だ。もしくは曼珠沙華とも呼ばれている。
 「ねぇ、ユウ?」
 「ん?」
 「どうして彼岸花は『ひがん』なんて不吉な名前をしてるんだろうね?」
 ん
 それは
 「それは……」
 隣でニコリと微笑む未紅の顔が、一瞬歪んだように見えた。
 「あれ?」
 「どうしたの?」
 「いや……なんだか何かを忘れているような」
 「それは思い出した方が良いことなのかな?」
 再び未紅の顔を見る。
 「っ?!」
 そこには笑っていない目で優しく微笑む未紅の顔。
 そして後ろ手には摘んだばかりの真っ赤な彼岸花。
 「ねぇ、思い出すの?」
 言葉に、何故か苦しくなった咽元を俺は両手で押さえた。
 「そうだ」
 彼岸花には強い毒性がある。それこそ相手を彼岸に送るほどに。
 「だって、ユウが悪いのよ。アタシ以外の子ばっかり見・テ・ル・カ・ラ」
 やがて世界が歪み、闇に包まれ、未紅の姿は巨大な赤い彼岸花に変わる。
 そうだ。
 これは死の間際の儚い夢。
 束の間の現実逃避。
 完全に意識が闇の中に沈む前に、俺は彼岸花の花言葉を思い出した。
 それは―――「想うはあなた一人」


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