2−4


<Rune>
 空には星空はなく暗く粉雪が舞い、僕の頬に溶け落ちた。
 街は多くのカップルが己れの幸せを堪能するかのように溢れ反っている。
 「ね、ルーン。あれは何?」 子供のようにはしゃぐアスカに一つ一つ答えていく。
 閉鎖された森で暮らしてきた彼女にとって、この祭りはあるもの全てが未知のものなのであろう。
 そしてそれを一緒に見る僕にも、いつもはない新鮮さが感じられた。
 そんな僕達は今、アークス城へと向かって歩いている。
 「あの城、大きいね。見に行きたい!」 とアスカの強引な引っ張りによって、各商店を見て歩きながら街の中心に向かっていた。
 いつしか城を囲む騎士や貴族達の高級住宅地を抜けて、アークス城の巨大な城門の前までやってきていた。と、同時に僕達は妙な感覚を感じ取っていた。
 「妙だな」 
 「そうね」 
 それは戦いを前に控えた獣の吐息に似たもの――殺気。それも物凄く大きい。
 ”これが感じ取れるくらい成長したのね。うれしいわ” 不意に今までずっと黙っていた,眠っていたのであろうか、イリナーゼの思念が伝わってくる。
 確かに今までの僕ではこの妙な感覚は感じ取れないだろう。ある程度の戦いをこの身に叩き込まねば分からないはずだ。
 「帰ろう、ルーン」 強引にここに来たのに責任を感じたのか、アスカが申し訳なさそうに呟いた。
 「ああ,何かに巻き込まれる前に」 僕のその言葉を遮るようにいきなり城門が開いた。同時に武装し戦馬に乗ったアークスの騎士達が飛び出して来る。
 「デル隊,イルア隊は予定通りの行動をせよ、クアン隊は私に続け!」 城門を守る衛兵を切り殺したのであろうか,手にした槍を赤く濡らし、先頭を行く指揮官クラスの男が手早く50名程の後ろに続く部下に指示する。
 「どうする,ルーン」 目の前を過ぎ去って行く騎士達を前に、アスカが冷静に困っていた。
 この時には僕達はすでに、とばっちりを受けることを恐れて近くのゴミ箱の近くに身を潜めている。
 「クーデターでも起きたみたいだな。当然、さわらぬ神にたたりなし」 
 「でも無理みたい」 最後の騎士の一団,五名程だが彼らは目が良く、戦いが好きらしい。手槍の一本がゴミバケツを貫いた。
 「庶民のようですが」 言う騎士の胸の紋章は第四騎士団の物だった。
 「面倒だ、準備運動にもなる,殺せ」 五人の内、リーダーらしい男の号令の下、残り四本の手槍が投げ付けられる。
 当然、準備運動代わりにされる僕達ではない。それらはアスカの風の精霊の力によってあらぬ方向へと付き刺さった。
 「私を準備運動代わりにするなんて四年と五ヶ月早いわよ」 額に四つ角の怒りを浮かべて、微笑みながらアスカは腰の細身の剣を抜き放つ。なお、年月はいい加減だ。
 ちなみの彼女のこの剣は氷紋剣(アイスブランド)と呼ばれる代物で、氷の力を持ったかなり高価な剣であることが判明した。この剣と同時に女騎士から奪った物を売ったら、かなりの額になったことを付け加えておくとしよう。
 「殺すな,賞金首になるぞ!」 言ったが、おそらく無駄だろう。
 その間に騎士達は騎士とも思えぬ行動,すなわち五対二の戦いをすべく、剣を片手に襲い掛かる。
 「ハッ!」 気合いとともに、アスカは飛び上がった。そして手前の騎上の騎士の首が、氷の刃にいとも容易く切り落とされる。
 「あらら…凄い切れ味」 不敵に微笑みアスカ,ちょっと怖いぞ。剣に魅入られたか?
 「手強い、気を付けよ!」 リーダー格が叫ぶ。しかしそんな警告も聞かずに騎士Bの剣が僕に向かって降り下ろされた。
 「くっ」 仕方無く、僕はイリナーゼを引き抜く。そして騎士の剣を交い潜り、その胸に剣を突き立てた。騎士はそのまま絶命し、落馬する。
 「ああ、とうとう人殺しをしてしまった…」 罪悪感。
 「後悔してる暇あったら、剣を振りなさいよ!」 アスカの厳しい叱咤が飛ぶ。彼女はすでに二人目の騎士も切り殺していた。もぅ、取り返しがつきそうもない。
 「隊長がやられた!」 
 「くっ、逃げろ!」 三人の騎士達は鼻先を変えて城門の方へと逃げ出す。どうやらアスカの倒した二人目の騎士が、あのリーダー格だったようだ。
 逃げて行く騎士達の後ろ姿を眺めながら僕は胸を撫で下ろす。と、その三人の騎士達が再び反転して戻ってきた。
 イリナーゼを構えるが、三人の騎士達は背後から槍にそれぞれ突き刺され倒れて行く。
 そして彼らの屍を乗り越えて、新たな騎士団が現れた。
 彼らの剣は血に汚れ、ついさっきまで戦闘を行ってきた形跡がみられる。そしてそのほとんどの騎士に怪我がないことから、一方的な殺戮だったように思えた。
 彼らは無言のまま、僕達を無視してそれぞれに散って行った。おそらくは先程の騎士達を追うためにか。
 「何者だ? そなた達は?」 その騎士達の内、一人が近づき誰荷の声を挙げた。僕はどう答えたら良いか分からず、取り合えず沈黙を守る。
 「騎士というのは自分の名も言わずに、人の名を尋ねるのかしら?」 アスカが挑戦的に言い放った。彼女は急に喧嘩を売られたことで機嫌がとことん悪いようだ。
 「これは失礼した。私は第五騎士団団長・ハノバ=テイスターと申す者」 言って、彼は兜を取る。その下から現れたのは壮観な白髪交じりの中年男性,燻し銀の魅力がある隻眼の男だ。
 「私はアスカ=ルシアーヌ。一介の旅人よ」 
 「僕はルーン,彼女の同行者だ。一体城の中で何が起こっている? いきなり騎士が切り掛かってくるなんて、普通じゃないぞ」 僕の非難に騎士は苦く笑う。
 「同じ騎士団の者として非礼をお詫びする。色々とお家事情というものがあってな。ここは何も言わずに去ってくれないか? 内密に処理すべきこと故」 馬上からハノバと名乗る男は一方的にそう言い放つ。言葉の裏には黙って立ち去れば命は取らないということ言っているのだろう。
 当然その対応に猛然と抗議すると予想されるアスカ…は神妙な面持ちで彼から視線を背けた。せ、成長してる!
 そのまま彼女は僕の手を引っ張り、騎士達の前から立ち去った。そして騎士達から完全に見えなくなった路地裏で足を不意に止める。
 「忍びこむわよ、ルーン」 
 「へ?」 
 「忍びこむのよ! あ〜んな偉そうな事言われて、はいそうですかって引っ込んでいられると思って? 城の中で何が起こっているのかこの目で見てやるのよ!」 
 「何でわざわざ火中の栗を拾いに行かなくちゃなんないんだ?」 
 「何か文句あるの!?」 
 「…ないです」 目が座っている。その迫力に僕はつい頷いてしまっていた。



 アークス皇国は四つの公国が中央の央国を守るような形で形成されている。公国もそれらを統べる央国も基本的には世襲制である。
 央国――つまりこのアークス城に住む王族は全部で七名いる。まず言うまでもなく、国王,そして王妃。またその三人の子と王の弟系の子が二名である。
 さっき宿で読んだ新聞によると現在、城中にいる王族は四名である。国王と王妃,一人の息子と一人の従姉妹だ。
 この一人の息子,第三王位継承者であり第二騎士団の団長も務めるウルバーン王子が今回の騒ぎの元であると僕は予測する。
 ウルバーン王子は今夜のこの城の警備の当直である第四騎士団をも仲間に引き込み、クーデターを起こしたのだろう。原因はもちろん王位に対する欲望。
 とにかくこのウルバーン王子,世間の評価は極めて悪い。第二騎士団の団長の座にしてもまっとうな方法で手にしたのではないのは証拠無き事実であり、性格もかなりねじくれているとのこと。
 その彼がおそらく計画的に、皆の緊張の薄い聖夜を狙って国王の命を奪おうとしているのではなかろうか?
 手に鈍い感触を残して、完全武装をした騎士は僕の後ろで崩れ落ちた。
 「これで十二人か」 白目を剥いた騎士を見下ろし、僕は呟く。
 「十三人よ」 速効でアスカが突っ込みを入れた。
 城内は悲惨な状態にあった。所々に騎士の死体が転がり、白い壁がその血で赤く染まっている。そしてどこかで火災が起きているらしく、焦げ臭い匂いと煙がうっすらと充満していた。
 「で、要はそのウルバーンって奴がこの騒ぎの発端な訳ね?」 
 「あくまで推測だよ。ただの火事ってことも…ないか」 しかしこの推測は誤ってはいないだろう。だが引っ掛かる,僕でも推測できそうな事態に何故陥ったのか?
 「騎士ばっかりだね、普通の人の姿を全然見ない」 部屋の一つを開けてアスカは言う。そこはおそらく宿直の文官の部屋の一つなのであろうが、まるっきり慌てて逃げ出したという形跡がない。
 「とにかく、もういいんじゃないか? こんな危なっかしいトコ、早く出よう」 
 「ま、白亜の城の見物も十分したし。そろそろ帰りましょうか」 と、何処かの炎でうっすらと暖かかった空気が一瞬にして凍ったそれに変化する!
 咄嗟に煙に包まれた通路の向こうに向かって僕達二人は構える。
 煙の向こうからうっすらと、そして次第にその姿が現れる。この状況で汚れ一つない白いドレスに、長い赤い髪を背中にゆったりと流した女性だった。
 彼女は杖を手に僕達の方へゆっくりと歩いてくる。その杖の動きと端正な顔に閉じられたままの瞳から、彼女が盲目であることに気付く。
 先程感じた冷たい空気は消え去っていた。彼女は僕達の前、およそ2mの所で立ち止まり、首を小さく横に傾げた。行動の一つ一つに気品が感じられる。
 「貴方方は、どちら様です?」 驚いた風もなく、この場に似合わない優しい声で尋ねる。それに僕が口を開く前にアスカが話した。
 「危ないわよ、一人でウロウロしてちゃ! さ、私達と一緒に外に」 それに盲目の美女は首を横に振る。
 「自分の家の始末は自分でつけないと」 その言葉に彼女の名前が僕の脳裏に浮かんだ。
 シシリア=エナフレム――現王の亡き弟の長女であり、幼い頃の病気による盲目の為、ほとんど人前には現れない、烈火将軍の姉。
 「シシリア姫様,ですね」 僕は慌てて剣を鞘にしまう。その僕の行動をアスカはつまらなそうに見ているだけだった。
 「はい、貴方方は…城の者ではありませんね。しかし悪意は感じられない」 
 「そりゃそうよ、唯の見物客だもの」 
 「まぁ、見物ですか,それなら分かりますわ」 アスカもアスカだが、シシリア姫も変だ。
 「お願いがあるのですが…」 シシリア姫の願いを断わるだけの勇気と非情さは、今の僕にはなかった。
 「私を父の元へ連れて行ってもらえませんか?」 



 ダダダダダ…
 騎士達が走り去って行く。僕達は部屋の影に隠れてそれをやり過ごした。中々先に進むことができない。
 「行ったな」 去って行く騎士達の背を眺め、僕達は通路に戻る。
 目指すは謁見の間,おそらくそこに命を狙われているアークス王がいる。行ったところでどうなるものではないが、シシリア姫に何か考えがあるのだろう。
 「ギャ!」
 騎士達が去って行った背後で叫び声が上がる! 振り返る,黒い影が猛烈なスピードで迫ってきた。僕はイリナーゼを抜く。何者?!
 ガギィ,ギィ!
 腕に重たいものが響く,それに僕は跳ね飛ばされ、壁に叩き付けられた! 同時にアスカもまた、反対側の壁まで飛ばされている。
 先ほど去って行った騎士達の姿が目に入る。五、六人の騎士達は一人として動いてはいない。黒い影はその双刀を僕に振りかざす!
 「お待ちなさい,サルーン!」 シシリア姫の叱咤,それに影の動きが止まる,僕はそれに向かって蹴りを放った!
 「クッ」 後退するその影に僕は剣を構える…そこにシシリア姫が割って入った。
 「この人は味方です」 それにようやく僕とアスカ,そして影から殺気が消える。
 影,黒装束を着込んだ黒い曲刀を両手に持った二十代後半の男だった。色白の整った顔に不思議なことに金と銀の瞳を有している。表情は乏しく、しかし常に剃刀のような薄い、鋭い殺気を纏っていた。
 「こちらはサルーンと言います。私に付いていてくれる人なんです」 護衛,と言うことか?
 このサルーンと言う男、片手の剣の一撃で僕とアスカを跳ね飛ばした。あの騎士達にしてもこの男に一瞬にして倒されている。物凄い剣技の持ち主だ。
 「シシリア,ここは危険だ」 低く、小さな声で呟くように男は言った。それにシシリアは首を横に振って答える。
 「私は王の元へ向かいます。ウルバーンの動きを知っているのなら教えて下さい」 それにサルーンはしばらくの沈黙の後、やはり小さな声で答える。
 「ウルバーンは手勢20名の精鋭を連れて同じく謁見の間へ向かっている。クラールの率いる第三騎士団の精鋭を軽くあしらったところまで、私は見ていた」 
 「ルーンさん、アスカさん,急ぎましょう」 盲目にも関わらず、彼女はサルーンを伴って通路を早足で進んで行った。



 しばらく行くと大きな扉の前に三十近い石像が立ち並んでいた。が、それは石像とは異なるものと僕には察しがついた。
 「石化している。人間業じゃないな」 僕は絞り出すように呟いた。
 「クラール…ですね,これは。生きているのでしょうか?」 シシリアが閉じた瞳のまま、心配そうに石像と化した騎士の一つに触れた。
 「魔族か、それに近いものの仕業だ」 シシリアの側にぴったりと付いている黒装束の剣士サルーンが言う。風貌と身のこなしから、おそらく騎士ではなく暗殺者かなにかの出身であろう。
 「謁見の間はこの扉の向こうね。行きましょう」 剣を握り直し、アスカは先頭を行く。
 彼女はその両開きの扉に手を掛けた。押す,引く,持ち上げる(?),しかし開かないようだ。アスカは僕に視線を向ける。
 が、僕が動くより早くサルーンが双刀を抜いて扉の前に立った。
 チャッ
 彼が何やら動いたかと思うと扉はガラガラと音を立てて幾つもの破片に切り落とされる! 凄まじい斬撃だ。しっかし、思ったより思い切ったことをする。
 扉を突破すると、二十近くの騎士の視線が僕達に突き刺さった。
 広いホール状の部屋,おそらく様々な行事などが行われるのであろう、その白い部屋は、王の座る玉座に赤いシーツを広げ、無粋な鎧を纏った騎士達が占拠している。
 その騎士達の内、鎧すら纏わず抜き身の剣を手に提げる青年の姿が目に入る。彼は僕の後ろ,シシリア姫の姿を確認し、不敵な笑みを浮かべる。
 「遅かったな、シシリア。父上はもうすでにこの通りだ」 王座の前で首の突き刺さった槍をかざす優男。おそらくこれがウルバーン王子,そして殺され、首となったのは現王アークス十六世。
 「ウルバーン…」 シシリア姫が哀れむように呟いた。そこに叔父を殺された事に対する悲しみは何故か感じ取れなかった。唯、ウルバーンを哀れんでいるように見える。
 「どうだ、シシリア。俺に従うのなら命は助けてやろう」 金色の髪を掻き上げ、形だけは威風堂々とするウルバーン。シシリア姫は首を小さく横に振る。
 「王殺し以前に親殺しの愚か者に従う気はありません」 溜め息を伴い彼女は言い放つ。
 「ふん,ならば死ぬが良い」 ウルバーンは素っ気なく言うと、生首の付いた槍を投げ捨てた。それを合図として、騎士達が一斉に襲い掛かってくる。
 成り行きとは言え、これは死ぬかもしれない。ウルバーン王子を囲む部隊は、前代騎士団長ステイノバの代から精鋭中の精鋭を選りすぐっていることは結構有名だ。
 もっともウルバーンが第二騎士団の団長になってからは騎士としての品はそっちのけでとにかく腕の立つ者を選りすぐっていると聞き及んでいる。故に余計始末が悪い。
 「ルーン,こうなったらヤケよ!」 駆け出そうとするアスカ。
 「あ、アスカ,無茶は…」 襲い掛かってくる騎士達の第一線,およそ五人が閃光と伴に倒れ伏した! 突然の出来事に踏み止どまる残る騎士達。チャンス!
 「愛しき風よ,その身に鎖を纏い、かの者達の自由を奪って!」 アスカの召喚に応じて、風の精霊が騎士達の動きをやや遅くする。
 「集いし大気の力,我が護法により不可視の盾を形作らん! 力の盾よ」 僕の呪語魔法が同時に発動,僕達四人に不可視の盾が生じた。が、相手は未だ20人近くいる。イニシアティブはこちらにあってもきつすぎる!
 ゾッ!
 騎士達の中にサルーンが飛び込む。同時に三人の騎士が倒れ伏した,返す刀で手近の騎士に切り返したが、盾によってその斬撃はその騎士を弾き飛ばすに留まった。
 「集いし大気の力,我が護法により我らの束縛を解き放て,解呪清印」 
 「大気に集いし万物の元よ,我が導きにより彼らに汝の変化、凝固を与えよ,結!」 
 「我が光の神アリスタよ、我らに汝の鼓舞を与えん!」 
 「我が闇の神カルス,彼らに恐怖を与えたまえ」 
 後衛の騎士からの呪語魔法と神聖魔法が戦況を一変する。騎士達の本来のそれに戻り、逆に僕達に大気の水が結露し、動きを悪くする。そして何故か起こる心の底からの恐怖。
 「クッ!」 チラリと後ろに目をやる。何かを呟くシシリア姫と、先程の闇の神の神聖魔法の影響をまともに食らって茫然としているアスカの姿があった。
 ”行くぞ,イリナーゼ” 無言の承諾を受け、切り込む僕。ここに来るまで城の中では騎士達に対して気絶させるだけに留まっていたが、ここではそんな余裕などはない。
 ギッ! 大柄な騎士の大剣の一撃を受け流す。返す刀で切り伏せようとするが、横から槍を繰り出してきた騎士の攻撃を交わすのに気が取られる。
 その間に二人の騎士がアスカとシシリア姫に向かって襲い掛かった! 駄目だ、全く多勢に無勢だ。
 肩を抱えてうずくまるアスカに向かって剣が降り下ろされた!
 呟きが終わるとともに、シシリア姫の開かないはずの両の瞳がカッと見開く!
 そこに僕は見たような気がする。金と銀の瞳を…
 アスカとシシリアに剣を振り下ろさんとする騎士達が瞬時に、白い灰となって消え去った。魔法…なのか?
 驚く暇もなく同時に王座の後ろにある扉から三つの人影が現れ、雷を帯びた球が騎士達の真っ只中に――僕達をも巻きこんで炸裂した!
 ゴウン!
 響き渡る轟音と振動,咄嗟にその場に倒れて爆風から逃れた。いや、爆風が伝わってこない??
 「あれ?」 気が付けば今の衝撃で、騎士達のほとんどが痺れて倒れ伏している。動けるのは僕とアスカ,サルーン,シシリア姫にウルバーンとその傍らに立つ騎士だけ。
 僕達四人の回りには赤い――バリアの様な魔法が働いていた。強力な結界だ。
 「こうなってしまったのもわしの教育の責任よのぅ」 その声は突然の乱入者たる三人の内の一人から聞こえてきた。その三人の姿を見て、僕は息が止まる。
 白い顎髭を豊富に蓄えたのは紛れもなく現王,アークス十六世。先程ウルバーンの槍に突き刺さっていた生首である。しかしそれに驚いた訳ではない。
 騎士達の急な全滅に呆気に取られたウルバーンは、横目で自らが討ち取ったはずの現王の遺体に視線を移す。そこには赤いシーツはなく、唯の砂の塊だけが落ちていた。
 「どうでしたか? 私特製の王の人形の切り具合は。あれでも作るのに二ヶ月もかかったんですよ」 その傍らに立つ中年魔導師がさらりと言う。それにウルバーンはその男にキッと鋭い視線を向けた。
 魔導師のその言葉の中には、二ヶ月前からお前のやることは分かっていた、という内容が含まれているのは言うまでもない。
 「ウルバーンよ。己の罪を全て償うというのなら命は助けよう。そのように育ててしまったのはわしなのだからな」 
 「何を勝ち誇った気でいる。もう一度討ち取れば良いだけのこと!」 剣を構えるウルバーン。王はそれに対して指を鳴らす。すると僕の後ろの扉から騎士達が雪崩込み、遠巻きに僕達を取り囲んだ。
 「それと宮廷魔術師のトップとNo.2相手に、真っ向から勝負して勝てる気でいるのかしら?」 もう一人の白髪の若い魔女の言葉に、しかしウルバーンは不敵の笑みを浮かべる。
 「馬鹿め,俺の力を甘く見たな,ルース!」 叫ぶウルバーン。途端、彼の背に光の翼が一瞬輝いた。
 「我が指導者リブラスルスの盟約に基づき出でよ,第七位権天使らよ!」 叫ぶ彼の言葉に反応して、四つの光が彼の頭上に現れる。それはすぐさま形を取り、四人の人形のような顔を持つ天使となった。
 「「御命令を。マスター」」 機械的な声が四人の天使から響く。
 「天使?!」 僕は唖然とする。これは一体どういうことだ??
 「あの愚かども達を先程の騎士達のように石に変えてやれ!」
 「「きぃぃ!!」」 吠える天使達。そして僕達は異変に気付いた。
 「な、石化?!」 僕の足からゆっくりと灰色の石と化していく。同様に包囲していた騎士達も石化が始まり、うろたえる。しかしシシリア姫やサルーン,王達は石化が始まりながらも、事の成り行きを静かに見守っていた。
 「クッ,アスカ…」 固まる足で未だ魔法の影響から抜け出せないアスカに近づく。
 「最後に笑うのはこの私だ,フフフフ,ハハハ…」 ウルバーンは動けなくなった騎士達のざわめきの中、これ以上もない笑い声を上げる,それは唐突に止まった。
 「ん?」 ウルバーンに視線を移す。
 「え、どういう…」 正気に戻ったアスカの呟きが聞こえる。それと同様な驚きが半身まで石化の進んだ騎士達にも広がった。
 ウルバーンの,彼の左胸には、後ろから長剣が生えている。その剣先からは赤い雫が滴り、白い床に赤い水溜まりを広げていた。
 「これ以上はさせませんよ。ウルバーン」 
 「セレス…貴様,何故!」 彼の隣に控えていた小柄な騎士――その手によるものだった。ウルバーンは一つ、血を吐く。
 「何故も何もない。私は貴方に仕えていたのではないのだから」 言って、騎士セレスは表情なく突き刺さった剣を捻る。
 それと供に大量の血が、ウルバーンから溢れ出し、足下をさらに赤く染めた。さらに血を吐く反逆の王子。
 「お前が情報を流していたのか。分からないはずだよ」 唇の端から血を流しながら、半ば呆れたようにウルバーンは言った。
 「…」 セレスは無言のまま、剣を引き抜く。ウルバーンはつっかえ棒を無くしたようにその場に膝を付いた。
 「いや、違うか。俺は釣られたんだな,野心があるかどうかを。そうだろう?」 青ざめた顔のウルバーンにセレスは何かを呟く。それにウルバーンの表情が歪む。それはおそらく痛さからではない。
 「…そうか,まぁ、いいさ。お前に殺されるのなら、悔いは、ない」 よろめき、ウルバーンはセレスにもたれかかるようにして倒れた。
 「―――」 最期に、ウルバーンは何かを言い残し、果てた。ここまで聞き取れるものではなかったが、今まで無表情だったセレスが少し眉を寄せたのが見て取れた。
 そして石化の力は消え去った。
 騎士達の間から安堵の声が漏れている。シシリア姫は、サルーンもまたこの事態を予測していたのだろう,その表情からは心境は伺い知れない。
 「ルーン、何かが割れる音がしなかった?」 
 「ん? さぁ?」 アスカの囁きに僕は首を横に振る。
 「私の空耳かな? ま、いいや」 
 「セレス、ウルバーンを王座に座らせてやりなさい。それがわしからのせめてもの手向けの花だ」 アークス王が悲しい顔で言った。王は一人、入ってきた扉からその場を後にする。
 おそらく、王はウルバーンを権力という毒から解放させたかったのだろう。ウルバーンの権力についての欲望は僕も学院で噂に聞いたことがある。
 そして王は試した。ウルバーンにとってクーデターを起こしやすい状況をつくることで、完全に道を踏み外すか外さないかを。
 「ルーン、親子ってあんなものなのかな?」 アスカが寂しそうに尋ねる。
 「私、父さんも母さんも知らないけど、もっと暖かいものかと思ってた。でもあんなに冷たいものなの?」 悲しそうに尋ねる彼女に僕はゆっくりと首を横に振る。
 「…時と場合によるんだよ。アスカの両親はきっと、君を大切に思っているはずさ」 彼女の言葉にできるだけ優しく答えた。確かにこのウルバーンと現王の間柄は冷え切っていた。こんな親子もいれば――
 「ねぇ、ルーン。あの白髪の女の人こっちに手振ってるよ、知り合い?」 
 「…後で話すよ」 場違いな程の笑顔で僕に手を振る母。
 しかし知らなかった。あのとぼけた顔の両親が、まさか宮廷魔術師の職に就いていたなんて――それもトップだとか何とか言っている。悪い夢を見ているようだ。
 「いらないところは似るんだけどな」 僕は呟いた。
 そう、中年の魔導師は僕の父・ルース=アルナート。そして白髪の魔女は母・フィース=アルナートである。
 先程の後先考えなかった爆発の魔法は父が、僕達をバリアで護ったフォローの魔法は母が放ったのだ。
 「しっかし、よもやこんな職業だったとは…」 溜め息を付く僕の背後に気配が生まれる。
 「どうした、ルーン。ずいぶん逞しくなったんじゃないか?」 いきなり顎髭を僕の頬に擦り付けてくる中年親父。
 「やめろよ、父さん! 気持ち悪い!」 慌てて離れる。
 「うちの子がお世話になっています。これからも仲良くしてやって下さいね」 と、こちらにはアスカに挨拶する母がいた。
 「へ、ルーンのお母さん?」 彼女は理解できず僕に振り返る。
 確かに理解しがたいだろう。突然こんなところで僕の両親に出くわすならいざ知らず、母親を名乗る方はどう見ても二十代前半,とても子持ちには見えないのだから…。
 「ええ、ルーンの母・フィースです。あんな頼りなさそうな息子だけど、見捨てないであげてね」
 「じゃあな、ルーン,アスカさん。またどこか出会うこともあろう」 二人は言って、王達の出て行った扉に消えて行った。
 「どうして私の名前を知ってるのかしら?」 
 「それもそうだ。ぬぅ、さすが父さん,侮れん」 
 「親子ってこんなものなの?」 
 「これも、時と場合によるんだよ」 アスカの訝しげな問いに僕はやはり、そう答えるしかなかった。
 親の職業が宮廷魔術師のそれも団長だったとは。もっとも今まで知らなかった僕にも、かなり情けないものがあるけど。
 「魔術師団長の息子さんだったのですね」 シシリア姫が杖を手に僕に言う。
 「え、ええ,そのようです」 
 「え?」 
 「いや,それよりも、強い魔力をお持ちなのですね。先程の騎士を2人も一瞬に灰に出来たり、その前の騎士達の出鼻を挫いた魔法といい…」 話題を変える。
 「あなたのお父上から直接教えを受けましたから」
 教えが良ければ魔力が強くなるものではない。魔力は個人の本来の素質に大きく左右される。
 僕などは魔力は弱い方なので呪語魔法の中級はもちろん、上級などはまるで発動させることはできない。
 「そうですか」 そう答えた時、出て行く騎士達を押し退けて一人の騎士が必死の形相で入ってくる。
 「ウルバーンは何処だ!」 中年の、歴戦の勇者と言った趣の騎士である。
 この顔は――そう、確かこの外で石化していた男だ。シシリア姫が心配そうに見ていた記憶がある。
 「終わってるわよ,もう」 アスカが親指で騎士に向かって玉座にもたれ掛かるウルバーンの亡骸を指す。
 「へ?」 騎士はそちらに視線を向け、アスカを通り越してシシリア姫に戻した。
 「姫様、お怪我は?!」 それにシシリア姫は優しく微笑んで返す。
 「申し訳ありません,ウルバーンが魔術を心得ていたとは…」 
 「いえ、クラール。あれは予測できない力でした。こちらの調査不足です,貴方の命を危険に曝してしまい、申し訳ありませんでした」 
 「そ、そんなことは! ご期待に答えられなく申し訳ない…」 
 やり取りを見る。この一件はシシリア姫もまた中心に噛んでいるように見える。盲目であるからこそ、まわりが良く見えることがある。
 ”烈火将軍とは正反対の性格だな” 後先を考えず、常に豪快で何処か兄貴肌を持つことで有名な彼女の妹とは共通箇所が髪が赤いことくらいか。
 「シシリア姫、あれは魔術なのでしょうか?」 僕は尋ねる。あの時、ウルバーンは特にこれと言った魔力を伴った言葉を放っていなかった。まるで何かに命令するような,そう、言葉に出てきた『盟友リブラスルス』という単語が気に掛かる。
 「ええ…」 彼女の言葉が途中で途切れた。
 ウルバーンに付いていた騎士,確かセレスという名の騎士がまるでウルバーンに弾かれたように苦悶の表情で床に膝を付いていた。
 「どうしました,セレス!」 
 「クッ!」 セレスは剣を玉座に座るウルバーンの亡骸に向かって構える。
 ウルバーンの体がうっすらと輝き出す,そしてその背に光の翼が広がった!
 「何だ?」 僕とアスカもまた、剣を構える。未だ、玉座にもたれかかるウルバーンにセレスとサルーンが先手必勝とばかりに切り掛かる。
 ギィ! しかしまるで亡骸の回りに見えない壁があるかのように、数十センチの所で三つの刃は止まる!
 「これは…」 シシリア姫が絶句する。動かないはずの亡骸が顔を上げた。
 「清らかな,そぅ、天使の力?」 神々しい光を放ち、その瞳に明らかに人のものとは思えない光を宿して……彼は蘇った!

[BACK] [TOP] [NEXT]