4−4

<Camera>
 ウリエル−ミレイア=グラッセの顔は驚喜に満ちていた。
 「この力が私のものになるとはなぁ。リブラスルスなどにやる必要はないわ!」
 が、唐突にルーンの額を掴むその右手が破裂した!
 「何だ、貴様は?」
 痛みの表情もなく億劫そうに、なくなった右手首から視線を上げてウリエルは力の源に視線を向ける。
 「いけませんねぇ。あなた、ホモでしょう?」 にこやかな表情でラダーはグラッセに言い放つ。手にした銀色の筒からは一筋の白い煙が上っていた。
 「消えろ,俗人が」 グラッセはラダーに右手の人指し指で指す。そこはすでに再生している。
 「操気術の対極――自らの気ではなく相手の気を操る邪法・奪気術ですか。その始祖である私には効きませんよ」 ルーンの手から落ちたイリナーゼを拾い、グラッセに突き付けるラダー。
 珍しくその顔からは笑みは消え、突き刺すような気配を辺りに振り撒いている。
 金色の瞳は開かれ、獰猛な獣の光が宿っている。
 「馬鹿な?!」 グラッセに初めて驚きの表情が現れた。
 「貴方こそ自らの未熟さを棚に上げるとはねぇ。貴方の一部はこの世界に強く干渉してはならない存在――消させてもらいますよ」
 ラダーの手にはいつしかルーンが落としたイリナーゼが握られている。
 彼は彼女を人知を超えた早さで振り下ろし、ウリエルの首から下がる白い珠もろともグラッセの右胸をいとも簡単に貫いた。
 「「クァァァ!」」
 イリナーゼから産まれた黒い光が右胸から放たれる白い光を飲み込んでいく。グラッセの口から、もう一つは白い珠から叫び声が上がる!
 やがて光は完全に黒いそれに飲み込まれ、その存在を消した。
 白い珠は粉々に砕け散り、鎖の部分だけが彼の首に残る。
 「貴様は一体…何だ?」 呟くグラッセからラダーが魔剣を引き抜くとそこには傷はなく、ただ黒い煙が一筋登っただけだった。
 「私はラダー=アクトル,諸国を放浪するしがない旅人です」
 いつもの変わることのない笑顔を倒れ伏すグラッセに向けて、彼は言い残す。



 アークス騎士団、龍公軍、傭兵の中から選抜された四百名の精鋭が一人の騎士の下に集結していた。全員が駿馬に跨り、遠くに見えるガートルートの城壁を臨んでいる。
 冬の終わりを物語る太陽の照る中、この草原のこの時期の風物である霧が彼らの姿を覆い隠している。
 早朝からこの場に留まっている彼らは、ある合図を待っていた。
 「セレス様、東門を開けたとのことです。市民達も蜂起し始めています」 中心の騎士の傍らに佇む若い神官が長く閉じていた目を開いて言う。
 グォォォ…
 そしてガートルートの城が光り、その一部が崩れるのが彼らの目に入った。
 「全員突撃! 指揮官クラスを狙うのだ,雑兵は逃げるに任せよ!」 セレスがついに指示を下す。時間よりやや遅れたが、計画通りだった。
 「ブレイド団長殿ですな,セレス様」 大柄の男が嬉しそうに言った。
 「今だ、行くぞ!」 セレスの号令の下、騎士達はガートルートに向けて馬を走らせた。



<Rune>
 気が付くと僕は寝台に寝かされていた。それを心配そうにアーパスが覗き込んでいる。
 「目が覚めたか、ルーン」 
 「ああ、何か頭がクラクラするよ。ここは一体どこだい?」 
 「アークス軍の陣営さ。ラダーの奴が妙な道具を持っていてな。あの場所から瞬間移動とかいうものをしたらしい」 しかし僕は彼の言葉を聞いていなかった。
 「…アーパス,何で生きてるの? それに怪我一つない」
 確かに彼はグラッセに心臓を一突きされたはずだ。しかし今の彼には怪我というものが一つもなかった。
 「俺の体は人一倍頑丈にできてるんだ。簡単に死ぬかよ」 
 「頑丈どうこうという問題じゃぁないぞ、それは!」 レナードの下で修行したときもそうだが、彼はどうもおかしい。怪我はしてもすぐに治ってしまう。
 「そのうちに分かるさ,良いだろ?」 しかし詮索をこれ以上許さないと言った調子で、アーパスは続けた。
 「何よりも今は氷室だ、かなり弱っている。ラダーが薬師並みの知識を持ってたから血は止まったものの、後は本人の生命力次第だそうだ。その薬師のお蔭でブレイドもセンティナもギリギリのところで解毒に間に合ってな,あいつ等は一生ラダーに頭が上がらんだろうな」 さも愉快そうに彼は言った。
 「センティナ?」 彼の言葉の中に憶えの薄い単語があるのに気付く。
 「お前は知らないか,グラッセとやりあってた女騎士だよ。何でも元はザイルのお偉いさんらしい」 アーパスに僕は軽く相づちを打つ。しかしどこかで見たことがあるような、ないような…。
 センティナ=ガーネッタ――ザイル帝国王族の外戚で、およそ4,5年前に出奔した姫君である。品行公正な行いと礼節に乗っ取った立ち舞いはザイル帝国騎士のみならず、敵対国であるアークスですら尊敬の念を抱いているものは多い。
 そういや、今回の戦いの仲介役に出て捕まったといっていたな。
 「クレアとキースは大丈夫かい?」 それにアーパスはやや怪訝な顔をするが、ふと納得したように答えた。
 「あの神官のことか,キースと神官はただの脳震倒だった。もうそろそろ起きて来るだろう」
 あれ? ふと何かを忘れているような気が…。
 「おや、目を覚ましましたね」 言いながらやってきたのは、相変わらずの笑みを浮かべているラダーだった。
 「一体あの状況からどうやって逃げ出したんだ?」 開口一番僕は彼に尋ねる。それにラダーは含み笑いを漏らしてバッヂのような物を見せた。
 「これこそ私の発明品の一つ『ふりだしに戻る君四号』です。これのペアとなるもう一つのバッヂを予めここに置いておいたんです。そこでこのバッヂの中心のスイッチを押すとあら不思議」 言って彼はもう一つのバッヂを放り投げ、手にしたバッヂのボタンを押す。
 すると彼の体はかき消え、放り投げたバッヂの上に現れた。
 「こうして瞬間移動できる訳です。魔法と科学の合成例の一つですよ」 
 「「おお〜っ」」 僕とアーパスは知らずの内に拍手を送っていた。
 「じゃあ、グラッセはあのまま城にいる訳?」 僕の言葉にラダーは首を横に振る。
 「我々は囮だったんですよ。城で暴れて兵士達の注意をひいているうちに市民が蜂起しましてね。まぁ、計画されていたことなんでしょうが。そこにアークス軍の騎馬隊の中の精鋭が雪崩込んで、うまくザイル軍を追い出してしまいました」 さらりと言うが簡単なことではない。
 「特にグラッセ将軍が城の一部を吹き飛ばしたところなんて、いい見せ場だったそうですよ」 当事者としては余り笑えないがね。
 「それでグラッセは?」 気掛かりな言葉を吐いた敵将軍を思い出す。
 「ガートルートから南へ50kmの所で軍を再編成しているそうです。取り合えず我々のお役は御免ですかね」 つまりしっかりと生きている訳だ。
 「アーパス,グラッセを狙うのか?」 僕の言葉にアーパスはしかし首を横に振った。
 「今のグラッセは俺の憎んでいたグラッセじゃなくなったようだ,って言ってもまだ分からんな、お前には」 諦めたような表情でアーパス。
 「どういう意味だよ、それは」 
 「ルーンは良いんですか?」 ラダーの言葉に僕は動きを止める。
 グラッセは何故僕を知っていたのか,そして何をしようとしたのか? 確かにそれは知りたい。しかし……彼は強すぎる。
 「知りたいことはいつか必ず自分の元へ舞い込んでくるものです。急いでいても焦らずゆっくり行くのも大切ですよ」 僕の心を知ってか知らずか、ラダーは静かに囁いた。
 「気になるさ、でもそれ以上に僕にはやらなくちゃいけないことがある。それにラダーの言うことも一理あるしね」 二人に微笑んで僕は言う。
 しかし気になる。光の子だとか光の法――この光の法については光の神の神官であるクレアが知っていそうだ。リブラスルス、そして僕の力とは一体??
 「ルーンお兄ちゃん,おっはよう!」 いきなり後ろから羽交い締めにされる。おはようというには今は真夜中なのだが、敢えて怖いのでツッコまないでおこう。
 「怪我はないかい,クレア」 
 「ったく,勝手に話を終わりにしやがって」
 クレアの横から文句を垂れ流すのは金髪の忍者――アレフだった。そう、忘れていたのは彼だった!
 「いや、ごめんごめん。でもどうしてアレフは氷室と一緒じゃなかったんだ?」 それに彼は答えないが、頬に付いた引っかき傷と彼の性格から展開は読めそうだ。
 「いつの間にかガートルートも奪還したし、お兄ちゃんはもちろんエルシルドに帰るんだよね?」
 「いや、行かなくちゃいけないところがある」 答えに僕の首に掛かるクレアの腕に力が籠もった。
 「なら私も行くよ,お兄ちゃんドジだから放っておけないもん」 
 「おいおい、ルーン。まさかこんな子供を連れて行くとは言わないよな」 クレアの言葉にアーパスが鋭い非難を刺した。
 「誰が子供ですって? 私は貴方よりも強いわよ」 
 「ほう,試してみるか?」 
 「望むところ…」 
 「「やめろって」」 僕とアレフの疲れた声がダブった。
 「僕達は明日の朝、出発する。クレアも付いて来たかったら構わない。でも遊びじゃないからな」
 「うん!」 
 「ルーン、お前」 
 「この先、治癒能力のある神官がいた方が旅が進みやすいだろ。ほら、今日はもう寝た寝た」 アーパスの非難を無理矢理押さえ、僕はテントを出て氷室の居るブレイドの幕舎へと一人向かった。



 そこではキースが青ざめた顔をしたブレイドと女騎士と寝こんだままの氷室にお茶を煎れていた。
 「ルーン,具合は良いのか?」 
 「ああ、氷室の様子は?」 キースは顎でベットの一つをしゃくる。
 そこでは青を通り越して白い顔の氷室が静かな寝息を立てている。
 「今回はご苦労だった,ルーン」 ブレイドが小さな声で僕に話掛ける。
 「貴様、ルーンか!」 
 「「声がでかい! 氷室が起きる」」 女騎士センティナに僕達三人の非難が飛んだ。
 「す、すまん,じゃなくて私を忘れたか,ルーン!」 今度は割と小さな声で訴えるセンティナ。やはり何処かで会ったことがあるのか。
 「ごめん,忘れた」 
 「ほら、橋の上で刀狩りをしてた」 
 「ああ、そうか,あの時の!」 ようやく思い出して胸がすっとする。確か伝説の聖剣の使い手と自ら称してたのを、イリナーゼが粉々に砕いてしまったのだ。
 「私と勝負だ,ルーン!」 やはり小声のまま、センティナ。
 「顔青いよ、あんた…」 
 「まぁ、それはともかくだ。ルーン,手伝ってくれるのはここまでか?」 間に入ったブレイドに僕は無言で頷く。
 「ともかくって…無視しないでよ」 センティナは言うが無視させてもらう。
 「短い間だったが重要な役を見事やり通してくれた。礼を言うよ」 言って団長ブレイドは小さな袋を手渡す。
 「これは?」 
 「少ないが君達の旅の経費に当ててくれ。返されても経理上うるさいからやめてくれよ」 言って微笑むブレイド。
 「ありがとう」 
 「次に君がこの地を訪れる頃には安心して通れる街道にしておくよ」 
 「ルーンか?」 ふとブレイドの後ろからの弱々しい声に気が付く。
 「氷室,起きたのか?」 ベットから上半身だけを起こした女性に僕は声を掛ける。
 「ああ、おばさんがあれだけうるさければな」 
 「誰がおばさんか!」 怒るセンティナを無視して、氷室は僕に初めて微笑みを見せた。
 「お前には弱った私ばかり見られるな。情けない限りだ」 彼女は自虐的に微笑み、僕に懐から出した何かを投げ渡した。
 それは短刀――東方風の作りから小塚と呼ばれる刃物だった。質素で飾り気はない実用品だが、それからは年季と歴史の重さを感じさせられた。
 「それを受け取ってくれ。きっとお前の旅に役立つだろう」 
 「氷室…あの話の男っていうのはグラッセの事だったんだね」 かつて彼女が語ってくれた話を思い出し、僕は尋ねる。
 氷室はそれを肯定するかのように頭から毛布を被ってしまった。
 「刀をありがとう,氷室。じゃ、ブレイド,僕達は明日ここを出るよ」 
 「ああ、今日はゆっくり休んでくれ」 
 「私ともう一度勝負…」 
 「あんたはもう立つのもやっとでしょうが!」 センティナを押し留めるキースに目で挨拶し、僕はテントを後にした。



 「旅は道連れとは良く言ったもんですねぇ」 ラダーの陽気な声が春の匂いを含んだ風の中に響いた。
 翌日の朝、アークス軍の駐屯地を去った僕達はガートルートを越えてひたすら西の街道を進んでいる。
 旅のメンバーは五人。僕とアーパス,ラダーに加えてクレアとアレフ。頭が痛いのは何故かクレアとアーパスの仲が悪いことくらいだろうか。
 「ところでお兄ちゃん、私達は何処へ向かっているの?」 クレアが高い日の光に目を細めながら僕に尋ねる。
 「西へ。海に突き当たるまで。遠見の鏡があるって言う水の祠までさ」 
 「ふぅん,聞いたことがないなぁ。それでね、お兄ちゃん。ご質問の光の法だけど、調べてみる必要もなかったわ」 話を変えるクレア。
 「じゃあ、光の法って?」 昨日聞いたら調べておくと言われたのだ。
 「私達の教義のことよ。何処にでもあるよ,風の神だったら風の法,火の神だったら火の法。信者はこれを守らなきゃいけないの」 
 神は大きく二種に分けられる。彼女の信じる光と闇,地水火風の六大神といった実体を持つ神と、戦いの神,商売の神など人の信仰心によって生まれた実体のない偶像神だ。
 偶像神はそれこそ星の数ほどあるが、ここで述べるのは六大神である。
 六大神はさらに二つに分けられ、光の神を主格とする風と火,闇の神を主格とする地と水である。だからと言って六大神は仲が悪い訳ではない。
 そしてアークスは専ら国の保護下にある、魔力と正義を司る光の神アリスタを信じている者が多い。
 「で、光の法は簡単に言うなれば、邪悪なるものは全て滅ぼしこの世に秩序と正義をもたらすことってとこかしら」 考える。グラッセ、いやウリエルの言葉とこれは当てはまるようには思えない。
 「それで光の子の方なんだけどこれは多分、光の神の旧訳の経典に載ってる光の英雄のことじゃないかなぁ」 
 「光の英雄?」 耳慣れない言葉だ。ここらへんになると彼女のような神官レベルの話になるのだろう。
 「一文にこうあるわ。『世が混沌に包まれし時、光の神の子,再び地上に降り立ち混沌を振り分け秩序と正義をこの世にもたらすことだろう。その影において混沌を静寂に変える影の英雄と供に…」
 「ありがとう,クレア」 それに僕は微笑むが、やはり僕につながるような事はない。実はグラッセの人違いだったのではなかろうか?
 「おい,ルーン。宿場町が見えてきたぞ」 いつの間にか前に行っているアーパスとアレフの声に僕達の歩速が早まった。
 白く薄く霞んだ空はその暖かいそよ風とから、近くに春の到来を告げている。そんな風と光の向こうに、僕はアスカの無事を祈り続けた。



<Aska>
 「あっ」 
 「どうしたの,アスカ?」 
 「ん? ううん、何でもないよ」 不意に暖かいものを感じたのだが途切れてしまう。私は我に返って額に手を置いた。
 人の動きが流れとなって路地を進む。そして路端ではここぞとばかりに旅商人達が珍しい品物を並べていた。
 アークス皇国の東の公国,熊公首都ブルトンは春の妖精達を迎える祭り,迎春祭の真っ只中である。
 七日間続くこの祭りの中日である今日は、そのお祭り騒ぎもまるでアークス中の人々が集まってきたかのように賑やかだ。
 「ほら、ぼうっとしてんじゃないよ!」 商人の珍しい商品につい目が行ってしまった私の腕を彼女は強引に引っ張った。
 私の名はアスカ,失われた記憶を捜す旅をしている。
 「ほら、今日はここの宿に泊まるよ」 引っ張られた先にはかなり繁盛していると思われる一件の宿,その名も出会い亭。
 「おっさん,部屋お願いね」 
 「おや、ネレイドさん。お久しぶりです,どうぞどうぞ!」 宿の一階は一般食堂として解禁されているようだ。
 祭り騒ぎもあって混雑しているが彼女の一声で宿屋の主人らしき禿げた中年男が満面の笑みを讃えて出迎えてくれた。
 「連れの方もいらっしゃるので? では二部屋お取り…」 
 「合い室で構わないって,この時期に稼がなきゃいかんだろ」 彼女はそう言うとおっさんを部屋に案内させる。どうやら顔見知りのようだ。
 そもそもこの祭りの中、飛び込みで部屋を頼んでも普通は門前払いを受けるはずだ。
 「この部屋です。ゆっくりしていって下さい」 最上階・七階の街の眺めが素晴らしい部屋へと案内してくれる。
 「ああ、ありがとよ」 
 「ありがとう,おじさん」 おっさんは照れたように笑って階段を降りて行った。
 「さてと、夜までまだ時間があるな,私は一眠りするか」 彼女はそう言ってマントと身にぴったりと合った革のスーツを脱ぎ捨て下着姿になると、そのままベットの一つに潜り込んだ。
 彼女の名はネレイド=マーカス。私が記憶を失って放浪しているところに、私のことを金持ちのお嬢様と間違えて一緒に行動した仲だ。
 彼女のシナリオには私には兄か弟がいてその玉の輿に乗ろうとした,とのことである。
 当然彼女の旅の目的は玉の輿に乗ること,当年婚期を逃しそうな二十八歳のイケイケね〜ちゃんだ。
 彼女は珍しい南国の出のようだ。浅黒い肌に白く長い髪,そしてやや切れ長な青い瞳、女性の私から見てもかなりの美人ではあるが、何か近寄り難い雰囲気がある。
 「ネレイド,お祭り見に行こうよ! 楽しそうよ」 毛布を頭から被った彼女を揺する。
 「だったら一人で遊んでらっしゃいよ。私は疲れた」 
 「ったく,そんなんだから男が寄って来ない…」 
 「一人でさっさと行ってこんかい!」 いきなり部屋から蹴り出された。いつの間にやら私の手には軍資金としてであろう、お金の入った袋が握らされている。ネレイドが予め別けておいたようだ。
 「お金か、どうも使い方が分かんないんだよな」 取り合えず袋を懐に入れ、私は下へと続く階段を降りて行った。



 人込みの中、私は流れに身を任せて進んでいた。いつの間にやら両手にはお菓子関係の品々が握られている。
 「あれは?」 ふと目の隅に入った露店商に私は足を向ける。
 「いらっしゃい,お嬢さん。念画に興味があるのかね?」 そこには中年のひょろりとした男の下、額縁に飾られた様々な絵が売られていた。
 絵といっても呪語魔法による念画と言うもので、実際の風景を取り込んだ物のように描かれている。
 その一つ――片隅に翼を持った人々の絵があった。彼らはそれぞれに槍を持ち、猪を追いかけている。
 「それはファレスという鳥人の絵だよ。珍しいだろ」 
 「ファレス?」 何か引っかかる言葉を自分で口にしてみる。
 「亜人だよ。森の奥深くに住んでいて、特にこの絵のような白い翼のファレスっていうのは滅多に目にすることはできないんだ」 得意気に説明する商人。
 「ふ〜ん,そうなんだ」 心の奥に引っかかる言葉だが、どうにもならない。
 「うううう…」 呻き声に、私はふと視線を露店商の奥,路地裏に逸らした。
 「おじさん,後ろに誰かいる」 
 「え?」 私は露店のおじさんが振り返るより早く、路地裏のごみ箱の近くに駆け寄る。
 そこには丁度隠れるような形で、頭からすっぽりと薄汚れたボロボロのローブを羽織った人が苦しそうに壁を背にして倒れていた。
 「どうしたんですか?」 
 「腹が減って…」 返ってきた男の声に、私は手に持っていた肉まんと呼ばれる珍しいまんじゅうの入った袋を手渡す。
 ネレイドへのおみやげだったのだが、どうせあの女は太るとか言って食べないだろう。
 「…ありがとう、この礼は必ず」 
 「いらないよ、そんなの。それとこれあげる」 私はネレイドから受け取ったお金の入った袋を渡す。結構残っているようだが、使い切る気でいたから構わない。
 「? これは受け取れ…」
 「じゃあね」 袋の中身を見た男は何かを言おうとしていたが、私は聞かずにその場を後にした。

[BACK] [TOP] [NEXT]