5−6
<Camera>
一陣の風が神殿を、盗賊ギルドのメンバーと魔導師達の間を吹き抜けた。
「何、今の?」 イリッサが呟く。そして手にした鞭を下ろした。
今まで狂信的に襲ってきた魔導師達の態度が一変していたのだ。ある者は恐れおののき、またある者は茫然と立ち尽くす。
少なくとも今まで手こずっていた彼らに戦意はなくなっていた。
「よし! そら、そこ! 動くんじゃないよ,武器を捨てて両手を挙げな!」 イリッサの勝利を確信した声が遺跡に響いた。
ソロンは気が付くと神殿の外――ギルドとスパイラル達が一望できる神殿のテラス状の入口にいた。不思議なことに傷は消えている。
「一体……転送魔法か?? シリア?!」 彼はすぐ隣に倒れている魔導師を抱き起こす。彼女は小さく呻き、そして目を開いた。
「ソロン? 良かった…生きているのね」
「ああ、ともかく…終わったのか?」
「いいえ,終わったんじゃない」 ソロンの瞳を見つめ、シリアは強い意志でそう言った。
「やっと始まったのよ」
「そうだな,その通りだ」 ソロンは満足気に頷き、終わりつつあるギルドとスパイラル達に視線を移す。
「ソロン,あれ!」 シリアは鋭い口調で相棒に告げる。
「アルバート…か?」 二人は少し離れた所で呻くアルバートの姿を捕らえた。
アルバートは神殿の入口で呻いていた。
彼の血が騒いでいる,全てを混沌に戻せと,そして破壊へと導けと…。
「くっ、頭が…割れそうだ!」 彼の赤かった前髪の一房は黒に戻り、そして髪全てが灰色に変わろうとしていた。
「何で…こんな時に昔のことが」 理性を失いそうになる彼の脳裏に、不意に彼の幼い頃が思い出されていった―――
騎士の一人が僅か6才になったばかりの子供に剣を突きつけている。それに対し、子供は気丈な笑みを浮かべていた。
「悪魔の子め! 今ここで始末してくれる,王族殺しの罪に問われようがこの国の為になればこそ!」
「俺の才能に嫉妬して剣を抜くとはね,それでよく騎士になれたな」 灰色の髪の少年は背こそ遥かに騎士に及ばないが、まるで見下げるようにして騎士を睨つける。
二人の様子を書士や騎士等およそ十名そこそこが取り巻くようにして見ているが、誰も止めようとしない。それどころか騎士を応援するような声さえ聞こえてくる。
アルバート=アークス――6才のこの少年は呪語魔法及びアークス剣術,世界知識,帝王学他そのほとんどの学問と技をこの歳にして習得していた。
天才という言葉どころではないが、才能のある彼に対して周囲の反応は冷たかった。それは彼の母親に大きく関係しているところであるが…。
そしてこの騎士も、先程自ら修練場でアルバート少年に挑戦を申し込んで惨敗した経験を持っている。
「そもそも王妃は魔族,王は操られているに違いない。私が王を解放する!」 騎士の言葉に周囲の者達も賛同の声を挙げた。
「おやめなさい!」 不意に鋭い声が響く。それに彼らに沈黙が訪れた。
「ニリュート王妃っ!」 誰かが呟く。
腰まである灰色の長い髪にやや尖った耳,そして金色の瞳。彼女に睨つけられた者はその不可思議な眼力に何もできなくなってしまう。
「さぁ、アル,おいで」 騎士の前まで行き、ニリュートはしゃがんで両手を広げた。そこにアルバートが飛び込む。
「病気なんでしょ、寝てなきゃ……」 心配そうに言うアルバートにニリュートは優しく微笑んで首を横に振った。
そのニリュートの首に先程の騎士の剣が突き付けられる。
「この魔族め、私が成敗してくれる!」 脅えを隠すように叫ぶ騎士。しかし明らかに脅えているのが剣が小刻みに動いているので分かる。
「魔族でどこが悪いのかしら?」 剣に脅える事なくニリュートは騎士に静かに問うた。
「アークス王家を陥れようとしているのだろう! その怪しげな魔力で」
「残念ながら私に魔力はないわ。いえ、貴方にとっては幸運かしら」 魔族のハーフであるニリュートの言葉は本当である。だが、騎士はそれに取り合わない。
「ガイル,やっちまえ!」
「そうだ!」 取り巻きからの声に騎士の剣が小さく動いた。
「うっ」 ニリュートに見つめられたその騎士の剣は、彼女の首の皮膚を軽く切る。青い血がうっすらと滲む。
「魔力か!?」 騎士は一歩後ろに下がる。しかしニリュートはただ見つめただけであった。
彼女の金色の瞳には魔力はない,彼らの思い込みに過ぎないのだ。
「母さん?! よくも!」
「おやめなさい,アル!」
しかしニリュートの言葉を聞かず、アルバートは自分よりの大きな剣を抜いて騎士に切り掛かった。
「やめなさい! アルバート!」 ニリュートの叫びも空しく、アルバートの瞳は赤く染まっている。それに周囲の騎士達を始めとして武器を取る!
そして――白亜の城に消せない血の池が生まれることとなった。
「貴方はクォーターだけど魔力も知力も、そして体力も人間より強いわ。そしてそれが貴方の脚かせとなっている…」 ベットに上身だけ起こしたニリュートはアルバート少年の頭に手を乗せる。
「貴方の力を封印します。そして今は人を想うことを学びなさい,そうすれば…」
「母さん…」 少年は呟き、目を閉じる。
ニリュートの歌うような呪文がアルバート少年を包み込み、そして…
ニリュートの死を悲しむ者は、幼いアルバートですら皆無と思っていた。
父であるアークス現王すら涙を見せないことに幼いながらも彼は諦めていた。そう,人という存在を見捨てていたのである。
「人を想うなんてできないよ、母さん…」 白い目で見られる彼に、もはや安息の地は残されていなかった。
「そうだ,全て滅んでしまえば良い。捕らわれた固定観念を持つ人という種なぞ」 アルバートの瞳が金色に怪しく光る。
起き上がろうとしたアルバートを暖かい何かが包み込んだ。強く抱きしめられる彼は戸惑いを覚える。それは昔、母に感じたものと同じ香り。
「フレイラース! アルバートから邪気を感じる,離れよ!」 イルハイムの乾いた声が響く。それにアルバートはさらに強く抱きしめられた。
「大丈夫、大丈夫だよ。アルはアルだもの,封印が解けたって大事な仲間よ、だから…」 フレイラースの言葉にアルバートの息が止まる。
彼女は知っていたのだ、自分が魔族の血を引いていることを。そしてそれを知った上で長年つき合ってきたのだ。
「…そうだな、確かにその通りだ」 イルハイムの声が聞こえ、彼の気配が近づいてくる。
「一体どうした? アルバートに何かあったのか?」 ソロンの声。それに新たな二人の気配を感じる。
”人を想うことを学びなさい、そうすれば…”
忘れかけていた母の言葉が蘇る。
”貴方はいつか掛け替えのないものを見つけられるはずだから”
「見つけたよ,母さん」
小さく呟き、そしてアルバートはフレイラースを見上げる。
「心配かけたな,さ、あと一仕事だ!」 起き上がるアルバートの髪は黒一色に染まっていた。
<Aska>
様々な記憶が私の中で堰を切ったように蘇る。
ぼんやりとした父と母の温もり,そして同じく兄の存在。寂しかった幼い頃、親しげに語り合った光との記憶,生まれ育った村人との生活,それを全て壊し、白紙に戻した破壊,外の世界という刺激的な記憶。
突然の父との再会と彼から受け取った魔法、世界、力、精神その他、全てを結びつける概念について,それが今まさに白紙に戻さんと動く勢力と私の成せるべき事柄,そしてそれは私にしかできず全ての死につながる重大なこと…。
過去の人,アッティファートとクロースターの悲劇。無の巨大な力,天からの災い,一つの巨大な意志。そしてそれが奪った私の家族。
イーグル,アルバート一行との出会い,エリアス、そしてこれから出会う人達。
思い起こされる記憶と知識にネレイドが私の村を襲い、戦った魔族であったことに今更気が付くが、そんなことはもうどうでも良かった。
唯、今は何よりも大切で一番暖かい記憶を抱きしめていたい。これからはきっと辛いことの方が多いのだから―――
短い時間でしかなかった。でも本当の自分でいられた唯一の時間。そして彼は幼い頃から光,私は闇という形ですぐ側にいた。
ルーン――私に最も近くまた遠い存在――それ以前に理由なく好きになった人。
私は手にした風の鍵を部屋に吹き荒れる風に返す。それはやがて一つの杖となり風の中、佇むエリアスの手に収まる。その彼の後ろにはイーグルとネレイドが折り重なるようにして倒れていた。
「生きてる?」 私の言葉にエリアスは無言で頷く。
そして…風が私を,もがく天使ガブリエルを飲み込んだ。
風の解放の力が、全ての束縛を解き放つ。全てが自由に,流れ行くままに…
解放の風を私は、背に生まれた白い翼で感じていた。
そこは白色の空間だった。上も下も分からなくなりそうな空間に大きな風を形どった門がその扉を開いている。門の奥もまた白色の空間。
風の転移点の入口――ここは物質界と精霊界との接点。そして私,闇を紡ぐ者にとっては契約の場。
世界には万物を構成する地水火風の精霊がそれぞれの役割を担っている。
その精霊たちが住む世界は我々のすぐ側、言い換えれば目に見えない壁を越えた裏側であり、精霊魔術を使う者はこの壁に一時的な小さな穴を開けて精霊の力を呼ぶ訳だ。
そしてここからは余り世間には知られていないのであるが、この精霊界はある一点に於いて、まるでヘソの様にこの物質界と繋がっていると言われる。
そこは精霊の力――転換すれば魔力が尽きる事なく満ち溢れる転移点(ラグランジュポイント)と呼ばれる場所であり、この大陸にはあちこちに点在している。
その内、地水火風の四大精霊王が収める最大級の規模を誇る四ヶ所の内の一つが、ここだ。
余談ではあるが雷や木の精霊なども各々の精霊界や転移点を有している。しかしその規模は到底四大精霊の足下にも及ばない。
そしてこの世界を作りたもう神々は、巨大すぎる力の溢れるその四ヶ所の転移点にそれぞれ番人を配置した。また大きすぎるその力を補佐する神具(デバイス)をそれぞれに与えたと伝えられている。
もっともここで神が絡んでいたというのは番人達が作り上げた美談であると、私には思われる。
それはそれで、その力を操り得るものとしてエリアスの持った風の棒杖といった、持つ者によってその形を変える――神具(デバイス)と呼ばれる形なき物がある。
しかしこれらは精霊力を補佐するのであって、転移点からの力を制御するのは彼らの血の中に脈々と流れる精霊達との盟約でしかない。その盟約を持たない者はいずれその力に操られることとなる。
そしてリャント,エリアスはそれぞれ血の中に盟約を持つ番人――守り部の血族なのである。
守り部の役目は転移点の監視と守護。そして来たるべき時に現れる紡ぐ者に力を与えるに相応しいかどうかの試しを行うこと。
「グゥゥゥ,闇の子よ、させんぞ! 風の転移点を征するのは我々だ,この力を手に入れれば、失った祈りの力など微々たるもの!」 傷付いた天使は鋭い目を私に向ける。
「真の名はルーン,来て」 私の声に応じ、ルシフェルが私の背後に現れた。
「貴様…この堕天使がぁ!」 手に生んだ剣でガブリエルは私に切り掛かろうと駆け出す!
が、瞬時にガブリエルはこの世界――風の精霊界そのものによって、その存在を微粒子にまで分解された。
「精霊界に於いては殺意は抱いてはいけない。世界である精霊を刺激するから…そんなことも知らないなんて、情けないわ」 私はその声に振り返る。
「貴方は?!」 私は声の主を見た。
長い黒髪にアメジストの瞳,歳は四十前半であろうか、しかし若く見える美しい女性であった。そして何より、その背には私と同じ白い翼を有している。
「大きくなったわね、アスカ」 優しい表情で彼女は言った。
「お母さん…ね」 それは父カルスから与えられた知識。そして彼の知り得る限りの情報は私も有している。だから…喜べない。
「ラファエル、茶番は止めよ」 私を背後から支える様に立つルシフェルの言葉に、女の顔には侮蔑するような表情が浮かんだ。
「ルシフェル,堕ちた者よ。母子の感動的な再開を茶番とするか?」 女の姿にダブるように三対の翼を持った女性天使の姿が見える。
「ここに何の用だ? お前如きの力で私が倒せると思うのか?」 凄むルシフェルに、しかしラファエルは微笑む。
「まさか、貴方に喧嘩を売る訳がないでしょう? 私はましてやミカエルほどではないにしろ、一度でも貴方を愛してしまったのだから。私はガブリエルの最期を見に来ただけ。この地はもはや闇の子のものよ」 言って、後ろに一歩退く。
「また会いましょう、ルシフェル,そして闇の子。その時は全力を以て相手になるわ」 現れた時と同様、消え行く女。
「ラファエル,貴方を倒し、お母さんを必ず助け出す! それまで…その体、傷付けないように待ってなさい!」 叫ぶ私。ラファエルは消え、私とルシフェルだけがこの場に残った。
「アスカ、契約を」 ルシフェルの言葉に私は風の門に向かう。そこにはリャントの傍にいた、あの半透明の巨人が待っている。
”闇の子、我々の希望よ。永きに渡る風の門の封印を開きしお主を、我は認める。目を閉じ我を受け入れよ…” 心に直接風の王の声が響く。
私は目を閉じ、心を開く。暖かい風が私を、ルシフェルを包み込んだ。
「お帰り、お姉ちゃん」 目を開くとそこにはエリアスが微笑んで待っていた。
「無事なんだな」
「怪我はない?」 イーグルとネレイドがそう、声を掛ける。
「ただいま、みんな!」 私は満面の笑みを讃えて彼らにそう、答えた。
<Camera>
ガートルートよりおよそ50km南、そこにミレイア=グラッセ率いるザイル軍の簡易キャンプがあった。
その中心にあるテント――そこで魔将軍グラッセは一人、頭を抱えて椅子に座っていた。抱えるその手は振えている。
ここは一体…そして私は今まで何ということを…
本当ならば心優しい妻と義父,そしてささやかながらも心休まる小さな帰るべき家のある暗木の里で過ごしていたはずだった。
それを全てこの手で壊し、さらに昔の冒険者仲間まで騙して金を奪い、権力を欲してザイル帝国の将軍になっていようとは……
全ては忍者の里に伝わる宝珠を見た時からだ。あれが自分を変えた。
「何故だ…私は操られていたのか…いや違う、あれもまた私の本性……玲、生きていてくれ」 自分を兄のように慕ってくれた少女を思い出し、彼は唇を噛み締めた。
「ウリエルのみ滅ぼされるとは…私も気を付けねばならない」
「だ、誰だ!」 突然の背後の声にグラッセは振り返る。
そこには白い仮面で口許だけを出した女が立っていた。黒く長いローブに身を包み、その背には長い黒髪と白い翼が見えている。
「レイナ…黒の魔女が何故ここに!」 グラッセは叫び、椅子を蹴倒し後ずさる。
黒の魔女レイナ――ザイル帝国の唯一の魔導参謀であり、その名はアークスの白の魔女に対抗して周りが呼ぶものである。
しかしその力は一人でザイルの魔導をアークスに対抗させる辺り、白の魔女を遥かに凌ぐという噂ではある。
そして何よりその行動,存在の多くが謎に包まれ、王ですらその素顔を見たことがない。素顔を見せるのはその正体を知る者のみ。
「レイナ? 私の名を忘れたわけではないでしょう、ウリエルてあった者よ」
「ラファエル…私に何の用だ?」 彼はゆっくりと横に動く。剣の置いてあるテーブルまであと少し。
「ウリエルを失ったお前は我々としても、そしてザイルとしても無用の存在…そうは思わない?」
レイナ=ラファエルの言わんとしていることに気付き、グラッセはついに剣に飛びつく。そして抜き放ち、正眼に構えた。
「私は…死なん! これ以上自分を失ってたまるか!」
「剣を…抜きますか? さようなら、ミレイア=グラッセ」
「な…ぐあぁぁぁぁぁ!」 グラッセの抜いた刀身は毒々しい大蛇となり、持ち主の首に噛みついた!
「な、どうしたんです!」
「一体何が!」 衛兵達がグラッセの声を聞き付け、テントに駆けつける。
そこには自ら剣で首を指し貫いたグラッセの死体が一つ、転がっていただけだった。
「終わったね、アルバート」 スパイラルを収めたイリッサはアルバートの元へやってきて言った。
「俺の命を狙っている依頼主の名前を聞き出すのを忘れちまったがな」 彼女にそうアルバートは言い返した。
「分かったら教えてあげるよ。ところでカーリは倒したのかい?」
「さっぱり分からん。俺達はこの神殿の奥でカーリの野郎とやりあってたんだが…いつの間にかここにいた」
「じゃあ、カーリは生きているのかい?」 慌ててイリッサは尋ねた。
「いいえ、もうあの気配は感じられないわ」 そう、シリアは彼女に言う。
「そう、じゃあ中を調べてくるわ。貴方達は休んでて」 イリッサは後の事を手下に任せて、数人を連れて神殿の中へと向かった。
アルガス暦一二二五年、盗賊ギルドの支援を受けたアルバート王子ら一行の力により長年続いていた暗殺教団として知られる呪語魔法教団に終止符が打たれた。
教団員はその全てが教祖によって強力な束縛,及び従属の呪いが掛けられており、教祖の死とともに解放。
しかし社会復帰は難しいとのことから、アルバート王子の厚意によりそのほとんどが皇国の魔法研究部門に配属されるという形となった。
これにより、アークスの魔法部門における技術は飛躍的に上昇することとなる。
が、言い換えるとアークスへの魔力の集中が問題となり、新たな非難が諸国から生まれつつあるのも事実であった。
白銀の世界に一人佇む白い婚礼服の女性――彼女は吹き付ける雪をまるで風に舞う桜の花びらの様に軽くあしらい、ただ目をつむっている。
どれくらいの時間が経ったろう、彼女はゆっくりとようやく目を開いた。
「攻撃ユニット・アルファー,防御ユニット・ベータ」
呟く。すると彼女の前に黒い二次元のスクリーンが生まれ、長さ2m程の大きな針のようなものと帯のようなものが飛び出してきた。そしてスクリーンは現れたときと同時に唐突に消えた。
「よし、成功だね。ちゃんと物質化してる」 空中に蠢く二つの幾何学的なモノを見つめ、彼女,風雅は満足気に微笑んだ。
「取り合えず、あいつに試してもらおうかな。一般ユーザーの声っていうのは重要だからね」 そして彼女は再び瞑想に入る。もっともそれは正確には瞑想ではないのだが。
そのノールの女性は苛立っていた。想う男は全く自分の気持ちに気が付いていないのだ。それは昔から変わっていなかった。
「ライブラ、どうしたんだ? 飯が冷えるぞ」
「分かってるわよ!」
「何を怒ってるんだ?」 貫頭衣を着た同じノール族の男は困ったように溜め息を就く。
火の神殿の天使からの守護,それが彼らの役目だった。
取り合えず以前に施された封印が未だに力の流出の大部分を防いでいる為、天使を引き付ける要素は少なく彼ら二人で守護は大丈夫だった。
もっとも、火の精霊力を求めてやってくるのは天使だけでなく、今時点では魔族もまた多い。
「ね、レナード」 ライブラは意を決したように尋ねた。
「何だい?」
「やっぱり何でもない」 しかし、ライブラはそう言って口を閉ざした。
「そうか,またお客が来たぞ」 レナードは呟き、剣を取る。
火口の途中に作られたこの神殿の入口には、天使達の一団が侵入しようとしている。
彼らの戦いは次第に頻繁になって行くことを、二人は気が付いていた。
〜 Promenade 〜
青い髪の詩人は紅茶のカップをテーブルに置いて、軽く竪琴を鐘でる。
「アスカさん…記憶を取り戻したの?」 女の子が首を傾げて吟遊詩人に尋ねた。
「さぁ、どうなのかしら…それは彼にしてみれば分かりたくはないでしょうけど」 思い出すように、寂しげに詩人は呟いた。
「何だよ、お前…どうしたんだ?」
「いや…何か彼らのやろうとしてる事が分かってきたような」
眼鏡の少年の頭にリーダー格の少年の拳が軽く入った。
「こんな奴は放っておいて、お姉さん,続き早く!」
「あ、僕も聞くよ!」
「フフフ,じゃ、続けるわよ―――
少年は知る、世界の流れを、傷を、均衡を。
捜し求める人はすでに全てを受け入れ、彼を待つ。
それは全て彼の為
彼は彼女の為、認めず葛藤する,ささやかな望みすら叶わず。
本は全てを知る,それは過去における未来を記す
そして光は闇を信じて空に舞う………
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