7−3
<Camera>
ザイル帝国には我々の想像とは異なる騎士像がある。
騎士というと『剣』という想像をしがちであり実際そうであるのだが、ザイル帝国に関しては『剣』に加えて『弓』の技量においても比重が重くなる。
これはもともと、この国の支配層であるディアル民族が遊牧民であることによるものと考えられる。
このことからザイル帝国の騎士は一般的に弓騎士と呼ばれ、馬上からであっても正確な射撃能力は他国の恐れるものであった。
同様にして、アークス皇国の騎士は『剣』の他に『魔法』を重視していることから『魔法騎士』、清王朝に至っては『気』という剣術の果てに得られる奥義を騎士の常としていることから『侍』という別名を持ち、その力は拮抗しているのではあるが。
その弓騎士の中から力のみを特選して集められた集団があった。
裏の世界では恐れられているそれは、ザイル王族直属の特殊任務を執り行う古くからの部隊だ。
その部隊の活動は主に深夜。そして去り行く夜明けには必ず一面の血の赤が広がる。
故に裏の人間達は名の無かったその集団をこう呼ぶようになっていた。
暁の暗殺団、と。
銀色の長髪を月の明かりに輝かせ、その青年はあるビルを見つめていた。
赤レンガの目立つ建物郡―――この世界においては珍しい、発達したこの都市は世界商業の中心地アンハルト公国。
彼の見つめる先には1つの会社の入ったテナントビルがある。
『アルマ運輸』とある。
彼――ゼナ=フォクスターは窓の明かりから漏れる人影を睨む。
いつもよりも人数は多いようだ、客か何かであろうか?
「ゼナ様」
闇から生まれた男女との分からぬ背後の声に振り返ることも無く、ゼナは見つめ続ける。
「ゼナ様、私めに鏖殺の指示を」
「自惚れるな、ブロート」
静かな、まるで剃刀を首元に突き付けられるようなゼナの言葉に、闇から恐怖の色が生まれる。
「お前達には分からんのか? あの『女』が無意識のうちに張っている精神結界が」
精神結界―――所属する集団により呼び方は異なるが、これは魔法に属する結界ではなく本能に近い技である。
自らの意識を体に留めるだけでなく、さらに拡張させて周囲にまで広げる。
剣の達人ならば察気術と呼び、彼らのような生業のものが呼ぶのならば精神力を拡張させて自らの空間を広げる――すなわち精神結界と呼ぶのだ。
「さらにあの『女』の力によって結界内は我々の力が及ぶ前に始末されるだろう。これまで3度も同じ目に合ってきて、それも分からぬのか?」
闇は沈黙する。
「機を見るのだ。ハルモニア=シーレにオラクル=フラントの死に様を見せ、その精神を壊すことが出来るほどの機会をな」
ゼナの瞳には感情は映らない。
暁の暗殺団はただ、主の任を完遂するためにだけ存在するのだ。
<ASKA>
「あー、たっりー」
朝、起きたらげっそりした顔のネレイドを間近に見た。
酒臭い。
「えーっと」
私は状況を再把握しようと努めた。
ここはアンハルト公国首都ロン。そこに事務所を構える卸問屋アルマ運輸のオフィス。
昨日、私はここの経営者であるハルモニアさんに馬でひかれてここに担ぎ込まれて……で、ネレイド達は息投合しちゃったみたいで一晩中宴会をしていたと。
でも私は怪我が心配ってことで無理矢理寝かされてたのよね。
「なるほど」
「何よぉ」
吐きそうな顔のネレイド。
「二日酔いね」
「見れば分かるでしょうが、小娘がぁ! あたたたた…」
キレて、自らの声の大きさに頭を痛くするイタい女だった。
「あ、おはようございます、アスカさん。お怪我の方は?」
「大丈夫ですか?」
後ろから現れたのはハルモニアさんと、オラクルさんだ。
聴きそびれたけど、この二人って夫婦だっけ?
「大丈夫ですよー、ってかあれくらいのことで寝こんでたら、冒険者なんてやってられませんよ」
私は笑って答える。
と。
外が騒がしいことに私は気付いた。
ここは五階建てのオフィスビルの二階。
私は窓から外を覗く。
「今日の昼から南のササーン王国へアラムスとイーザが向かうんです。アルマ運輸のササーン支店を作りましてね」
「へぇ、そうなんだ」
オラクルの言葉に素直に感心する私。
「あら、途中のフレイムレイの村まで護衛してくださるってネレイドさんがおっしゃってましたよ?」
「へ? そうなの??」
私達の目指すファレイラ火山は、アンハルトからササーンへ向かう道すがら。
南の山脈郡を縫うようにして伸びる南の街道に点在する町の内、ハルモニアさんが言ったフレイムレイの村から登頂するのだ。
「じゃ、旅の準備をしないと」
「イーグルさんとエリアスくんが朝から旅装の準備に町へ出てますけど?」
オラクルさんは笑って言った。
すでに日は結構高く登っている,私はなんだかんだと結構寝ていた計算だ。
「準備は男連中にやらせておいて、女の子は女の子同士、ゆっくりしてましょ」
「へいへい、馬車馬のように働いてきますよーだ」
ハルモニアさんにオラクルさんは苦笑いを浮かべて階段を降りて行く。
「さ、アスカさん。お茶でも如何かしら?」
「はい」
私は彼女のお誘いに喜んで付いて行く事にしたのだった。
今日くらいは甘えさせてもらうとしましょうか。
<Camera>
都市ロンの中心には澄んだ大きな湖が存在する。
湖の地下から湧き出す大量の地下水は南の山系からの恵みとされているが定かではない。
湖から流れ出す川は、この都市の住民と、アークス=ザイル国境間にある小さな村々の生命線ともなっている。
その直径5kmほどの湖の中心に浮かぶ中島。
そこには優雅な作りをした城が1つ、建っている。
言うまでもない,このアンハルト公領の領主の住居であった。
「なるほどなるほど、ザイル皇帝はこのような約定をお持ちになられたか」
数ある部屋の1つ、もっとも重要な客を招く会議室で公主ケイン=アンハルトはザイル帝国皇帝の使者を名乗る騎士の手渡した書状に目を通して頷いた。
「悪い条件とは思えませぬが」
「帝国が約定を守るという前提であれば、ですがね」
挑戦的に微笑む彼に、ある意味侮辱であるその言葉に対して使者を名乗る彼女もまた苦笑。
「約定というものは『守る』ものではなく『守らせる』ものでしょう。よもやアンハルトの王からそのような言葉をお聞きするとは思いもよりませんでした」
使者の言葉にケインはおどけた顔をする。無論演技だ。
約定の内容はアンハルトのザイル帝国に対する経済支援。
見返りに今後10年のアンハルト領の支配権を認めるというものだ。
これがアークスや清王朝といった国ならばおかしな話であるが、列強の間の微妙な立場にあるアンハルトにとってはむしろ『どの国にも属し、どの国からも自由である』という最弱にして最強の国の立場をとっている。
「確かに君の言う通りだ、セレス殿」
足を組み直し、ケインは目の前に威風堂々と椅子に腰掛ける女性を見やった。
黒い肩までの髪に黒い瞳,それは主にアークスに属する民族であることを示す。
それに何より、ケインは彼女を知っていた。
セレス=ラスパーン――彼女は最近までアークスの騎士であったはずだ。
先のザイル帝国とアークス龍公国との戦いに参加していた事は情報として掴んでいる。
だがしかし、いつ軍を抜けて先日まで敵であったザイル帝国の人間になったのか?
もともと彼女がザイル寄りの人間だったのかというと、彼のデータ―ではそうではなく、むしろアークス王の信頼に応える人間だった。
また容姿の問題もある。
彼女は『男』であった。しかし目の前の彼女は紛れも無く『女』。
今まで女性であったことを隠していたのか、それとも何かの呪いか……。
そんな訳でザイルの使者として現れた彼女を、ケインは興味深く感じるとともに思いのほか高い弁術に驚くに至っている。
「約定とは守らせるもの。国と国の約束は子供以上に幼稚なものだ。それ故に万人にも理解でき、それ故に強い力を持つ」
ケインは言いながら、机の上の羊皮紙にペンを走らせた。
それをくるみ、判を押す。
「騎士セレス。貴女の主を信頼し、我がアンハルトは支援を致しましょう」
「御賢明です」
書状を受け取り、セレス。
ここにザイルとアンハルトの今後10年に渡る非戦が約束された。
これはケインにしてみれば今まで願っていたことだ。
わざわざ現在の皇帝であるガルダに抵抗していたブラッドなぞに支援していたのはザイル帝国の国力を低下させて非戦の約定を結ぶため。
新勢力であるブラッドに代わるグラムバールという男は粗暴で短略的と聞く。
どうしようかと攻めあぐねていた時にこの提案だった。
対する皇帝ガルダにしてもアンハルトを懐柔し支援を得たい所だったのだ。
ケインの思う以上にザイル帝国は疲弊し、国内はグラムバールを始め、乱れが生じている。
軍の再編と、不満の高まる国民への税の軽減を考えると、豊かであるアンハルトからの支援を得たい。
その両者の頃合を見計らってザイル帝国に仕官したのが彼女だった。
ザイル帝国宰相ナーカスは敵軍であったのを承知でセレスの案を買い、ガルダに提案。
そして皇帝自らの親書を彼女に託すに至る。
「セレス殿。個人的なことでお聞きしたいのだが、宜しいか?」
「内容次第ですが?」
優雅に微笑み、セレス。
「何故アークスの人間で『あった』貴女がザイルに?」
セレスは一拍の間の後、涼やかにこう応えた。
「白と黒のバランスを取る為、ですね」
無論、その意味はケインに分かるはずも無かった。
アルバートは中年の男と初老の男を前に唸っていた。
中年の男は宮廷魔術師団団長ルースであり、初老の男は軍事顧問グレイムである。
三人の前に並べられたのは幾つかの山のような書類。
それがそれぞれ国内外で発生している問題であり、まさに山積みである。
「ちなみに禿げオヤジは何やってんだ、こんなときに?」
アルバートは愚痴る。禿げオヤジとはアークスの宰相であるパルテミスのことである。
「彼には彼の仕事があるのだろう。先に始めようではないか」
グレイムの言葉にアルバートは頷くしかない。
軍事顧問である彼はアルバートにとっては剣の師でもあり、幼い頃孤独だった彼の保護者を買って出た親代わりでもある。
はっきり言って苦手な存在だ。
「分かったよ。じゃ、ルース。手近なところから」
「はい。まずは西の鷹公国で発生している海賊騒動です」
「鷹公に任せておけ」
「その為の公主ですな」
ルースは同じ意を吐く二人を前に心の中で溜息。
「……あっさりとおっしゃいますね。まぁ、その通りではありますが」
ルースは海賊問題について書かれた書類群を1つのファイルに挟んで傍らに。
「無視というわけにはいきませんから、魔術師団から数名腕利きを派遣するとします」
「意義なし」
「妥当だな」
「では次は南の龍公領及びザイル帝国の侵略に対してです。現在の龍公は若干四歳のゲラルド。実際は母親である元王妃リラとその弟であるフラッツが握っております」
ルースはここで一息。
「そしてザイル帝国からの防衛線である城塞都市ガートルート。ここには央国の第二騎士団が減衰した龍公軍の代わりに駐屯しておりますが、先の都市奪還の戦いで疲弊しております」
「それはザイル帝国においても同じことだな、奴らはさらに、南で離反者を出しててんやわんやだ」
アルバートは皮肉っぽく笑いながら言った。
「我々もザイルも戦いどころではない状況ということだ」
「その通りです。ですからザイルとの一時和平を提案しては如何かと」
グレイムの言葉にルースは提案。
「いや、無理だな」
あっさり否定はアルバートだ。
「その際の条件で、もめるのは目に見えているだろう、ルース」
彼の意見にグレイムが付け加える。
「確かに。お互い牽制しあってあの国境は成り立っているようなもの。今のような状況はかつて何度もあったのだ。このような際にはお互い手は下さぬ。暗黙の休戦というものじゃ」
「ただ、キツイかもしれねぇが、ウチからも騎士団を1隊、ガートルートに派遣しておいたほうが良いな。クラールとかシュールは熊公国から帰ってきてるんだろう?」
ルースは無言で頷く。
「じゃ、三と六はフリーな訳だよな。四はこの前にはっちゃけてくれたからしばらくここにおいとかんと危ねぇしな。七は北に遠征中だから……」
「第一もしくは第五騎士団しかありませんね」
「ハノバの第五は先日の第四騎士団との内乱のおかげで、人員補充と訓練が充分ではありませんな」
困った顔のグレイム。
「荒事はハノバが最適なんだがなぁ」まるで親子のようにこちらも困った顔のアルバートだ。
第五騎士団団長のハノバ=テイスターは傭兵上がりの隻眼の男である。
個人戦闘力に関しては化け物揃いの他の団長よりも劣るが、統率力/瞬間判断力など団長として重要な要素をほぼ完璧に兼ね備えた歴戦の勇士だ。
ここで断っておかねばなるまい。
戦闘というものは対個人戦闘と対団体戦闘のそれがある。
古代には往々にして前者の寄り集まりが国同士の戦いであった。
しかし人というものはコミュニケーションの取れる生物である。
一人に対して二人で当たった方がより敵を確実に粉砕できるのは言うまでもない。
故にここに戦術というものが発生するのだ。
その戦術があっても、それを行使するには主導者の統率能力と場の見極めが重要であるのはもちろんのこと、当然それに伴う人徳も必要である。
すなわち猛勇や技量だけでは団長にはなり得ない。
しかしながら例えば第六騎士団の団長であるシュールはその猛勇の為に人徳はあるが個人戦闘に走りがちだ。
この場合、副団長に戦闘を見極められる軍師が就く事になる。弓と軍略の天才として知られるブラドがこれに当たることになる。
しかしやはり団長自らが判断した方が戦闘はスムーズに行く。
優れた主導者は何か一点でも目立つ必要は無く、逆に全てのステータスの一定基準を越えていなければならない。
これがすなわち、後に伝わる名将というものであり、アークスにおいては案外目立ちはしないがハノバ=テイスターがこれに相当するのである。
「では消去法で第一騎士団ということになりますね」
「「うーむ」」
思わず唸るアルバートにグレイム。
第一騎士団はエノリア=アムアという学者出の騎士が務めている。
30代に差し掛かるどこか若者の域を出ていない部分があり、また出自が出自だけに彼とその首脳部には戦闘力は皆無に近かった。
すなわちシュールやクラールに相対する能力の持ち主なのである。
「ま、それしかないわな。新参のブレイドくんには頑張ってもらうしかないな」
「そうですな。第一は300名近くの騎士がいるはず,頭数は問題無いはずじゃ、次!」
流すような二人にルースはこの日何度目かの溜息。
なお、ここで話し合われているのは決定事項ではない。
後に戦術会議等を通して決定されるのであるが、その草案である。
しかしルースは分かっている。
この決断と判断以外に、最も適した案が無いことを。
判断は早ければ早いほどその結果が大きく左右される。
軍事顧問であり専門家であるグレイムはもちろんのこと、アルバートの決断の速さと選択の仕方には間違い無く指導者の血がルースには垣間見れた。
”もっとも、この方は王にはなろうとしないでしょうね”
ルースは思う。
そしてもしもその通りの判断をこの王子がしたとしたら……ルースは全力を以って彼の力になるつもりであった。
閑話休題。
「龍公国に関しては国内の問題もございます。実は第二騎士団の団長であるブレイド氏はステイノバの家の出……すなわち龍公になる資格があるのです」
「それがどうした?」
冷たく言い放つアルバートにルースは息を呑む。
「王子。それがどうしたとは……おかしなことを申されるな」
グレイムは怪訝な顔をした。ルースの言わんとしていることはすなわち、ブレイドと現龍公との間で戦いが起こり得ることを示唆している。
「グレイム、お前も何を言っている?」
心底呆れ顔でアルバートは続ける。
「公領の侵害や離反に関しては我ら央国と他の公領は全力を以ってこれに当たる。しかしだ」
アルバートはすっかり冷えてしまっている紅茶を一口啜る。
「公領内での後継ぎ争いに他領および央国は一切の手出しは無用。これは昔からの暗黙の約定だ。それを央国が侵してどうするというのだ?」
「し、しかし……」
グレイムはしかし、言葉を飲み込んだ。
「それこそブレイドくんのこれからの動きに乞うご期待、ってところだろ」
「なるほど」
「た、確かに」
グレイムとルースはこの件に関してはこれきりとする。
「次は北の魔族に関してです」
「ああ。天使だったってやつだな」
「はい」
アルバートにルースは頷く。
「これに関しては先日、私の手の者を派遣して詳しく調べさせました。魔道の事ですので詳細は省きますが、派遣した地は魔力の涌き出る井戸のようなところ。それを狙って精神体である天使がその地を奪おうとしているようです」
「魔族でない理由と、その天使達はどこから、そして今になって何故その地を奪う必要が? そしてさらに北にあるという氷の城とは?」
グレイムの問いにルースは首を横に振った。
「何も分からずじまいか…」
「いや、それは俺の手の者を仕向けている」
アルバートがニヤリと笑みを浮かべて言った。
「かなりの確率で良いところまで調べ上げてくれると思うぜ」
「ではそこに期待するとしましょう。さて……」
ルースの声が一段、低くなる。
「本題です。先日のウルバーン王子の反乱と、熊公国及びザイル帝国の侵略。これらは」
「裏で糸を引いてる奴がいるってんだろ?」
「それも身近な者ですな」
アルバートは大きく溜息。
「何だよ、この話するから禿げオヤジ呼ばなかったのかよ」
すなわち宰相パルテミス=アリのことである。
「北へ遠征中のリース様の元へも刺客が送り込まれたと、副長であるシャイロク氏より私へ極秘裏に連絡が入っております」
ルースは言いながら一枚の念画を机に広げた。
それは精密に描かれた重なるようにして倒れている忍者の姿だ。
「忍者というものは独特なもので、これを王子の紹介で詳しい方に調べていただきました」
アルバートは小さく頷く。
彼は現在、この他に未来を予知し得る占い師の度重なる自殺についてもアークスの盗賊ギルド長であるイリッサに調査を依頼している。
彼女のギルドの諜報力で分からないものは、誰がどんなことをしても決して分からないだろう。
「この忍者はアークス北東部に居を構える一族。ただそれだけでは証拠を掴んだと言えません」
「あのオヤジが尻尾を出すもんかよ。それより奴は何が狙いなんだ?」
アルバートは腕を組んで唸った。
グレイムに至っては首を傾げるばかりだ。
「これだけは分かっております。今回の一連の騒動……王子がナセル氏に刺されたことも含めますが、命を直接狙われていないのはシシリア様のみ」
「ちょっと待て、じゃあシシリアが禿げオヤジに命じて俺達をってか?」
「まさか」
失笑するルース。
「今回のウルバーン王子の反乱は彼の副官であったセレス氏からシシリア様を通して告発があったのです」
「それは信用を得るための演技とは?」
こちらはグレイムだ。
「むしろ『本気』で来られたら危なかった――いや、王の殺害は成功していたと思います」
演技までする必要はないということだ。
「では何故?」
「……禿げオヤジの独断だったりしてな」
ボソリと呟いたアルバートの言葉が、実は正鵠を得ていたことに気付くのは先のことである。
「分からぬことは分からぬまま進めるべきじゃな。今は分かることからやって行こう」
「そうですね」
グレイムにルースは頷く。
「さて、次は………」
こうして三人の会議はこの日、夜半にまで及んだのだった。
<Aska>
「へぇ、アスカさんってそんなところまで行かれたの?」
「そうそう!」
「あー、死にそー」
アルマ運輸のオフィスは私達3人はティーカップを傾けてくつろいでいた。
ああ。若干一名、完全に死にかけてるのもいるけど気にせずに。
こうして話してみて分かったんだけれど、ハルモニアは見た目よりもずっと明るい娘だった。
聴くところによると結構大きな成果を上げている会社を、たった4人で経営しているのだから、ずっと大人びいているんだろうと思っていたけど、そんなことない。
懐かしい感じのする同世代の女の子って印象。
……こう感じるってことは、相当長い間私は若くない世界にいたんじゃないか?と錯覚してしまうんだけれど、気にしないことにしておこう、うん。
「ねぇ、ハルモニア。ずっと気になってたんだけど」
「うん?」
「オラクルさんと結婚してるの?」
「ぶっ!」
「っつぁぁ!!」
彼女の吹き出した紅茶が私の顔に見事Hit!
それも煎れたてなのでかなり熱い!!
「あち、あちちちち!!!」
「もぅ、何言ってるんですかぁ!」
ペシペシと私の胸を叩くハルモニア。
私は袖で紅茶を拭って彼女を見る。
顔が紅茶をかぶった私より真っ赤だった,小学生のような照れ方だねぇ。
「何やってるんだよ……」
「のわわっ!」
唐突に後ろからかけられた声に飛びあがる彼女。
呆れ顔のオラクルさんだ。
「私に殺気を悟らせぬとわっ!」
「うるさいよ……さ、アスカさんにネレイドさん。準備が整いました」
微笑むオラクルさんの雰囲気はどこかで見たことがある気がしていた。
今、逸れが何か気が付く。
そうだ、どことなくルーンに似ているんだ。
私は自然とハルモニアに視線を戻す。
今だ彼女は顔を真っ赤にして何やらぶつぶつ呟いていた。
”ハルモニアは私には似てない、わよね”
自分では気付かないうちに私は笑みを浮かべて、ネレイドの腕を掴んで立ち上がる。
「さ、行くわよ! またね、ハルモニア。今度会うときはさっき話してくれたケーキ屋さんに連れていってね♪」
そんな私の言葉が果たされることを期待しつつ、残る二人に心の中で幸せを願った。
「あら、二人とも服変えたんだ」
私は前を行くイーグルとエリアスの姿を見て呟く。
二人は今まで頭をすっぽりと覆うフード付きのマントに結構使い込んだ服装だった(はっきり言って怪しい)のだが、こざっぱりした軽装になっている。
イーグルは軽金属と思われる胸鎧に長弓を肩から提げた狩人スタイル。
一方エリアスは体中の薄い刺青を今までのようなに貫頭衣で隠そうともせずに半袖、長ズボンと、腰に短刀を一本提げただけの軽装だ。
そして鍵であった杖を手にしている。
もっとも彼は年齢的にも、戦闘スタイル的にもこの方が効率が良いのだろうが。
「ええ。吸血の呪いも解けましたから。日の光を恐れることはありません」
「僕もこの文様を隠すことはないって気が付いたから」
「そか」
嬉しそうに微笑む二人に私も微笑を返す。
「それではっ、心機一転、ファレイラ火山へ!」
「「おー」」
アラムスさんとイーザさんと、新事務所への荷物を載せた荷馬車は、二日酔いで死にかけのネレイドもついでに載せて、南の街道を一路ササーン王国目指して進み行く。
背後で一段と大きくなった殺気に私達が気付かなかったのは、幸か不幸か今になっては分からない―――
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