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    Let's start together!!



 高校2年の、いつもの季節だと思っていた。

 しかし長く慣れ親しんだその場所は、わずか二日ですでにその面影がなくなっていた。

 僕は目の前を次々と通りすぎる大型トラックに茫然とする。

 「そろそろ倒れるぞ」 

 「おう,気を付けろ」

 肝心の場所から聞こえてくるその声に僕は駆け出す。

 「おい、関係者以外は立ち入り禁止だぞ! 君,危ないからはいっちゃいけない!!」 背中からどなり声が投げつけられ、人が追ってくる気配を感じるが気にする暇などありはしない。

 息を切らしながらも全力疾走。

 急に拓けた視界に飛びこんできたものは…

 「それを、それを倒さんとってやぁ!!」 

 「危ない!」 叫ぶと同時に僕は警備員らしき男に羽交い締めにされる。

 目の前にあるは、高台に生えるひときわ大きな一本の桜の木。

 春を感じさせる暖かな風に吹かれ、満開の花が散る。

 その根元にチェーンソーを引き抜いた工事作業者達が立っていた。

 彼らは一斉にその場を退く。

 ギギギ…

 軋んだ音を立てて、桜の木はゆっくりと、ゆっくりと傾いて行く。

 それは悲鳴を耐えるかのような断末魔に聞こえた。

 「そんな,そんな!!」 

 「こら、暴れるな!」 警備員に取り押さえられ、僕はそれ以上近づけなかった。目の前で、大木はまさに死のうとしている。

 ドスン!

 パァ…

 重い音とともに、桜色の小片が一面に舞い散った。

 「イフリータぁぁ!!」 

 僕は大声で叫ぶ。頬に暖かいものが伝って顎から地面に落ちた。

 ”さようなら、誠…お前の思い出に残れただけでも、私は嬉しいよ”

 消え掛かった声が確かに聞こえた。

 「イフリータ…」 

 小さな、無気力な僕の呟き。

 頬に掛かる桜色のそれは、血のように赤く染まっているかのように僕には見えていた…・・


00 既概視 了 




Leaflet
一人きりなんて、悲しいことを言わないで欲しい





 紅茶のかぐわしい香りが台所を包む。

 私はバスケットにサンドイッチを詰めて、水筒に少しだけ砂糖を加えた煎れたばかりのそれを注ぐ。

 「よし!」 

 私は満足げにそれを眺め、一人頷く。

 私は陣内菜々美,この春からここ、東雲市東雲町にある東雲高校に通い始めたばかりの高校一年生だ。この街は私が生まれ育った,私にとっては住みやすいところ,もっとも他の街に住んだことなんでないからわかんないけどね。

 で、そんな私にはこの春から仕事が一つ増えたのである。

 その仕事とは…




 私はバスケットと水筒を引っ掴むと家を飛び出し、隣の隣の家にノックもなしに玄関に駆けこんだ。

 扉は不用心にも開いている,困ったものだ。

 扉を開け、家に上がる。

 玄関には二組の靴があった。

 「またやってるのかしら,ったく。上がるわよ〜」 

 返事を待たずして私は上がり込み、2階への階段を駆け上がる。

 そして一つの扉を思いきり開け…

 「おはよ,まこっちゃん! お昼ごはん持ってきたよ!」 

 その声に反応したのは二人のぼ〜っとした男共だ。

 一人は私の幼馴染みである水原誠,私はまこっちゃんと呼んでいる。

 まこっちゃんと出会ったのは幼稚園の頃,それまで彼は関西に住んでいたんで関西弁を口にする。

 なにぶん幼少の頃だったので、妙な関西弁らしいが私にはホンモノとニセモノの区別など付かないからわからない。どっちでも良いことだけどね。

 それはそうと、今年の冬からまこっちゃんを除く水原家は仕事の関係で海外へと移住したのである。

 まこっちゃんは受験が心配だからという理由で一人残されたのだ。

 で、私の仕事とはまこっちゃんのお世話。

 まこっちゃんのお母さんに頼まれたんだ。

 その隣にいる、色白のひょろりとした、いかにももやしっこのような男は私の兄,陣内克彦。

 性格なんかはおいおい説明するとして…私は未だにこれと同じ血が流れているとは思えないのが正直なところ。

 昔っから、まこっちゃんに妙に敵対心を持ってるのよね。

 そうそう、今は東雲高校の生徒会長をしてるんだわ,コイツ。評判はすこぶる悪いけど。

 「ああ、菜々美ちゃんか,いらっしゃい」 眠たげな目を擦りながら、まこっちゃんは私に座布団を勧める。

 私は勧められるままに腰を下ろした。

 「またやってるの?」 

 「うん、今終わったところや」 

 2人が見つめていたのはTV画面,TVゲームである。

 今は三国志のエンディングロールが流れている。

 「ひゃはひゃはひゃは…ぐぅ」 

 まこっちゃんの隣で笑いだしたかと思えば居眠りを始めたお馬鹿な兄に一瞬だけ視線を向け、溜め息一つ。

 「で、どっちが勝ったの?」 紅茶を注ぎ、コップをまこっちゃんに手渡しながら私は笑顔で尋ねる。

 「ええと…五勝四敗で僕の勝ちやったなぁ,忘れてしもうたわ」 

 今日は日曜日,まこっちゃんとお兄ちゃんは時々TVゲームで勝負をする。

 とは言ってもお兄ちゃんが無理矢理まこっちゃんと勝負するんだけど。

 それはお兄ちゃんが勝って満足するまで終わらない訳で、お人好しのまこっちゃんは結局朝方までつき合ってしまうのだ。

 「大抵のジャンルは勝てるんやけど、やっぱり戦略シミュレーションとかは勝てんわ」 

 「お兄ちゃんの得意分野だからね」 苦笑する彼に私も同じ苦笑。

 「暗殺とかするんや,ホンマ汚い手ばかり」 と、まこっちゃん。

 紅茶を啜る,仄かに良い香りが部屋に広がる。

 「サンドイッチ作ってきたんだ,これならお腹に入りやすいでしょう?」 私はバスケットを開け、彼の前に出す。

 「ありがとな、菜々美ちゃん」 

 「まこっちゃんの世話を頼まれちゃってるからね」 

 正直言うと、自分からかって出たんだけどね。

 「うん、おいしいわ,これ」 口に運び、彼は嬉しそうに言う。

 これが見れただけでも、私には満足だ。

 「私もたべよっと」 

 取り留めのない話が花開く。

 その横ではお兄ちゃんの鼾が響いてて、ムードもなにもなかったけど、私にとっては永遠に続けばいいと思える時間だった。




 僕は水原誠,東雲高校に通う高校2年生や。

 そして隣にいるのが幼稚園来の幼馴染み,陣内菜々美ちゃん。小学、中学ばかりか高校まで一緒の強い縁がある。

 僕の家族が皆して引っ越してしまった三ヶ月程前から、菜々美ちゃんは良く食事とかを作ってきてくれて頭があがらへん。

 とっても良い子や。

 隣で鼾をかいて寝てんのは菜々美ちゃんの兄貴,陣内克彦。同じクラスの同級生で、付き合いは菜々美ちゃんと同じく長い。

 なにかと僕を目の敵にしてる困った奴や。

 もっとも僕らの仲は良いとは思うてるけど。

 「ところでまこっちゃん,今日はなんか予定とかあるの?」 

 菜々美ちゃんが元気良く訪ねてくる。彼女の声はぼぅっとした僕の頭に良いカンフル剤になってくれる。

 「ん? そろそろ中間試験前の学力試験とか言うのがあるやろ? 古文で分からんところがあるさかい、図書館に行こう思っとる」 

 「じゃ、私も行くわ。数学がわかんなくて,所々教えてもらえると嬉しいんだけど」 数学や化学などの理系なら僕の得意分野や。

 「うん、かまへんよ。ほな、いこか」 僕は立ち上がる。座りっぱなしだったので少し立ち眩みがする。

 「あ、でも、まこっちゃん,昨日からおにいちゃんにつき合っていたせいで寝ていないんじゃないの?」 目頭を押さえた僕に、菜々美ちゃんは心配げに尋ねた。

 「徹夜は高校受験のときに慣れたさかい」 

 「無理はしないでよ」 

 二年前だったか,受験勉強してる時は菜々美ちゃんに良く叱られたもんや。

 そのお陰で健康に無頓着な僕でも病気にならんで済んでるのかもしれへんなぁ。




 暖かな春の風が湿った草の香りを運んでくる。

 空は高い青空,さんさんと柔らかな日差しが大地に降りそそぐ。

 図書館は東雲高校の裏手にあり、その隣には小さな区画だが、手付かずの林がある。

 林はちょっとした高台になっており、登ればこの街を見渡すことができるほどの高さがあった。よく子供の頃、まこっちゃんとここで遊んだものだ。

 私達は一時間ほど図書館で本を捜したり、まこちゃんから分からないところを教えてもらったりした後、幾つかの本を借りてそこを出た。

 「ふぁぁ〜」 大欠伸のまこっちゃん。

 「眠そうね?」 

 「うん、春眠暁を覚えずっていうし」 

 「まこっちゃん,ホント、古文は苦手なのね。それって寝過ごすって意味で使うのよ」 古文などの文系科目なら私は得意,この高校の受験にしても、理系が駄目でも文系でフォローして合格したようなものだ。

 「そ、そやったか? まぁ、ともかく家に帰ったらちょっと寝るわ」 

 「そね、明日はちゃんと学校があるんだから…」 

 「あ、菜々美ちゃん!」 

 横合いから声が飛んできて私達は振り返る。

 そこにはワラビー(らしき)人形を抱えた女の子が一人。私の良く知る娘だ。

 「こころちゃん,こんにちわ」 

 高校に入ってからの親友に私は微笑む。

 彼女は小坂こころ,私の同級生。

 「菜々美ちゃん,水原先輩こんにちわ」 ペコリ,こころちゃんはまこっちゃんに、満面の笑みで頭を下げる。

 「おおきに,小坂さん」 人の良さそうな微笑みを彼はこころちゃんに向ける。

 「名前,覚えてくれたんですかぁ!!」 

 「な、なんや,そう驚かれても…」 たじろぐまこっちゃん。

 実はまこっちゃんは上下問わず、女子に密かに人気がある。私は長年見てて慣れちゃったから良くは分かんないんだけど、美少年に属するみたい。

 でもまこっちゃんは、お約束というかなんというか、それに気づく素振りさえない。

 そんなところもまた、私は好きなんだけどね。

 「菜々美ちゃん,図書館行ってたの?」 

 「うん、今終わったところ。こころちゃんは?」 

 「私は散歩だよ。菜々美ちゃん,どっか遊びに行かない?」 

 「う〜ん」 私はまこっちゃんをチラリと見る。

 「行ってきたらええ。僕は家で寝てるさかい」 暖かい日差しも手伝っているのだろう,目を細めて彼は言う。

 「そうね,じゃ、気を付けて帰ってね」 

 「子供やないんやから…」 苦笑いのまこっちゃん。

 「それじゃ、菜々美ちゃんをお借りします」 

 「またね,小坂さん」 そう言って彼は私達に手を振った。




 僕の鼻の前に桜色の小片が一枚、掛かった。

 それが飛んできた方向を僕は見る。

 葉の茂る、小さな高台の林、そのてっぺんに、桜の花が満開だった。

 「あそこで昼寝っていうのも、悪くないかな」 

 僕はその桜の木を目指して足を踏み出した。

 ちらほらと降る桜の雨は近づく毎に多くなっていく。

 「ふぅ」 僕は目的の所まで登りきり、それを見上げた。

 樹齢はかなりのものであろう,林の主であるその桜の木の下に、僕は腰を下ろした。

 青く茂る雑草が、日差しに暖かい。

 街の雑踏が小さくなって耳に届く,街から離れた訳でもないのに、遠い所にいるような錯覚を覚える。

 「ここからの景色は、昔と変わらんなぁ」 

 木の幹に背を預け、僕は呟く。

 ここに来るのは珍しいことではない。よくこうして日光浴や読書をしに訪れる。

 昔は菜々美ちゃんや陣内とかと、よくここで遊んだもんや。

 「一眠り、させてもらうか」 目を閉じる。

 心が安らぐ,昔から、この木に背を預けているとほっとする。

 遅い来る睡魔,僕はそれに身を委ねた…




 …誠、誠,誠!」 

 「う…ん?」 揺り動かされ、僕は目を覚ます。

 「誠、起きないと風邪をひくぞ」 ハスキーな女性の声。

 ぼんやりとした視界に、女性のぼやけた姿が入る。

 桜色のウェーブの掛かった髪だった,少し変わった服を着ている。

 「ぼ〜っとしてないで」 彼女は再び僕をゆする。

 整った面影には優しい光を灯した意志の強そうな瞳があった。

 その彼女の言葉に、次第に僕の感覚が眠りの世界から現実へと戻って行く。

 「…寒い…」 肌寒かった,春といっても暖かいのは昼だけだ。

 突き刺すような寒さを感じて、僕は目を覚ました!

 「あ…」 夕焼けが目の前に広がっている。暖かだった風は、冷たいそれに変わっている。

 「随分寝てもうたようやなぁ」 僕はゆっくりと身を起こす。すでに意識はすっかりと冷めていた。

 足下の図書館の蔵書を手に取る。

 「なんや、誰かに起こされる夢を見とったような気がするけど…」 

 ついさっきまでははっきりと覚えていたものが、まるで手のひらの上の泡のように消えてしまっていた。

 僕は背伸びを一つ。

 「ふぁ〜あ…さて、と,帰るか。…またね」 

 桜の木に一言、僕は髪に付いた桜の花びらを落としながら高台を下って行った。

 桜の木は昼と変わらず、風にその桜色の小片を少しずつ辺りに撒いていた……



01 Approching 了 



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