Action !!
キ〜ンコ〜ンカ〜ンコ〜ン♪
「では各自この部分を次回までに調べてくるように」 教師はそこまで言うと、学級委員である陣内に目配せする。
「起立!」 陣内の声に、クラス全員が立つ。
「礼!」
ペコリ
する者もいればしない者もいる,しかしその三分の二がそれを合図に廊下へと駆け出していった。
昼休み、食堂へ数量限定の定食を食べに行く者,購買へパンを買いに行く者,様々である。
いつも弁当持参の陣内は、やはりいつも購買直行であるはずの誠の姿を席に捕らえて首を傾げた。
「どうした? 誠,昼飯を食わんのか?」
陣内がそう声を掛ける間に、誠はカバンの中から四角い箱を取り出していた。
「珍しいな,朝起きて作ったのか?」 誠の前の席に腰掛け、手にした自分の弁当箱を開けながら陣内。
「え、いや,例の朝言っていたファトラさんが朝食の残りを詰めてくれたんや」
「ふぅむ…そうか」
誠の開ける弁当箱の中身を眺めながら、陣内は気のない返事をした。
“まぁ、私にはどうでもいいことだ”
明らかに『朝食の残りを詰めた』だけではないその中身を見て、彼は妹の行く末を、ほんの少しだけ案じざるを得なかった。
「おい、ファトラ…」
「ん? おお、シェーラではないか。ちゃんと学校へ来ておったか,感心感心」
ファトラは弁当箱を広げながら目の前に現われた、見慣れた少女の姿を認めて満足げに頷く。
対する少女は、顔を怒りに赤く染めて彼女の机を思い切り叩いた。
「いきなり外泊しておいて言うことはそれだけかぁ,あたいがどれだけ捜したと思ってるんでぃ!」
「そんなにわらわが恋しかったのか?」 卵焼きを咥えて、ファトラは尋ねる。
「アタイはテメェの護衛だろうが…」 大きく溜め息,シェーラはわめき疲れてうなだれる。
「まぁ、生きてれば良いんだけどよ」 言って、シェーラはファトラの前の席に、背凭れに肘を立てて座った。
「鬼神の字を持つ暗殺者,カーリアがテメェを狙っているそうだ。気を抜くな」 鋭く小声で囁く。
それにファトラの持つ箸が小さく揺れる,が、それは一瞬のこと、すぐに佃煮に伸びた。
「それは何ともなることだ」 表情は無表情に近いが、何か楽しんでいるようにも見える。
シェーラはそんなファトラを気に入らなく思うも、手にした手提げの紙袋をファトラに差し出した。
「?」
「制服だよ。水原とか言う奴の制服だろ? それは」
「ふむ、だが今日はこれで良いぞ」
しかしシェーラはファトラを囲む女生徒の危険を感じたか、脳裏に浮かんだ妄想をぶんぶか頭を振ることで取り払って紙袋を押しつける。
「アタイのクラスにいる水原っ奴はテメェと同じ顔の男でな。まわりがそいつと間違えたら困るだろ」
「誠はお主と同じクラスであったか」
「ああ、それにな…」
「こんにちわ,ファトラ様」
シェーラの言葉を遮るように涼やかな声が掛かる。
シェーラの後ろで微笑む彼女の姿を捉え、ファトラの顔に驚きの表情が広がった。
「クァウール!!」
ガタリ、ファトラは椅子を蹴倒して立ち上がる。
「お久しぶりです」
「よもやこんなに簡単に見つかるとは,わらわはお主に会うためにわざわざこの国までやってきたのだぞ」 と言いながらクァウールを抱きしめようとするファトラ。
しかしクァウールは笑顔を引き吊らせながら巧みにその抱擁攻撃から身をかわしていく。
「あ、相変わらずでございますね」 額に汗のクァウール。
「お主もなかなか観念せぬな」 ジリジリとクァウールを追いつめるファトラ。
「そういう趣味は私にはありませんので」
「わらわが手取り足取り教えてやるというのに」
「結構ですわ,それよりシェーラの言う通り、着替えた方が良いですわ。髪の長さしか誠さんと違いがないんで戸惑ってしまいます」
その言葉にファトラの動きが止まる。
「誠…さん?」 呟く。
「え?」
「水原と呼ばずに誠さんと名前で呼ぶとは…どういう関係なのだ?」 真顔でファトラ。
「同じクラスですけど」
「同じクラスなら名前で呼ぶのか?」
「そ、そういう訳では…親しい友達でもありますし」 クァウールは額に汗。一歩後ろに下がる。
「親しい?!」 真面目な驚きの形相で王女は詰め寄る。
「え、え〜と」 たじろぐクァウール。
「クァウールはわらわのものじゃ! 誠には渡しはせぬ!!」
「ファトラ様のものになった憶えはありません!!」 顔を赤くして、クァウールは振り払うかのようにそう叫んだ。
カーリアの覗く双眼鏡の先に紙袋を持った褐色の肌の少女の姿があった。
「あいつは…」カーリアは眉を細め、その少女,シェーラに関する情報を記憶の底から引き上げる。
「! 炎のシェーラか?! あいつがファトラの護衛を…」 苦い顔の暗殺者。
シェーラに関する彼女の情報は、参考までにこんなものだった。
“歩く跡には草が一本も茂ることはなく、全てを炎でねめつくす破壊者”
さんざんな言われ様ではあるが、エルハザード本国においての噂はあらかた間違ってはいないのが困ったところだ。
「正面きって襲うのは無理か…となればだ」
再びカーリアはファトラの隙を探るべくか,双眼鏡に目を付けた。
しかしそこにはファトラの姿は映っていない。
“?!”
今まで彼女がいたはずの窓側の席には、一人の女生徒が座っているだけだ。
慌てて、隣の教室に移す。
と、同じ窓側の席に先程までのファトラはいた。
“教室を移動した? いや、今までこちらの教室を見ていたのか??”
「しかし…」
そう、しかしそのファトラの長い黒髪は、ばっさりと切られていたのである。
ふと、先程ファトラとシェーラが何やら言い合っていたのを思い出す。
「シェーラ辺りにはすでに暗殺者がファトラを狙っているという情報は手にしたはずだ,となると、外見を変える為に髪を切ったか…」
“先程の口論はそれに関する言い争いだろう,愚かな、そんな事で私が目標の顔を忘れる訳がなかろう”
愚か者はカーリア自身であることは言うまでもない。
そしてターゲットは変わったまま、放課後まで時は進む…。
東雲高校は北館と南館とに別れている。
当初、北館は旧校舎と呼ばれるメインの校舎であったのだが、南館である新校舎が出来てからは科学室や美術室といった特別教室を主体とする場に変わっている。
それ故か、放課後は文科系部活動の場であると共に、それ以外の生徒は必要時以外は立ち寄ることのない、ひっそりとした場所として変わり果てていた。
北館への渡り廊下,北側を傍に向けた廊下を誠は一人歩く。
窓から裏山である林,通称、桜ヶ丘が一望できた。一昨日、誠が図書館の帰りに寝込んでしまったあの桜の木が、その頂上で雪の様に花びらを振り撒いている。
「あ、水原先輩」 しばし、ぼぅっと立ち止まりそれを見ていた彼に元気な声が掛けられた。
ゆっくりを振り返ると、ぬいぐるみと本を抱えた少女の姿が一人。
「小坂さん? こんにちわ」 笑顔で挨拶。
「こんにちわ。これから部活ですか?」
「ええ、6月の研究発表会まで日にちも残り少ないし、いつまでも新入生勧誘言うて騒いでられんわ」 マッドサイエンティスト二人を思い出しながら苦笑する誠。
「研究発表会…ですか?」 耳慣れない単語に、小坂はちょいと首を傾げた。
「ああ、小坂さんは知らんやろなぁ。科学部では6月に全国的に開かれる科学博覧会に毎年出席しとるんや。まぁ、野球部でいう甲子園みたいなもんやろか」
「へぇ、文科系でも大変なんですねぇ」
「でも小坂さんは確か文芸部やろ。文芸部では一年に一作品は物語を作らなあかんて聞いたことがあるんやけど」 誠のその言葉に、小坂は思い出したように目を見開き、言った。
「そうなんですよぉ! 私、本を読むのは好きなんですけど、書く方はどうも…そうだ、水原先輩をネタにした物語書いて良いですか?」
「な、何言うとんのや?!」
「だって先輩の回りの人達って個性的な方が多いし、先輩自身も見ていて楽しいですよ」
「僕は万年吉本か…」 呆れて誠。
「ふふふ,冗談でも面白いかも知れませんよ。それじゃ、部活頑張って下さい」
「小坂さんもね」
「はい!」 笑顔で答え、小坂は南館へと渡り廊下を進んでいった。
”あの女…ファトラと親しいのか?” 廊下の影に隠れ、鬼神はぬいぐるみを抱く少女を見つめる。
会話の内容は聞こえないが、ファトラと親しげに話しているように見えた。
と、会話が終わったようだ。少女はファトラと別れ、こちらへ歩いてくる。
”背丈も…ちょうど良いな” 鬼神カーリアはその表情に見る者を凍らせる笑みを讃え、行動を起こした。
「れでぃ〜す&じぇんとるめ〜ん! でぃす いず あ 鷲羽ちゃんショ〜!!」
『ワシュウチャン! テンサイ!!』
『ワシュウチャン,カッコイイ!!』
掌サイズの鷲羽人形が実験机の上に立つ鷲羽本人に喝采を上げていた。
「何をやっているんです?」
部活の場である科学実験室に入るや、鷲羽の一人芝居を見てしまった誠は茫然と尋ねる。
「ここに取り出したるはあたしの家でバリバリな現役の白黒TV,でも困ったことにこのTVにはリモコンがありません」 質問を無視,何処からともなく画面は小さいが土台のでかい古の遺物を取り出した。
「ダイヤルや…骨董品やないですか?」
画面横のチャンネル操作をする部分を見て、誠は呟く。
「でも鷲羽ちゃんはコタツに入りながらチャンネルを変えたいんです,さて、ここでどうすれば良いでしょう? シィ〜ンキング・タァ〜イム!!」
「…マジックハンドでチャンネルを変える」
「ぶ〜」
「我慢してコタツから出る」
「ぶぶ〜,論外ね」
「じゃあ、新しいのに買い替える」
「お金ないもの」
「…リモコン装置を内蔵させるんですか?」
「面倒よ,さぁ、他にはないの,ないの??」
『ナイノ?』
『ナイノ?』 鷲羽人形がハモる。なんか凄い悔しい。
「…分からないです(っていうかどうせ何言ってもこの人の考えることはわからへんわ)」 無駄な詮索を諦め、誠は手を挙げた。
鷲羽は満足そうに微笑むと、スカートのベルトの所に付いた、妙に四次元チックなポケットをごそごそと探る。そして
「ちゃららちゃっちゃちゃ〜ん,リモコン君Ver.3.02!!」
“3.02って…1や2はどうなったんやろ?”
彼女が懐から取り出したるは10cm程の黒い棒だった。
「何です? それ」素直な疑問をそのまま口に出す。
「これはね、魔法の力を利用して物体に疑似生命を宿らせるビックリドッキリメカなのよ」 さすが天才,さらりと言って退ける辺りが素晴らしい。
「魔法の力なんて怪しい力を利用せんといてくださいぃぃ!!」 しばし茫然としていた誠ははっと我に返り、叫ぶ。
「いいじゃん、別に。じゃあ、フォースの力でも良いわよ,ルークが使ってるやつね。そうするとジュダイの騎士しか使えなくなるけどOK?」
「…も、何でも良いですわ」
「とまぁ、納得してもらったところでこのTVに命を宿らせてみましょう!」
“してへんしてへん” いつもの心の中だけのツッコミ。誠が唯一、自分の無力感を感じる瞬間だ。
鷲羽は棒を片手にくるりと廻ってポージング。
「陽○心招来!!」
「パチモンやないかぁ!!」
鷲羽の手にする黒い棒から怪しげな電光が放たれ、向けられた先、白黒TVに炸裂した。
『なんや、ワレ?』
目付きの悪い黒服を着た小人がTVの上に現れた。
「何です? これ?」
『これ言うな,ボケ! ワイはこのTVの精霊やで!!』 無礼に指差す誠に、小人は彼と似たような嘘っぱち関西弁を放つ。
「精霊ちゃん,4チャンネルにして。オーフェンやってるから」
『ただでっちゅうんか?』
「何よ、えらく挑戦的ねぇ」
『ワイは12チャンネルの鑑定団が見たいんや。変えたかったら力づくでやるんやな』中指をおったてて小人。
「ほほぅ,創造主に対してそういう態度ででるのね。あんたなんかスクラップにしてカラーTVに買い替えてやってもいいのよ?」
『フフン,できるもんならやってみるんだなぁ』
「むっかぁ!! 水原,やっておしまい!!」
「何で僕が?」 急にふられて、誠は戸惑う。
そんな間にも、鷲羽はゴーグルのようなものをかけ、ノートパソコンを開く。
『おう、返り討ちにしてやらぁ!』 言い放ち、精霊を名乗る小人はTVの中へ消える。
「ちょ,なんか嫌な予感がしませんか,部長!!」
ガラリ,不意に科学室の扉が開く!
「水原,科学部の今月の電力費が凄まじいのだがこれは一体どういうことだ?」
「あ、陣内…」
横柄な態度で現われたのは陣内。彼は誠の視線の先、危険物と化したモノに興味が移る。
「ん? 何やら古臭いTVではないか」 それに近づく。
対する誠は、本能的に妙な音がしだしたTVから距離を置き始めた。
「部長,鷲羽部長?」
誠のそんな問いかけなど聞こえていないのだろう、鬼のようにノートパソコンのキーボードを叩きながら、鷲羽はTVを解析する!
「むむ!! 魔法の力が違うエネルギーに変換されて行くわ! これは光,熱…」 狂喜の表情の鷲羽,そして…
ちゅど〜ん!!!!
「没収!!」
跡形もなく吹き飛んだTVを前に黒く焦げる二人を見遣りながら、実は要領の良い誠は服に付いた埃を払って、鷲羽の持つリモコン君を奪った。
「しかしクァウールとシェーラが同じクラスとはのぅ。誠も同じとな?」
「けれどどうしてファトラ様が誠さんをご存知なのですか?」
「ああ、昨晩泊めてもらった。この制服も奴から借りてな」 紙袋に入った誠の制服を見せながら、ファトラはクァウールに言う。
「?!」 ピクリ,クァウールの肩が小さく動く。
「しっかし、何でまた?」 首を傾げるシェーラ。
「縁…というものかのぅ。ん? どうしたのじゃ,クァウール? 恐い顔をして」
「え? そ、そんな顔してませんわ」
3人の少女達は談笑しながら廊下を歩いて行く。
その3人にすれ違うのはぬいぐるみを持った少女。
彼女は3年生の教室,3−Dの扉を開け、中を覗く。
「どうしたんですか?」 掃除をしている一人の人の良さそうな男子生徒が彼女に気付き、尋ねた。
「え、あ、あの、転校生のファトラさんは…」
「ああ、今帰ったよ,擦れ違わなかったかな?」
「そうですか、ありがとうございます」 ペコリ,彼女は頭を下げてその場を立ち去った。
「お二人は部活には入られるんですか?」
「アタイはパスだね。勤労学生だし」
「わらわは…そうだな、ちょっとかんがえてみるつもりだ,クァウールは何に入っておるのだ?」
「家庭部ですわ。料理とか、裁縫とか」
「アタイには無縁の世界だね」 苦笑してシェーラ。
「で、部活に出なくて良いのか?」
「今日は休みます。図書室で調べ物がありますので」
「そうか、ならばわらわも付き合おう,な、シェーラ」 嬉しそうにファトラは言う。
「ア、アタイもか?」
「シェーラ,調べ物は今日の古文の時間で出た宿題よ。貴女もちゃんとやらないと」 厳しい表情でクァウールはシェーラに言い放つ。
「う〜,そんなのもあったな…しょうがねぇ,付き合うよ」 肩を竦めてシェーラは諦めた。
図書室は南館の最上階5Fにある。
「しっかし、誰もいねぇな」 階段を上りながらシェーラは呟く。
「この時期だからね」 クァウールは微笑みながら答えた。
新学期が始まったばかりだからか、まだ部活動が本格的に始まっていないのであろう、遠くに運動部の掛け声が聞こえるだけで放課後の生徒数は極端に少ない。
やがて生徒にすれ違うこともなく、静まり返った図書室の前まで3人はやってくる。
ガラリ,図書室の扉を開ける。
図書室は勤勉な学生が少ないからなのか,人一人いなく静寂に包まれていた。
「さっさと調べちまおうぜ,アタイはバイト捜さないといけねぇしな」
ガタン
「そんなに時間はかからないわ」
ガタガタン
「つれづれなるままに,だっけか?」
「徒然草よ」
ガタタン
「シッ! ちょっと静かにしろ!」 ファトラの鋭い声が飛ぶ。
「何か?」
「図書室だからか?」
「違う,何か音がする…」
「鬼神か?」 身構えるシェーラ。
カタン
何かを叩くような音。それは断続的に続いてくる。
ファトラ達3人はその音の聞こえる方へとゆっくりと近づいて行く。
ガタン!
その音は図書室の端,掃除用具の入ったロッカーから聞こえてきていた。
「開けるぜ」 取っ手に手を添えて、シェーラは2人に確認を取る。
コクリ,ファトラとクァウールは無言で頷く。
ガチャ!
ガタタ!!
「んー!!」
出てきたのは後ろ手にロープで縛られ、猿ぐつわを噛まされた少女だった。
あろうことか下着姿である。
「一体これは…」 クァウールは呟きながらも猿ぐつわを解いてやる。
「怪我は?」
「だ、大丈夫です」 身を震わせながらも何とか言葉を紡ぐ少女に、ファトラは紙袋に入れた誠のブレザーを掛けてやる。
「一体誰がこんな事をしやがった?」 制服の懐に入れた手を戻しながら、シェーラが珍しく柔らかい口調で尋ねた。
それに少女は首を横に振る。
「分かりません,急に殴られて…良く分からない人が、私の服を着たかと思うと私そっくりの姿になって…一体あれは何なんですか?」 逆に問いかける彼女。半狂乱状態だ。
しかし彼女の言葉に、シェーラとファトラの動きが止まる。
「アンタ,名前は?」
「1−Aの小坂です…」
「1−Aというと菜々美さんと同じクラスの?」
「菜々美ちゃんの知り合いの方ですか?」 知り合いの友達ということを知ってか、こころの表情が少し柔らかくなる。
「イカンな,誠が危ない」 一つの有り得がたい事実に気付いたファトラは小さくそう呟く。
「ファトラ?」 怪訝な表情のシェーラ。
「水原先輩が何か?」 聞き逃さず、小坂は尋ねた。
「誠は今どこにいる?」
「科学部に出ていると思いますが」
その言葉を聞き終わるか終わらないかのうちに、ファトラは駆け出していた。
「シェーラ,この娘は私が。貴女はファトラ様を守って!」
「分かった!」
2人の後ろ姿を眺めながら、クァウールは厳しい表情のまま呟く。
「ところで2人とも…科学室の場所を知ってるのかしら?」
「全く,酷い目にあったわ」
手で煤を拭いながら、誠は鷲羽の作った怪しい棒を眺める。
「天才なんやろうけど…何でいつもこう人騒がせなもんばかり」 ため息一つ。棒を懐に収めた。決して彼も人のことを言えないのだが。
「あ…」
「ん? なんや、小坂さんやないか」
誠が小さな声に視線を前に戻すと、廊下の先で小坂が誠の方を見て佇んでいる。
夕日の赤い光が廊下沿いに並ぶ窓から差し込み、小坂の表情が陰って見えた。
”あれ? いつも持っているぬいぐるみは…”
思うが早いか、小坂は誠の方へ駆け寄ってくる。
チャリン
甲高い音に誠は足下に目をやる,100円硬貨が落ちた。
“? あ、ポケットに穴あいとるやんけ,さっきの爆発のせいやろか“ 右ポケットに手を入れ、誠は指がズボンに直接触れるほどの穴があいているのに気付く。
それをしゃがんで拾う誠。
ヒュン!
何かが頭の上を通りすぎた。
「え?」
「何だと?!」
誠が顔を上げると、黒い刀身のナイフを横にないだ小坂の姿が!
彼女の顔にはいつもの柔らかいものはなく、凶悪に歪んでいた。
「チィ!」 返す刀、彼女はナイフを誠に向かって振り下ろす!
「うわわ!!」
カキィ!
慌てて身を翻す誠。ナイフは火花を散らして廊下のタイルを打って甲高い音を立てた。
「なかなかやるな」 ニタリ,微笑む小坂。誠は一歩、二歩、後ろへと下がる。
「誰や、小坂さんやないな,お前!」
未知の出来事への震えを無理矢理押さえた誠は、叫ぶように尋ねる。
それに小坂は一歩二歩,誠の下がる分だけ歩み寄る。見る者をぞっとさせる微笑みを浮かべたまま、自らの顔を空いた方の手で掴み…
バリィ!
「?!」
小坂の顔の下から白髪,褐色の肌の少女の顔が現れる。無論、誠の知る顔ではない。
「死に行く者には教えてやろう。私の名はカ−リア,鬼神の名を持つ暗殺者」
「暗殺者…何で僕を?!」 ゴクリ,息を呑む。
「お前が生きていてもらっては困る奴が多いということさ。そんなことくらいは分かっていたのだろう,私に狙われていることも」
”何や、一体何を言っているんや?” 当然、他人なんで分かっていない誠。
「私の目を欺くのに髪を切ったのには多少戸惑ったがな」
”髪を切った?”
「さぁ、そろそろおしゃべりは終わりだ、ファトラ=ヴェーナス!!」
カーリアは叫び、手にしたナイフを突き出す!!
”?! ファトラさんか! そういや、王女とか言うとったな”
誠は後ろへ飛ぶ!
ビリィ!
誠の制服の脇腹辺りを、カーリアのナイフが切り裂いた!!
「ちょ、ちょっと!!」
誠の声など聞くことなしに、まるで剣舞の様に、カーリアの黒身のナイフが流れるように彼を襲う。
それをドタバタと、しかし奇跡的に避ける誠。
が、よたよたと後ろへと下がる彼の足がもつれる!。
「あ!」 豪快に後ろへと倒れる誠,背中が廊下のタイルを打つ。
ガコッ!
彼の宙を舞う右足に何か固い感触。
ズダダン!!
倒れる音は二つ響いた。
「?!」
「くぅ〜」 上体を慌てて起こす誠の前には、同じく廊下に尻を付いたカーリアの姿が。
彼女は顎を押さえて目を白黒とさせている,どうやら誠が倒れた際に、彼の足が偶然にも彼女を打ったようだ。
「今や!」 立ち上がり、背を向けて駆け出す誠!
「ま、待て!!」カーリアもまた立ち上がろうとするが、足がもつれたように再び廊下に尻もち。
「?! クッ,まともに顎に食らったか」 舌打ちし、しばし彼女は目を閉じる。
ボクシングなどにもあるのだが、顎に強烈な一撃を受けるとその振動が脳をシェイクし、しばし平衡感覚を失うことが多々という。
奇跡的なガイル顔負けな誠のサマーソルトキックがかなり効いているのだ。
しばし動けないことを観念したカーリアは瞳を閉じ、誠の足音を辿る。
静かな放課後,夕方の校舎。生徒はあらかた部活も終えて帰ったようだが、一部の運動部の掛け声が聞こえてくる。
しかしその中から誠の足音を選別,やがてそれは廊下を駆ける音から地を直接踏みしめる音に変わった。
”外に出たか” 頭を二、三度横に振り、よろけながらも立ち上がるカーリア。
背にした廊下の窓硝子から外を見下ろす。
すると校舎裏を駆けて行く誠の姿が見て取れた,彼はそのまま学校の外、雑木林の中へと消えて行く。
そこはちょっとした森だった,そう、さっきまでカーリアが待機していた桜の木のある林だ。
「人に泣きつかなかったのは正解かもな,だがいつまでも隠れていられるか?」
眼下の林に消えた目標に向かって、彼女は不敵な笑みと供に呟いた。
「ここはどこじゃ?」
「視聴覚室…とか書いてあるぜ」
「おかしいのぅ」
やっぱり迷っていた。
視聴覚室は南館1Fの端にある,科学室とは渡り廊下を挟んで全くの正反対だ。
と、視聴覚室のモニターの一つが、背を向けようとしたファトラの視界に隅に写った。
「?!」 バン,視聴覚室の扉を思いきり開け、そのモニターにかぶり寄る!
「なんだなんだ? 一体?」 ヤレヤレと言った風にシェーラはファトラの眺めるモニターを見る。
そこには東雲高校の制服を着た、白髪の少女の姿が写っていた。
『西門焼却炉』場所はそう書かれた防犯カメラからの映像だ。
やがて彼女は焼却炉の向こうに広がる林に飛びこんで行った。
「何でぃ,あいつは?」 ただ者ではない身のこなしを見て、シェーラは疑問。
「…あれが鬼神カーリアじゃ,あの目は狩人の目。誠を追っておるようだ」 いつになく真剣な顔のファトラに、シェーラはたじろぎながらも尋ねる。
「なんで分かるんだ?」
「以前、姉上が狙われた時に撃退したことがある,その時にな」 モニター郡の下にある防犯カメラマップを見ながら、ファトラは厳しい表情のまま答えた。
「行くぞ,シェーラ。誠などはすぐにやられてしまうぞ,鬼神は即効性の毒を塗ったナイフを好んで使うのじゃ!」
「…なるほどな」 シェーラは懐に入った堅いものに手をやりながら、すでに誠の冥福を祈っていた。
立ち去り際に視界の端に映るそのモニターには、まるで自然とそこに目が行く程の桜吹雪が舞っている…
04 転 了