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    It's a DANCING SHADOW ...



 まだこの時期、日の落ちるのは早い。

 私は羽織ったコートを胸の前で合わせながら帰路を急ぐ。

 冷気をその腕に込めた北風が、私に向って吹き過ぎる。

 “春だってのに冷えるわね,明日はまこっちゃんに暖かい朝御飯でも作ってあげよ!”

 その時の光景を脳裏に浮かべて、思わず微笑みが漏れてしまう。

 まこっちゃんには悪いけど、まこっちゃんの家族が彼を残して日本を去ってしまったことは私にとっては思いも掛けぬ良い方向へと進んでいるような気がしてならない。

 駆け足で、帰路である東雲商店街のアーケードを駆け抜け、途中で左折。

 下町の商店街に囲まれた公園の隣に走る、その奥の閑静な住宅街に続く道。

 その道に入ったところで私は出会い頭にぶつかり、大きく後ろへ跳ね飛ばされた。

 「いった〜い」 お尻をさすりながら顔を上げる。

 同じように、地面に腰を下ろして額をさする黒いスーツの女性と視線が絡み合った。

 「悪りぃな,怪我はないか?」 立ち上がり、道路に落ちたスーツと同色の帽子を拾い上げ、被り直して彼女。

 唯一肌の見えるその顔には、健康児というイメージの強い活発な感じを思わせる同世代の風貌と、褐色の肌の奥に光る赤い瞳が印象的だ。

 「怪我は…ないけど」 

 「そか、ま、アンタも気をつけな」 彼女に手を差し伸べられ、起こしてもらう。

 私が立ち上がるのを満足げに、黒いスーツの女性は眺めると身を翻して商店街に向って駆け去っていった。

 「…? 何を急いでいるのかしら? まぁ、いいか」 

 人込みに消えていったその後ろ姿を一瞥し、私は彼女の駆けてきた方向に向って足を戻す。

 次の瞬間には、明日のまこっちゃんに作ってあげる朝御飯のメニューに、私の思考は占拠されていた。




 黒スーツの彼女は商店街の店の一つに飛び込む。

 『キャバレー・尼崎』と看板には書かれた隠れるように建つ店だ。

 数瞬後、怒声とともに追い出される彼女。

 「ちっ,ここでもないか。あんの色魔は何処に行きやがったってんだ?!」 街路樹に立てかけられている捨て看板に蹴りを食らわせて愚痴る。

 ピピピピピ…

 小さな電子音,反射的に彼女は懐に手を伸ばして対応。

 「見つかったか?!」 小さな携帯電話に向って、相手が誰であるか確認もせずに開口一番叫ぶ。その声は商店街を行き交う人々の耳に入るところだ。

 『その様子だと、あんさんも見つかってないようどすな。ファトラ様を狙っている暗殺者の名前が割れましたわ』訛りのある日本語が流れてくる。

 「一体誰でぇ?」 

 『鬼神の異名を持つ者どす』

 電話先の冷静な声に、黒スーツの彼女はゴクリ,大きく息を呑む。

 「鬼神カーリアか?! 奴がここに来ているってのか?!」 

 『…ほな叫ばんでもよぉ聞こえますがな。ともかくウチらの命が危ないどす,今日のところは日も落ちたし帰ってきた方が…』

 「何言ってんだ,テメェ! なおさらあの姫さんを見つけ出さなきゃ危ねぇだろ!」 電話先の言葉を遮り、彼女。

 『シェーラ,勘違いしとりますわ…ファトラ様がカーリア如きに後れを取る訳ありゃしませんやろ。それにあくまでウチらはお忍びで日本へ来とるんどす。いらぬ騒ぎをたてて、目立たれたらかないません,ウチが今日一日掛けてマスコミ連を脅し,もとい口止めした意味をパァにするつもりおすか?』

 電話先の、ちょっとどすの聞いた声にシェーラははっと我に返り、恐る恐る自分の回りを見渡す。

 彼女を中心として、半径3m程の人の輪が出来ていた。

 「何かの撮影か?」 

 「殺し屋の黒い梅崎じゃないのか?」 

 「警察呼んだ方が良いんじゃ…」 

 「クッ…どちくしょ〜!!」 

 『ほら,目立っとる…』プチ

 黒スーツの彼女,シェーラ=シェーラはそう叫んで、人の輪を走って抜け出していった…。




 シュシュシュシュ…

 鍋から真っ白な湯気を立てて蓋を押しのけようと、白い泡が顔を覗かせる。

 その度に、熱い鍋の外壁に触れて湯気と化してしまう。

 立ち上る湯気は廻る換気扇に吸い込まれ、肌寒い朝の外気に触れては消える。

 水原家の台所,朝の日の光が差し込み、次々と立ち上る家の息吹きのような熱い気体に、七色の小さな虹を作っていた。

 「知らなかぁった〜♪ こんなふぅ〜にぃ〜 声にならぁないぃ〜♪」 

 澄み切った小さな歌声が、虹の中へ解けていく。

 トントントン…

 まな板の上で薬味を切るは、白い割烹着に身を包んだ黒髪の少女。

 長いその髪を頭の上で結い上げ、割烹着と同色の三角巾で隠している。

 「溢れてくぅる〜 痛いよぉなぁ 熱い気持〜ちぃ〜〜♪ っと」 

 歌を区切り、彼女は鍋の蓋を開ける。

 ブワっと白い煙が沸き上がり、彼女を包む。

 煮立った鍋の中に豆腐,えのき茸を放り込み、おたまで味噌をゆっくりと梳かしていく。

 スプーンを食器棚から取り出し、鍋の中身をホンの少し掬い上げて唇へ運ぶ。

 「ふむ,まぁまぁじゃな。誉めてつかわそう」 満足げに一人頷き、彼女。

 ピ〜

 味噌汁の鍋の隣の釜から甲高い音が鳴った。

 その音は数瞬後には力なく消えていく。割烹着の彼女はその釜を開けた。

 香ばしい香りと先程の鍋にも負けない煙が、ムワッと湧き上がる。

 煙はすぐに固化し、一部は彼女の長い,端正なまつげに細かい雫となって張り付いた。

 「白米こそ、日本の食文化じゃのぅ」 釜の香りを十二分に堪能した彼女は今後はシャケの塩焼きでも始めるのか,金網を出してコンロの上に置いた。

 と、その動きが止まる。

 「? まこっちゃん?」 

 背後からの驚きに満ちた女性の声。それに彼女はゆっくりを振り返る。

 亜麻色のショートカットの髪の女の子,東雲高校の制服を着込んでいた。端整な顔立ちの中にある大きな瞳は驚くに見開かれている。

 「ん? お主は陣内 菜々美か」 

 おたま片手に、一歩足を踏み出した割烹着姿の彼女に、菜々美は同じ距離だけ後ろへ。

 彼女は割烹着姿の誠もどきを上から下までまじまじと見つめる。

 顔は誠そっくり,というかウリ2つだ。背丈も似たような感じ,だが、しかし。

 雰囲気がまるで異なる。よくよく見ると胸があるし。

 「貴方…まこっちゃんじゃない,誰?!」 驚きから恐怖へ,表情を変えて菜々美は問う。

 菜々美のその表情を見て、何を思ったか,割烹着の彼女はゆっくりと菜々美に接近する。

 対する菜々美は後ろへ下がる,が、それ以上進めなくなった。

 「?!」 後ろを見る,菜々美の背に感じた触は壁だった。

 菜々美が視線を戻すと、烹着姿の誠もどきの顔がくっつきそうになるほどすぐ傍にあった。

 「ひぃ!」 壁にもたれ、膝を折る菜々美。

 「ふぅむ、誠の奴も良い趣味をしておる」 菜々美の頬に手を添えて、彼女の顔を上に向けさせる。

 「あわあわあわ…」 声にならない菜々美。

 「奴が昨夜あんな事を言わねば、迷わずにこの場でモノにしてやるものを…」 誠もどきはやや芝居がかった悔しげな表情で呟いた。

 と、菜々美の足が誠もどきの両足に飛ぶ。

 「おっと!」 後ろに飛び下がり、誠もどき。

 「何何何? アンタ一体何なのよ!!」 ズビシィ,指差して菜々美は叫ぶ様にして言った。

 「威勢の良い娘じゃ,気に入ったぞ」 

 「まこっちゃんをどこにやったの?!」 

 「何や、うるさいなぁ」 

 場違いなボケた声が響く。

 声のした方向,2階への階段へ2人が視線を向けると、そこにはボタンを一つ掛け間違えたパジャマを着た誠が、寝ぼけ眼を擦って立っている。

 「おはよう、誠」 割烹着の彼女から景気の良い声が掛かる。

 「あ、おはようございます,ファトラさん…何やってるんです?」 やはりまだ寝ぼけているのであろう、誠はボ〜っとしながら割烹着の彼女に問うた。

 「朝飯を作っておる。王族として一宿の礼を返すのは常識じゃ」 満面の笑顔で答える。

 「わざわざすいません,ありがとうございます。あれ、菜々美ちゃん,おはよ」 

 しかし菜々美は俯いたまま拳を震わせている。

 「どないしたん?」 ふらふらとおぼつかない足取りで菜々美に近づく誠。そして…

 「女連れ込んで何してたのよぉぉぉ!!!!」 

 「うきょ〜〜〜!!!」 

 菜々美の怒りの鉄拳が誠の顎に炸裂した…合掌。




 …・・え〜,要するに、帰るところを忘れたファトラさんに、顔が似てるって縁から一晩止めてあげた,そういうことね」 

 「はい…」 顎を押さえて誠。

 「菜々美もけっこう酷いことするのぅ」 味噌汁をよそいながら、ファトラは2人を眺めて呟く。まるで尻に敷かれた旦那の図を見ているかのようだ。

 「ファトラさんもファトラさんです! エルハザードって国がどうだか分からないけど、襲われるって可能性は考えなかったの?!」 矛先が変わったようだ。

 「では菜々美は誠がわらわを襲うとでも思うのか?」 

 味噌汁の入った椀を誠の前に置き、これまでになく真摯な視線で菜々美を見つめるファトラ。

 「…まこっちゃんにそんなことできる度胸がある訳ないじゃない」 目を逸らして、菜々美は言う。

 「わらわにだって一応人を見る目はあるつもりじゃ。お主が誠を信用しているように、わらわも信用した,それだけのことであろう」 

 「? ファトラさん?」 怪訝に菜々美は視線を戻す。

 そこには台所に立つ朝靄の中のファトラがあった。白い割烹着から覗く誠と同じ顔は、しかし普通以上に女性らしさを感じる。

 ふと菜々美の脳裏に誠の母親の姿が浮かび、彼女とダブる。

 「菜々美も食わぬか? まだ朝飯を食っておらんであろう?」 

 御飯をよそって、異国の王女は優しい笑みで勧めた。

 「う、うん,じゃぁ」 誠と同じく席に就く菜々美。

 テーブルの上に3人分の朝食が並べられた。

 御飯、納豆、味噌汁、シャケの塩焼きなどなど…

 「ファ、ファトラさんって、エルハザードの人よね…」 

 「ああ、そうだが」 箸を取り、ファトラ。菜々美の言わんとしてることを悟り、言葉を続ける。

 「わらわの母上は日本人だったのじゃ。だから日本のことは色々と聞かされておる」 

 「へぇ、そうなの」 

 「さぁ、冷めないうちに食べてしまおう」 まるで話題をすり替えるかのように、御飯に手を伸ばすファトラ。

 「いただきます」 誠もまた味噌汁を取る。

 “こんなコテコテの日本の朝食とは…ファトラさん、恐そるべし,でも味の方は…”

 料理同好会の菜々美は味付けが難しい味噌汁を取り、口へ。

 “お…おいしい”

 一瞬唖然とする菜々美。際立った味ではないが、それ故にうまさに深みがある。

 簡単な料理にこそ、料理の腕は現われてくるものなのだが…

 「なんか懐かしい味やなぁ。ありがと、ファトラさん」 

 「う、うむ。学校まで時間がないぞ、さっさと食ってしまえ」 頬を僅かに赤らめ、ファトラ。誉められることにはあまり慣れていない様だ。

 「学校…そういや、ファトラさんは東雲高校に編入する言うてましたね」 思い出したように誠はシャケを崩しながら言った。

 「え? ファトラさん、うちの高校に来るの?」 

 「留学じゃからな」 簡単に答えてファトラ。

 「そうじゃ、誠。制服を貸してくれんか? 初日から民族衣装で行くのは何だしな」 

 「え?」 

 「ちょっとちょっと!」 待ったを掛けるは菜々美である。

 「どうして男物の制服で行くのよ!!」 

 「誠とは背丈も同じようなものだしな,一日くらい良いじゃろ」 

 「それもそうですね」 頷く誠。

 菜々美は想像する。誠と誠の姿をしたファトラ,タカラヅカ的思考が蠢く。

 「私の制服を貸すから…そっち着て」 その菜々美の判断は、ファトラの性癖を知らないこの時点では確かに正解だったかもしれない。




 「ううむ」 ファトラは東雲高校女子用ブレザーを着て唸っていた。

 「胸がきついな」 ボタンを一つ外しながら、彼女は呟いた。

 カチン

 「他は大丈夫ですか?」 誠は尋ねる。

 「ウエストが緩いのぅ」 

 プチ

 「ベルトを締めたらええんちゃうんじゃないですか?」 

 「あと、スカートがわらわが履くとミニスカになってしまうな」 

 「菜々美ちゃんより背が高いですから」 

 プチプチ

 「わらわとしてはやっぱり誠の制服の方が良いのだがな。苦しくないし」 

 「でもなんでこんなに体型が違うんやろな…はっ!」 

 ブチ!

 「悪かったわね!!」 

 菜々美のコークスクリューが再び誠の顎を打ちぬいたのは言うまでもない。

 「…いつから私達、ドツキ漫才コンビになったのかしら」 




 「結局こうやないか」 

 「うるさいわね!」 

 「まぁ、良いではないか」 

 朝の通学路,結局、誠の制服を着たファトラと3人で東雲高校への道を歩いていた。

 「ところでファトラさんは何組なの?」 

 菜々美は尋ねる。ファトラが何年生かもまだ知らないのだ。

 「ええと、確か2−Dとか言っておったな」 

 「僕の隣のクラスですか,何かあったら学年は同じさかい、隣にいますよって何でも聞きに来て下さい」 

 「ああ、すまぬな」 苦笑してファトラ。

 「ファトラさんってエルハザードの王族なのよね,ってことは今日辺り、学校にはマスコミが一杯いるんじゃ…」 

 「その心配には及ばん,わらわの護衛の一人がうまく立ち回っておるからの。そもそもわらわがこの国へ来た報道も一度きりのはずじゃ」 胸を張ってファトラは言う。

 「情報操作…ですか,良く上手く行きますね,この日本で」 感心したように誠。

 「人の弱みを握るのが上手い奴でな,わらわも苦手なのだが。どうせ各局のお偉いさんの弱みでも突きつけたのと違うか?」 

 「外交上で,って言う考えはないのね」 冷汗の菜々美。

 「直接身に覚えのあることを付きつけた方が効果はあるんどす,ファトラ様の苦手なアフラ=マーン,参上しました」 

 突然の声は横から掛けられた。それにファトラの体は硬直する。

 「アフラ…さん?」 誠は声の主を見る。

 切れ長の瞳にすました表情には高校生にはない知性を感じる。歳の頃は20近辺であろうか,白いビジネススーツを着込んだ理知的な女性がファトラを見つめていた。

 その視線が誠へと移る。瞬間、彼女の瞳に驚きの色が浮かぶが、表面に出ることなくすぐに掻き消えた。

 「ファトラ様、入学の手続きはたった今、済ませてきましたわ。帰りはシェーラの指示に従うように,分かりおした?」 

 「う、うむ」 腰が引けてファトラ。苦手なのは口から出ただけではない様だ。

 「ウチはこれから大学の方へ行くますよって。今夜はちゃんと帰ってくる様、お願いします」 

 そこまで言って、彼女は再び誠に視線を向ける。

 「昨晩はこのじゃじゃ馬をお世話頂き、ありがとうございます。性格、かなり悪いどすが友達になってやっておくんなまし」 優しい、満面の笑みを彼に浮かべて告げる。明らかにエルハザードの人間であるにもかかわらず訛りのある日本語を使うのが誠には不思議だった。

 「いえ、そんな…こちらこそ…っ痛!?」 腰に痛みを感じ慌てて見ると、菜々美がつねっていた。

 「何デレっとした顔してんのよ」 小声で誠に叱咤。

 「なっ,しとらへんって!」 

 「あら、怒らせてしもうた?」 クスリ,アフラは笑う。

 「いってらっしゃい」 彼女はそう言い残し、3人に背を向けた。彼等は去っていく彼女の背を眺めること暫し。

 「さて、わらわ達もさっさと行くことにしようか」 

 「そうですね」 

 「あんまりゆっくりしてると初日から遅刻よ」 

 3人の元気な声が東雲の空の下に響いた。




 朝のホームルーム。

 僕達はファトラさんを校長室まで案内した後、それぞれの教室へと戻っていった。

 「え〜,転校生を紹介する。さ、入りたまえ」 藤沢先生が開口一番、そう言う。

 はて、ファトラさんは隣のクラスやし…

 ガラリ!

 大股で入って来るのは褐色の肌に赤い髪を持つ少女。裏表のなさそうなその表情は活力でみなぎっているかのように見える。

 「アタイの名はシェーラ=シェーラ! エルハザードから来た留学生だ,よろしくな」 

 端的に言うだけ言って、古のVサイン。ちょっとクラスメート達は引いている。

 「ええと、席は陣内の隣だ。ほれ、そこ空いてるだろ」 

 一番前,廊下側の列だ。

 「おう」 彼女は席に就き、隣の陣内を見る。

 「何でぇ,ひょろっとした奴だな、色も白いし。しっかり運動もしろよ」 

 バシバシ,背中を景気良く叩く彼女。しかし馬力があり過ぎるのか,陣内の細い体は布団のように叩かれるたびに跳ねた。

 「ごほごほ,生徒会長にして学級委員たる私に何をする!!」 相変わらず甲高い声で抗議する陣内。それにシェーラは首を傾げる。

 「何だ? セイトカイチョウ,ガッキュウイインって?」 

 「この学校,このクラスで一番偉いということだ,ひゃはひゃはひゃははははっは!!」 胸を張って言う陣内,後高笑いバージョン。

 「ふぅん、そうなのか」 

 ちがうちがう,クラスの皆が心の中で呟いていた。

 「じゃ、お前を倒せばアタイが一番偉くなれるのか?」 

 「「「はい?」」」

 再びクラス全員の,今度は声がハモった。

 次の瞬間、陣内の体がシェーラの廻し蹴りによって空中で三回転半をして廊下にまで吹き飛ばされたのは余談ではある。

 「おそるべし,エルハザード」 額に汗し、呟く尼崎。少なくともクァウールを除くこの2−C全員に、そんな観念が根づいたのはこの事によるといっても、それは否めない事実であろう…




 「ファ、ファトラ!!?」 

 「え?」 白目を剥いた陣内を揺り動かしていた時だった。

 その声に振り返るとシェーラさんが僕を睨み付けている。

 ファトラって…ん? そう言えばシェーラって何処かで聞いたような…

 暫し考え、アフラさんの顔が浮かぶ,そうや、確かファトラさんの護衛って形でシェーラって人が一緒に入学しているような事言っていたっけ。

 と、そんなことを思い出しているうちに胸ぐらを掴まれていた。

 「テメェ,昨日は何処ほっつき歩いてたんだ!!」 

 「ちょ,ちょっと待ってや,僕はファトラさんやないて…」 

 「シェーラ,その方はファトラ様ではないわよ」 鋭い声が響く。同時に捕まれる腕が緩んだ。

 「お前…クァウールじゃねぇか! 久しぶりだなぁ!!」 

 僕を放り投げ、心配げな表情のクァウールに駆け寄る満面の笑みのシェーラ。

 「知り合い、なんですか?」 

 「ええ、エルハザードでの同級生なんです。シェーラ,この方は水原 誠さん。ファトラ様に似てらっしゃいますが、男性ですわ」 苦笑しながらクァウールは僕を紹介してくれる。

 クラスの皆は遠巻きに僕達を見ている,さながらシェーラが猛獣でクァウールが猛獣使いといったようだ。

 「…わりぃな,つい突っ走っちまって」 面目なさげに素直に頭を下げるシェーラ。

 どうやら見かけ通りの性格のようだ,悪い人ではないらしい。

 「いえ、確かにそっくりやし。そんなことよりファトラさんは隣のクラスやから、次の休み時間にでも会いに行ったらええ」 

 「「ええ?!」」 シェーラとクァウールから同時に驚きの声が上がった。

 「来てらっしゃるんですか?!」 と、クァウール。

 「まだ生きていたようだな」 ほっと胸をなで下ろすはシェーラ。

 そして二者二様の二人は同時に僕の方を向き、

 「「何で知ってるんです?」」

 「え…あ、いや。ど、どうしてでしょうね…」 

 「何を隠してやがる…」 詰め寄る尼崎。

 「私の転覆を狙っているのだな? そうだな、そうであろう,貴様ぁ!!」 とこちらはいつの間にやら復活した陣内だ。間が悪い奴…。

 この後、クラスメートを含め、いらぬ誤解を解く為に藤沢先生の歴史の時間が闇に葬られた(別名潰れた)のは、やっぱり僕のせいなんやろか??




 県立東雲高校,2−D。

 双眼鏡で捉える先に、男物のブレザーを羽織った少女の姿が映っていた。

 それを眺めながら、鬼神は懐から一枚のフォトグラフを取り出す。

 そこには民族衣装に身を包む、双眼鏡の先の少女が映っていた。

 ニヤリ,ゾッとする笑みを浮かべ、舌なめずりする。

 白い、ピッタリとしたボディスーツの上から、くすんだ茶色のマントのようなものを羽織った彼女。まるで少年のような風貌の中に鋭利な,危険なものを感じる。

 「アイツを殺せば良いんだね,ナハト…」

 丘の上に一本だけ立つ、満開の桜の木の枝の上,鬼神の名を持つ暗殺者はうっすらと微笑みを浮かべてそう呟いた。

 丘の上から見える平和な世界,だが桜色の塊の中にどす黒い邪悪なものが潜んでいることに気付く者は一人しかいなかった。

 その一人すら、今は声を出すことすら侭ならない…



03 Across 了 



【Actor&Actress #1】

水原 誠 (Makoto Mizuhara)
 東雲高校2-C,科学部在籍。(えせ)関西弁を話す青年。
 低血圧で朝が弱く、性格もかなりボケたところがあるが、頭は良い。
 人当たりの良い性格と悪くはないその容姿から、女子には上下問わず密かに人気がある。
 が、本人は気付かないというのはお約束である。


陣内 菜々美 (Nanami Zinnai)
 1−A,料理同好会を一人興す行動派の女の子。
 誠とは幼馴染み,さっぱりとした性格と家庭的なところは男子に好かれるところではある。
 学科は誠とは異なり文系に属しているようだ。誠に好意を寄せるが…


陣内 克彦 (Kathuhiko Zinnai)
 2−C,生徒会長にして学級委員。菜々美の兄。
 誠の幼馴染み。常に誠に対して対抗心を燃やす。手口が汚いことで有名。
 人の上に無理矢理立つことが唯一の喜びである彼は、発作的に耳障りな高笑いを発する。
 基本的には誠の親友の位置にあり、数少ない彼の理解者の一人でもある。


尼崎 仁 (Hitoshi Amagasaki)
 2−C,肥満体質の怪しい男。アニメ研究会及び写真部所属。
 分厚い眼鏡の奥から覗く瞳はあらゆるシャッターチャンスを逃さない,自称ロリコン。
 ありとあらゆる雑学に通じ、物知りではあるが友達は少ないようだ。『天地無用!』より引用キャラクター。


小坂 こころ (Kokoro Kosaka)
 1−A,文芸部に所属する少女。
 菜々美の高校に入って以来の親友,ワラビーのぬいぐるみを常に持ち歩く。
 誠に淡い恋心を抱いているようだが…『あずまきよひこ氏・げーむじん内連載』より引用。


鷲羽 涼子 (Ryouko Wasyuu)
 3−B,マッドサイエンティストで科学部部長の女の子。
 どう見ても小学生にしか見えない風貌の少女。はた迷惑な発明品を作るのが得意。
 しかし彼女の知識、発想には目を見張るものがあり、可能を絶対不可能にすることが出来る。
 誠の部内での唯一の先輩であり、時に姉的な存在を演じる。『天地無用!』より引用キャラクター。


藤沢 真理 (Masamithi Huzisawa)
 27歳,社会系一般を指導する男性教師。山岳部顧問,2−C担任。
 花の独身男性,無性髭をトレードマークとするジャージ男。
 大酒飲みで煙草大好きな困った方でもある。一人もいない山岳部の存続に困っている。
 ミーズ=ミシュタルに言い寄られ、これにもはたはた困る今日この頃。


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