Destiny?
空気を切る轟音。
巨大な機体が離発着する。
その数ある鋼鉄の鳥の一羽が、この成田の地に降り立った。
羽を休めたその機体から、この地に降り立つのは三人の女性。
中心に艶やかな長く黒い髪を後ろに流した少女。
彼女はここ日本には見られない、ぞろっとした丈の長いアイボリー色の民族衣装を身に纏う。
彼女はジェット機に付随された大地への階段に足を掛けようと、その身を日本の大気にさらした。
ふと立ち止まる。
「如何いたしました?」 鋭い、警戒心のある声。
怪訝に問うは、先に階段で待つ黒いスーツに身を包む女性。
歳の頃は十九,もしくは二十くらいであろう,切れ長な瞳がスーツと同色の黒い帽子の影に光る。その雰囲気からか,見た目よりも年上に見える。
彼女の言葉に、民族衣装の少女は小さく鼻で笑った。
「なにな,思っていたよりも肌寒い」 鈴とした音階が彼女から放たれる。
「まぁな、この国では冬があけたばっかだもんな」
そう言って彼女の背中を押すのは、先に出ている黒いスーツの女と同じ出で立ちの少女。
褐色の肌と燃えるような赤い髪が、スーツとミスマッチしている。
「シェーラ!」 たたらを踏んだ民族衣装の少女の姿に、先に出たスーツの女は同じ出で立ちの褐色の女に叱咤。
「チッ,わぁってるよ、アフラ!」
「ったく,そう騒ぐでない。しっかりと護衛を頼むぞ」 民族衣装の少女は2人に告げ、タラップを降りて行く。
その先には小さな人だかりが出来ている。
腕に腕章を巻いた男,カメラを構えた男,マイクを持つ女性…
2人の黒スーツに守られながら、民族衣装の少女は階段から降り立つと同時に人だかりに囲まれる!
パシャパシャ,フラッシュが連続して光る。
「ファトラ王女様,今回の来日の御目的は?」 マイクを片手にした女性が民族衣装の少女に尋ねる。
その他の人間は黒スーツの2人によって近づくことを許されない。
彼女の腕章には『夕日新聞』と書かれていた,三大全国紙の一つだ。
「目的…か?」
「はい! 生中継させて頂いておりますので出来れば明確に」 ハキハキとした女性レポーターの顔を覗き込みながら、民族衣装の少女,ファトラ=ヴェーナスは不敵に微笑む。
「! まさか!」 黒スーツの一人,アフラがその様子を見て小さく叫ぶ。
しかし気づくのは遅かった。
「「「!?」」」
続いていたフラッシュの発光も、ペンをひっきりなしに動かす記者の腕も、ターゲットをレンズに捕らえるカメラマンも全て…
女性レポーターの唇を奪うファトラの姿に視線を合わせたまま、凍りついていた。
「…」 ペタリ,解放された女性レポーターは茫然と、頬を上気させその場に座り込んでしまう。
そんな彼女をジッと見つめるファトラ王女。
「日本の美しい女性を頂きにきた,このようにな」
キキキィ!!
耳をつんざくようなブレーキ音とともに、音もない人だかりの横にリムジンが横付けにされる!
「てんめぇ,ファトラぁぁ!! 場所をわきまえやがれぇぇ!!」 褐色の肌の黒スーツ,シェーラは輪の中心のファトラに向かって猛然とダッシュ!
王女の襟首を掴み、振り回すようにリムジンに乗り込んだ。
「おい,アフラ! 早く来い!!」 車の中からシェーラ。
アフラは取材陣に小さく一礼。
「この取材に関しては完全な揉み消しをお願い致します。エルハザードとの国交に支障を来たしたくないのならば」 囁くように彼女。
だが無言の取材陣には彼女の声は大きく届いていた。
”もっとも、後程アンタらの上に根回しますが” 心の中で付け加え、アフラは悠然とした足取りでリムジンに向かった…
…え、ええと」 TV画面の中、アナウンサーの男性が言葉に詰まる。
某国営局なのでこれで減給は間違いないだろうが、仕方もあるまい。
「…では次のニュースです」 テンションを入れ替え、画面の向こうの男は続ける。
「東雲市は来年の春をめどに、区画整備を行うという…」
「おっはよ〜,まっこっちゃん!」 TVの『音』でなく、元気な『声』が響いた。
「まこっちゃん? お・き・ろぉ!!」
ボカッ!
ボサボサの頭を鞄で叩かれ、ようやく青年の焦点が合う。
ゆっくりと彼は寝ぼけ眼を元気な声の元へと向けた。
「あ、菜々美ちゃん おはよ」
「今何時だと思ってるの? 相変わらず低血圧ねぇ」 溜め息の菜々美。
水原家のリビング・ルーム,その四人掛けのテーブルにTVを見ているのか見ていないのか,ぼーっとした誠がパジャマ姿でコーヒーを啜っている。
インターホンを何度押しても反応がなかったので侵入してみればこれだ。
”また昨日の夜、なんかやってたのね” 誠は一度何かをやりだすと時間を忘れて熱中してしまうという悪い癖がある。
もともと朝が弱いだけに、徹夜まがいのことをするとこれだ。
「ん〜、そろそろ起きるさかい」 背伸びしながら、TVのリモコンで電源を切る誠。朝のBGMが消えて、部屋は急に静かになる。
「あと5分で用意してよ!」 玄関に戻りながら怒鳴る菜々美。
「はいはい」 答え、誠は洗面所へ足早に消えて行く。
”全く目が離せないわ,私が付いていてあげないとてんで駄目なんだから…” 困ると同時に不謹慎な充足感が菜々美に沸き上がっているのを彼女は苦笑して認めるしかなかった。
学校までの道、行き先が変わろうと私達はいつも途中までは一緒に通っていた。
そしてこの春からは一緒に歩ける時間がもっと長くなった,それって高校に入学して一番嬉しかったことかも知れない。
「ほな、いこか」 ようやく玄関まで出てきたまこっちゃん。目はどうにか覚めてるみたい。
まぁ、ゆっくり歩いて行けるだけの時間はある。
「あ、ちょっと待って! ネクタイ曲がってるじゃないの」
「? そうかなぁ」 首元をいじるまこっちゃん,あ、反対側にズレた。
「もぅ,こうよ!」 私はもどかしく自分の首元を動かすまこっちゃんの手をどかして直してあげる。
「ありがとな,菜々美ちゃん あ…」 まこっちゃんの微笑みは急に私からその後ろへ移ったようだった。
私はその先を追いかけて振り返る。
「おはようございます,誠さん,菜々美さん」 ペコリ,爽やかな挨拶とともに頭を下げるは一人の少女。
「おはようございます,クァウールさん」 笑顔のまこっちゃん。
「お、おはよ…」 対して私はぎこちない挨拶。
「なんか仲の良い夫婦みたい」 コロコロと彼女は笑いながら言った。
「か、からかわんといてや」 首筋までまこちゃんは赤くして反論。
この人はクァウール=タウラス。エルハザードという国から留学してきた高校二年生。
東雲高校の校長であり名誉教授であるストレルバウの後ろ楯で入学した天才少女(死語)だ。
ストレルバウ校長は彼女と同じエルハザードの人であり、彼女は校長のところにホームステイしている。
クァウールの他に、美術担当のミーズ先生もエルハザードの人で、やはり校長のところに世話になっているのは余談。
で、このクァウール,容姿端麗・頭脳明晰,でもポケポケっとしているそのキャラクターが男子はおろか、女子にも対しても絶大な人気を誇っている。悔しいけど私には勝てそうもない。
そんな彼女は一年・二年、まこっちゃんと同じクラスである。
そしてそして…何故か仲が良い。理由はまこっちゃんに聞いたが『友達やし』と明確な所は不明。なにかしらあったことは確かなんだけど。
当然、私は敵に属するこの人は嫌い。それに…そんな自分も嫌い。
「さ、まこっちゃん,遅れちゃうよ」
私はまこっちゃんの腕を掴んで、やや足早に歩き始めた。
”まったく,何を照れてるんだか” 私とのことだけに苦笑,私はやや呆れた表情で、談笑を始めたまこっちゃんとクァウールを見つめていた。
「おう、誠!」
教室の席に付いた僕の前に彼は何故か仁王立ちで言った。
「? 何や? 陣内」 カバンから教科書、ノートを取り出しながら僕は彼を見上げる。
「お前、女装の趣味があったのか」
「…はい?」 言う事が分からず、耳を疑った。何やて?
「誠、誠! 朝のニュース見たか?」 と、今度は異なる方向から元気な声。
ひょろりとした陣内とは正反対の体格、どっしりとしたニキビ顔の男,尼崎が尋ねてくる。
「朝の…見ていたような見てへんような…」 菜々美ちゃんにカバンでどつかれたのは憶えてる。
「エルハザードからの王女来訪だよ!」
「その王女が誠,お前と瓜二つだったのだ」
「僕と?」 尼崎と陣内の言葉に首を傾げる。瓜二つといっても僕は男やし、王女言うたら女やないか。
「そうだ、おい,クァウール! 誠とエルハザードの王女,似ているのではないか?」 陣内は思い出したように僕の隣の席のクァウールさんに尋ねる。
彼女は僕らの会話を聞いていたようで、微笑みを浮かべて小さく頷いた。
「エルハザードには御二人の王女様がいます。今日、来日したのは下の方の王女様,ファトラ殿下でしょう。誠さんに良く似ていますわ」
「へぇ〜」 僕は感嘆の溜め息。
「ふん,てっきり誠に女装の癖があると思うたわ,つまらん」
「性格は逆みたいだったなぁ」 2人はぶつぶつ言いながら席に戻って行く。
「僕に似てるんかぁ…」
「あ、でも…」
ガラリ
クァウールが何かを言い出そうとした瞬間、教室の扉が開く。
「お〜い、始めるぞぉ」 寝癖の頭をボリボリと掻きながら現れるジャージ姿の20代後半の男,担任の藤沢先生だ。
「起立!」 学級委員の陣内の声が、教室に響く。
本日は月曜日。
今日からいつもの一週間が始まる…
あっという間に放課後…
グラウンドや昇降口からはいつにも増しての喚声が聞こえてくる。
この時期、放課後を機に新入生を勧誘する部活動が始まるのだ。
科学部の僕は、それを遠くに聞きながら科学室へ。
校舎の中でも割と外れにあるここには、先程の校舎の中での雑踏が聞こえてこない…はず。
ガラリ,扉を開けると一人の老人と一人の少女が討論していた。
2人は僕の姿を確認すると揃って手招きする。
老人の方は校長であるストレルバウ校長、かなりの歳だが、博士として,何より研究者として未だに現役だ。僕の尊敬する偉人の一人でもある。
この科学部の顧問だ。
そしてその隣のどう見ても小学生にしか見えない少女は、3年の部長である鷲羽涼子,狂った科学者としてその名を学内のみならず学外へも響かせている困った人である。
科学部は彼女と僕の計2名,校長と部長の2人が算段していたのは今年の新入部員勧誘の件に違いない。
「水原君,勧誘活動についてだが」 ストレルバウ先生が口を開く。
「くれぐれもかわいい女の子を頼むよ,グフフゥ」 目がイッちゃってるし。
これさえなければ良い先生なんだけど…。
「水原ぁ,あたしの作ったこの全自動洗濯機,これを見せればこっちから断わるくらい部員がくるわよ!」
そんな校長を足蹴に、鷲羽部長は僕に1m四方の白い箱を見せた。
それは普通の洗濯機…を改良したものだろうか??
「見たまんまですよ? それに全自動洗濯機なんて普通に売ってるやないですか」
そんな僕の非難もなんのその,彼女は含み笑いを漏らし、こう言い放った。
「これはねぇ,お皿も洗えるのよ!」
「パンツを洗った機械で皿を洗いたがる人…見てみたいわ」 大きく溜め息。こんなことだろうとは思うたけど。
「なんてことを…あなたをそんな風に育てた覚えはないわぁ,グスグス」
「泣き真似はやめてください,何よりも育ててもらった覚えなんてないんやけど」 仕方なく部長の頭を撫でながら僕は続ける。
「とにもかくにも無理して入ってもらっても幽霊部員になってしまいますよ。希望する人はホンに希望するさかい,そう無理せんでも」
「あま〜い、グラニュー糖よりも全然甘いわ!」 復活,鷲羽部長。
「いや、この場合はカリン糖よりもではないか? 鷲羽君」
「いえいえ先生…」
なんかどうしようもないことで物議を醸し出す2人。
「僕は今日はこれで」 部活を諦め、僕は背を向ける。
「あ、待ちなさいよ!」
「帰り際に勧誘してくるのじゃぞ!」
2人の言葉を背に受け、僕は部室を後にした。
「あら、まこっちゃん?」
「菜々美ちゃん。なんやそのカッコ」 途中、菜々美ちゃんと出会う。
彼女はエプロンをしている。家庭部にでも入ったのだろうか?
「私、料理同好会を興したのよ」 僕の心を読んだように、元気良く言った。
「興したって…家庭部に入れば良いものを」
「嫌よ,私がやりたいのは料理だもん。裁縫とかはお断り」 笑いながらペロリ,舌を出して言った。
「元気やなぁ,菜々美ちゃんは」 ただただ、彼女のバイタリティには感心するしかない。
「それにね、家庭部にはクァウールさんがいるし」
「え?」
「う、ううん,何でもないの! じゃ、また明日ね,まこっちゃん!」
「ほな」
僕はパタパタと廊下を駆けていく菜々美ちゃんの後ろ姿を見送る。
「部活…か。一騒動が終わればゆっくりできるんやけどなぁ」
僕は騒動好きな先程の2人の顔を思い出しながら、下校の路へ就いた。
歩道橋から下を流れる車を見つめる少女が一人。
「ここがあやつのいる東雲という地か」
小さく呟く。
夕日が彼女を赤く照らし、遥か下の車道に長い影を落としていた。
風が、吹く。
「あ…」 彼女が押さえるより早く、変わった形の帽子が風に舞う。
同時に長い黒い髪が広がった。帽子が飛ぶ先に彼女は視線を追わせる。
歩道橋の上から何かが落ちてくるのが、視界の隅に入った。
”帽子?” 彼は歩みから走りに,飛んできたそれをキャッチできた。
飛んできた先に視線を向ける。
そこには風に髪を流した、変わった衣装の少女が一人。
日が陰る,雲が流れてきたのか。
少年は歩道橋を上がり、少女は彼の来るのを待った。
「これ、落ちましたよ」 少年は笑顔で歩み寄る。
「ありがとう」 彼女もまた、笑顔で応じる。
雲が去ったか,強い夕日の明かりが2人を照らし出した。
少年と、少女の手が止まる。
2人の間で帽子がお互いに捕まれたまま、停止。
「君は…」
「お主は…」
重なる言葉。
「僕?」
「わらわか?」
お互い、信じられないものを見るような表情。
少年・水原 誠。
少女・ファトラ=ヴェーナス。
出会いは果たして偶然なのか?
ただ、一つ言えることは、
ここに一つの出会いがあったという事実だけだ。
肌寒い風が2人の間を駆け抜ける。
その風の中に、桜色の小片が一枚だけ、含まれていた。
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