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 『2−C』

 扉の上のプレートにはそう書かれている。今は喫茶店のようだが、何やら女装をした不気味な男達と男装をした女達が倒れた机やら何やらを直していた。

 何か騒ぎでもあったのだろうか?

 彼は中を一瞥。僅かにその整った眉をしかめた。

 「この残り香、イシエルか?」

 「どうした、ぼうず、入るのか?」一人呟く彼に、某王女に『人間じゃねぇ』呼ばわりされた女装の男が立っていた。数分前よりも化粧が濃くなっていたりするのだが、それに比例して人間度が低下して行く事に気付いてはいない様である。

 だが、ぼうず呼ばわりされた彼は表情一つ変えずに男に背を向け、再び人通りの多い廊下に見を投じる。

 Pipipi…

 人込みの中、彼の着込むジャケットの下で軽い電子音。

 「ん?!」廊下の壁に背を預け、少年は懐をまさぐる。そして…

 呆然とする。

 「な…」やがて搾り出すような、そんなうめき。

 「誰だ、ここで禁術を施行しようとしているのは…」

 楽しげな学生,子供連れの夫婦が唖然とした少年の前を通り過ぎる。

 「巻き込まれるわけには、いかないな」彼の懐の中の手が小さく動き出す。

 一人きりの彼に気を止める者は、まだここにはいない。




 「なんとか捲いたようやな…」

 深い溜息を付くウェイトレス一人。相当全力で走ってきたのか、仄かに顔が紅潮している。

 廊下の壁に手を付き、息を整える彼女の背をトントン,何かが叩いた。

 「ひっ!」小さく飛びあがり、彼女は慌てて振り返る。

 「あ、あの〜」

 そんな彼女の様子に逆に驚いたのであろう,目の前の少女もまた目を白黒させている。

 少女の彼女を見る目が、不意に変わった。

 「も、もしかして…ファトラさんじゃなくて水原先輩じゃ?」

 「何や、小坂さんか」ほっと一息、女装の誠は壁に背をもたれた。

 「どうしてファトラさんに変装されているんです?」

 心底不思議そうに、菜々美の同級生は誠に尋ねた。

 「いや、僕のクラスは喫茶店やっててな。男はウェイトレスに,女はウェイターの格好しとるんや」

 「へぇ…それで菜々美ちゃんに引っ張り出されて、生徒会主催の『第3回 ミスター大和撫子・女装でポン!』 とかいうのに強制参加させられたんですか」

 さらりと言ってのける小坂に、誠は怯えの色を隠せない。

 「そんでもって、あっさり優勝しちゃって、優勝賞金を菜々美ちゃんに奪い取られた挙句に各サークルに売り飛ばされる所を逃げてきたんですね」

 「ど、どうしてそれを…まさか!?」

 誠は右、左を慌てて見渡す。

 「冗談で言ったのに、本当だったんですか?!」笑いを押し殺しながら小坂。

 そんな彼女に誠はやや頬を膨らませた。

 「追われる身になってみや? 特に菜々美ちゃんはお金絡むと人変わるさかいに」

 誠のグチに、小坂も思うところがあるのか、うんうんと頷く。

 「でも菜々美ちゃんのお陰で、うちのクラスの出し物は格安で揃えられたんですよ」

 「ん?」

 誠は小坂の指差す先を見る。

 どうやら曲がり曲がって体育館から、1-Aの前まで逃げ回っていた様だった。

 1−Aには駄菓子が所狭しと棚に並んでいる。内装も何か懐かしい感じがするセピア色に統一されていた。

 「駄菓子屋さんかぁ」

 結構、流行っているようだ。だが子供から中年層に人気があるらしく、対して若年層の姿はあまりない。

 「水原先輩,ひやしあめでも飲んで行かれませんか?」

 「え? あるんか?!」小坂の誘いに、誠は目を輝かせる。

 「昔は良く飲んだもんやでぇ、懐かしいなぁ」

 駄菓子の棚を眺めながら誠。小坂はカウンターに入り、コップに透明の液体を注いで誠に手渡す。

 「はい、どうぞ」

 「おおきに」

 誠はクィと一杯。

 と、一口飲んだ所で動きが止まる。

 「あの、水原先輩?」恐る恐る声を掛ける小坂。

 コトリ、誠はコップをカウンターに置き…

 「なってない,なってないで! 小坂さん!!」

 「ひぃ!」

 「こんなん、ひやしあめちゃう! ただの砂糖水やん,もっと生姜を利かせて、舌触りもこってりした様でさらっとしてるんが、ホンマのひやしあめや!」

 「はぅ〜、ごめんなさいごめんなさい!」

 力説する誠に、小坂はただただ謝る。

 「ええぃ、こんなんだとひやしあめが誤解されるわ! 僕がホンマもんのひやしあめ、作ったる!」

 腕まくりしながら、誠はカウンターの中に入った。

 ここに労せずして、1−Aは『ミスター大和撫子・女装でポン!』優勝者を無償で雇い入れる事に成功したのであった。




 足元から風に乗って、祭を楽しむ人々の声が聞こえてくる。

 『東雲祭』

 そう書かれた大旗がパタパタと風に乗って耳元でなっているように聞こえる。

 暖かな秋晴れの下、無人のはずの東雲高校屋上には4つの人影があった。

 対峙する2人,見守る2人。

 向かい合うは、風に流れる黒髪をそのままに,穏やかな視線で目の前の女性を観察する少女。

 そして彼女を鋭く睨みつける、長身の女性。手には奇妙な形をした杖が握られていた。

 すなわち、ファトラ王女と暗殺者イシエル=ソエル。

 「チッ,本当に見ているだけで良いのかよ」そんな2人を見て、ぼやくはファトラの護衛たるシェーラ=シェーラだ。

 彼女の隣りでは何を思うか,眉に皺を寄せるはやはり女性。

 「イシエル…」

 呟き、杖を握る彼女を、そしてその先に見える小高い山の頂きに立つ一本の大木を見つめるイフリータ。

 ぱたぱた…

 大旗が風に悲鳴を上げつづける。

 遠く、桜の大木からの落ち葉が、風に乗って2人の間に落ちた。

 ザッ!

 2人は同時に動く。

 ファトラはイシエルに向かって真っ直ぐに。

 イシエルは横に向かって…いや、違う!

 「!?」

 イシエルの姿が2つに、増える。

 ファトラの目の前のイシエルと、そして右手に周ったイシエル。

 さらに背後に回ったイシエルに右手にも同じ彼女の姿が!

 ニタリ

 それに微笑むはしかしファトラ。そっと彼女は形の良い瞼を閉じる。

 四人のイシエルが、同時に中央のファトラに飛びかかった!

 杖を振り上げる者,短剣を突き出す者,凶器と化した右足を突き出す者,そして短剣を投げつける者。

 「破ぁ!」

 空気を破る、そんな気合いをファトラは発する。

 途端、三人のイシエルが千切れるように消え去った。右腕を振り上げるファトラ。

 「クッ!」

 「初等幻術など、わらわに通じるとは思っておるまい?」

 右手の中から投げられた短剣を見せると、それを後ろに投げ捨てる。

 一歩、近づくファトラ。

 一歩、後ずさるイシエル。と、ファトラに向かって杖を突き出した!

 「雷よ!」

 ジジジ…,蒼白い光を杖の先に放ちながらイシエルは不安を振り払う様に不敵に微笑む。

 アブザハールから奪い取った神具,電気を操るそれは地のランプとは異なり、地電流のみならず大気中の静電気をも操る事が出来る。

 「神具『神鳴る杖』か,確かにその一撃を食らえば、わらわとて生きてはおれぬな」ファトラはそんなイシエルに正直な感想。

 彼女の表情にしかし、イシエルは訝しげな顔をした。

 ファトラに怯えは、ない。

 「お主にそれが撃てるかな?」王女は暗殺者に問う。

 撃つつもりで電撃を充填したのだ,愚問ではある。

 「…フン!」

 カラン,イシエルは神具を投げ捨てた。

 ひゅぅ、観客から口笛が鳴る。

 「気合入ってんじゃん」シェーラだ。

 赤毛の少女にイシエルは顔を向けることなく答える。

 「今回は神具の力で倒したのでは、意味はないっしょ」

 「やはりな」

 嬉しそうにファトラは呟き、イシエルに駆ける!

 「?! 早い!」イシエルは両手で思わず受けの体制に入る。

 トトト!

 黒い旋風と化したファトラの上段、中段、下段の蹴りがイシエルに炸裂。

 ガード越しからでも、暗殺者たる彼女が思わずよろけるような、強力な蹴りだ。

 「チッ!」

 体勢を整えるファトラに対して、大振りな右足蹴りを放つ蒼き暗殺者。

 ごぅ…

 後に飛び退いたファトラと彼女の間に、空を鳴らせるほどの破壊力が通過する。

 「ほほぅ,さすがに暗殺者と言ったところかの」

 今のを掠ったのか、胸の所が裂けた上着を脱ぎ捨ててファトラ。

 すっと目が細まった。宿るは殺意。

 黒と蒼,2つの風が本格的に動き始める…




 「まこっちゃんったら、何処逃げたのかしら?」

 菜々美はいつしか祭りの客も、東雲生すらもいない区画に迷い込んでいた。

 目を廊下沿いの教室名が書かれたプレートにやると、

 『生徒会長室』

 とある。

 この一画は東雲祭には使われていない、言わば準備委員の控え所のようなものだ。

 その準備委員も3時から始まる生徒会主催のダンパの用意でここからすでに出払っている様だ。

 「今頃はメタル同好会のバンドやってるんだっけ?」

 遠く聞こえてくる派手な音に、菜々美は思い出す様に呟いた。

 と同時にまだ昼御飯を食べていない事に気付く。

 「まこっちゃんもおなか減らしてるだろうに…って、まこっちゃん、午後からはクァウールさんと

 一緒に東雲祭を廻るって約束してたじゃない!」横からそんな話をしているのを聴いていた菜々美だった。

 となると、2−Cに戻っている可能性が高い。

 慌てて取って返そうとした彼女だが、生徒会長室から何やら声がするのに気付いた。

 「? 誰かしら」

 そっと、菜々美は会長室の引き戸を数センチ開いて中を覗く。

 そこには…



 『プログラム Godeye.EXEを起動します…新規ディレクトリ『Godeye』を構成し、3個のファイルが解凍されました』

 自動解凍プログラムのそれを実行した陣内は、ファイルの一つ、Readme.txtを展開。

 「ふぅむ、そうか」

 内容を読んだ後、残る2つのファイルの内の一つをメールに添付して『力天使』に送る。

 そして残った一つをFDにプログラムを落とす。

 FDを机の上のパソコンから取り出すと、後ろに控えるディーバに手渡した。

 「では行くぞ。そろそろ『パワー』がこの学園のコンピューターを制圧する頃だ」

 「ああ…分かっている」

 FDを胸のポケットにしまい、頷くディーバ。

 彼女は自信に溢れた陣内とは対称的に、息消沈している。

 それを解せないのだろう、陣内は俯きがちの彼女の額を軽く持ち上げる様に小突いた。

 「何をそんなに心配している?」

 「…何か、嫌な予感がするのだ」躊躇いがちに、ディーバは言う。

 「失敗するしないの問題ではない,こぅ、もやもやとした何か嫌な感じがな」

 「では、どうなるとお前にとって『嫌』な状況になるのだ?」

 「え?」

 そんな陣内の質問に、ディーバは戸惑う。

 「…わからん」自信なく、呟く彼女。そして、

 陣内の胸に、倒れ込む。

 「? 足でもくじいたか?」

 「違うわ」彼の胸に顔を埋めて、ディーバは答える。

 「少しの間だけ、このままにさせてはくれないか?」

 「…分かった」

 苦笑交じりに陣内。答え、ディーバの背をそっと抱いた。

 「空間を捻じ曲げ、お前の世界とこちらを繋げる。そしてお前の軍団を呼び寄せ、この世界を征服した後にお前の世界も征服する,簡単な事だ」

 彼女の耳元に、そう陣内は復唱する様に言う。



 「んな!」

 ガタリ!

 「しまっ…」

 「誰だ!?」

 思わず菜々美は、バカ兄の言葉に扉に力を込めてしまったか,音を立ててしまう。

 「菜々美か!」

 「逃がさん!」キッと菜々美に目を向ける2人。

 「ヤバ!」

 菜々美は駆け出す。後ろからは陣内と、そしてディーバが追ってくる!

 ”何なのよ,一体?! ディーバ先生の世界とこの世界を繋げるって…それよりも何であのバカ兄貴がモテるのよ!!”心の中で叫びを上げながら、ひたすら逃げる彼女。

 しかしどうやら、興味の対象は後者の方であるらしいが。

 ”やっぱり変わり者同士だからかな。ところでどこまで行ったんだろう? もしかして最後まで…きゃ〜!!”

 逃げながらもニヤリと想像して笑ってしまう陣内 菜々美,16歳。

 「何か勘違いもしてるようだ,絶対に捕まえろ!!」叫ぶ陣内。さすが血がつながっているだけのことはある。

 しかし追跡者の努力も叶わず、菜々美はとうとう人込みに紛れて姿を眩ませてしまった。




 ファトラの脇腹にイシエルの拳が思いきり入る!

 「ぐぅ!」

 横っ飛びに吹き飛び、ファトラはコンクリートの上でくの字に悶えた。

 「これで終わり…私はお前を倒して新しい自分を手に入れる…とどめだ!」

 素早く王女の姿を追い、暗殺者は彼女の頭めがけてかかと落とし。

 目には勝利と、そして希望の光が宿っていた。

 ばふぅ…

 「?!」だがしかしイシエルの足は、まるで空を切ったような感触が伝わるのみ。

 千切れ飛ぶ、ファトラの幻影。

 「技とは、真の力を彩るエッセンスに過ぎぬのさ」

 「んな!」

 耳元の囁きに振り返る間もなく、イシエルは背中に強い衝撃を受けて飛ぶ。

 宙を舞う彼女の先にはボイラー室。

 激突!…?

 の前に、風よりも早く動いて前に廻り込んだファトラが、飛び来るイシエルの鳩尾に向けて右腕を突き出した!

 「がはぁ!」

 王女に身を預け、戦う力を完全に削がれる暗殺者。

 勝者は彼女の耳元に、こう小さく呟く。

 「初っからお主の目的はわらわを殺すことではなかった,わらわと殺すという過去の使命を果たした向こうにある、己自身を掴みたかっただけだ」

 ずるり,イシエルは崩折れ、ファトラにしがみつきながらもコンクリートの床に倒れ伏す。

 「わらわは目の前のお主を倒すことに全力を尽くした、その違いがこれだ。そもそも、新しい自分などと言う、体の良いものなどこの世にはないわ! たわけが!」

 足元を見下ろし、ファトラは荒い息を吐いて悔しげに睨んでくる暗殺者の眼光を、その倍にして返した。

 「過去があるからこそ今がある。人などそうそう変わるものではない。変わるとしたら、心の持ちようによってゆっくり変わって行くものだ」

 「ふん!」

 目を逸らすイシエル。痛みが薄れてきたのだろう、ゆっくりとその身を起こした。

 それを見届けて、ファトラはニタリ,微笑む。

 「さて約束通り、わらわのいうことを訊いてもらうぞ」

 「また妖しげな事を言うつもりだろ」観客のシェーラから非難が上がるが無視。

 「…約束だ、訊いてやる」

 立ちあがり、イシエルは諦めに似た表情で王女に告げた。

 ファトラは満足げに彼女を見て、そして一言。

 「わらわと共に、来い」




 「ここは関係者以外立ち入り禁止…ぐは!」

 用務員を問答無用でどつき倒し、アフラはコンピュータールームへと向かう。

 その後を恐る恐る付いて行くのはクァウールその人である。

 「アフラ…ここまでしちゃって良いの?」

 「ヤバイもんがここに介入初めてるんは確かどす」

 円柱状のガラスの向こう,三台のスーパーコンピューターが三角形に配置されたそれを睨み、手近な椅子を掴むアフラ。

 「…もしかしてそれだけの理由で?」

 「そや」クァウールに顔を向けることもなく、アフラは答えて椅子を頭上高く振り上げた。

 「?! ちょ、アフラ,何するの?!」

 ガシャン!

 ガラスが粉々に舞い散った。

 アフラはスーパーコンピューターへの進入を禁止する円柱状のガラスをぶち割ったのだ。

 しばらく茫然自失だったクァウールはしかし、さっと正気に戻ってスーパーコンピューターの一台に直接、手持ちのモバイルを接続するアフラに非難を浴びせる。

 「こんなの、犯罪よ!」

 「ほなら、何で警報ならへんの?」取って返すアフラ。

 言葉にクァウールは口をはっと閉ざした。

 保護壁であるこのガラスが、いや,彼女達がここに侵入した時点で警報機が鳴るくらいのセキュリティレベルであるはずだ。

 それがないということは…

 「セキュリティが切られてる?」

 「そういうこと」

 パン,アフラは答えてモバイルの電源をONにした。




 ”対・振動数ダウンロード完了”

 ナハトの脳裏にそんなメッセージが表示される。

 ほっと一息の彼は懐に手にした神具である棒杖から手を離した。

 神具『暁の闇』,手にする事で所持者の脳から直接電脳世界に命令を放つ事の出来る生体コンピューター。

 これにより所持者は電脳世界において迅速な施行命令と、力を有する事は明白である。

 「しかし一体誰が…まぁいい。ワクチンを手に入れた今、逆に利用してやるさ」

 「何を利用するのかしら?」

 はっと振り返るナハト,振り返りざま、彼の小さな体は強い衝撃に宙に浮いた。

 「グフッ!」

 壁に叩きつけられる彼。

 「何だ?」

 「一体?!」

 「なんかのパフォーマンスか??」

 突然のやり取りに、通りかかりの人々が興味の目を走らせる。

 よろよろと起きあがる少年に近づくは、白い仮面をかぶった女性。

 上に揚げた長い髪の間から覗くその白い仮面には表情はない。

 無表情は常に冷酷を現すのか?

 「くぅ…ミーズめ」

 ナハトは迫りつつある暗殺者を憎悪の目で睨みつけた。

 「観念なさい。もぅ、終わりに…」

 ナハトの腕が、懐の棒状を握る。

 ジジジ…

 電気的な音が、何処かから聞こえる。

 「?! させない!」駆ける仮面のミーズ。

 「おそいよ、お・ば・さ・ん!」

 パァン!

 パァン!

 パァン!

 「「きゃぁぁ!」」

 「「うわぁぁ!!」」

 天上の蛍光灯が、次々に破裂する!

 逃げ惑う祭の客達に、ナハトとミーズの間はあっという間に人で埋まった。

 「くっ…」

 頭に付いたガラスの粉を払いながら、白い仮面は人込みの先を追い続ける。




 風が、私の身体を吹きぬけて行く。

 背中をまるでかち割るような、そんな痛みが走った!

 「あぅ!」

 声が漏れる。途端、嘔吐感に襲われ思わずその場にうずくまる。

 手で口を押さえる!

 「どうした?」

 「おい、イフリータ!」

 「イフリータ?」

 三人の少女達が私の異変に気づき、一様に駆け寄ってくる。

 喉の奥からこみ上げる違和感。

 「がはっ!」身体の中で何かが逆流する。

 恐る恐る何かに濡れた己の手を見つめる。

 青い、青い血だった。

 「イフリータ??」驚きのイシエルの声が耳に届く。

 痛みは収まらない。

 懐かしい感覚だった,そう、遙の頃にこの苦痛に似たものを頻繁に感じていた。

 風が、吹く。

 「くぅ!」

 一層の激痛に、私は己を失った………



 「イフリータ!」

 シェーラが叫ぶ。

 三人の目の前で、イフリータが青い血を吐いたかと思うとその姿を消したのだ。

 まるで陽炎の如く…

 「イシエル! テメェか?!」

 「?? 違うよ」詰め寄るシェーラに、困った顔でイシエル。

 突然の事だった。シェーラもイシエルもただただ戸惑うばかりだ。

 「2人とも,誠にこれを伝えろ!」

 しかしファトラは青い血の跡を厳しい目で見つめながら、2人に告げる。

 「しかし…」戸惑うイシエル。

 「早く行け!」

 「分かったよ、行くぜ,イシエル!」

 「…ああ」

 シェーラとイシエルは揃って屋上から階下への階段へと駆けて行く。

 その後姿が見えなくなるとファトラは遠く、ここ屋上から見える山の頂きに立つ桜の大木を見つめた。

 「アフラの報告通りであったか…外れて欲しいものに限って当たるものだな」

 脇腹を押さえ、ファトラはガクリとその場に膝を付いた。

 額には珠のような汗が浮かび、苦痛に顔が歪んでいる。

 「財をもって救えるものなら、どうとでもしてやれるが…誠よ、この限られた僅かな時間であやつに如何ほどの幸せを与えてやれるか?」

 彼女は悲しそうに呟くと、その場に倒れて空を見上げる。

 暖かな日差しが彼女の体を包み、やがて王女の苦悶の表情は寝息と共に和らいで行った。

 はらりと一枚、彼女の胸の上にサクラの落ち葉が舞い落ちる。




 分からない者には分からない、そんな音が支配する空間だった。

 メタル同好会ライブ

 すでに小一時間が過ぎ、会場はノリにノった主に若者で一杯に埋め尽くされている。

 そのステージで、彼はギターを掻き鳴らす。

 ”制圧、完了…”

 ニタリ,力天使の笑みが、零れた。

 「これからが本番だ!」

 「「お〜!!」」

 会場に声が響く…




 「おねぇちゃん、ひやしあめ一丁!」

 「まいど!」

 「こっちも2つな!」

 「はいはい〜」

 1−Aの駄菓子は盛況だった。

 「結構売れますね〜」

 「僕の作ったひやしあめが、ちゃんと受け入れられたんや!」

 嬉しそうに誠は隣の小坂に言う。

 それが一因でもあるが、誠見たさに集まったついで,というのが主原因ではあるのだが。

 「でも私が作ったのと、そんなに違いあるのかなぁ??」

 ポソリ、小坂は未だに納得できずに呟いた。

 「こっちには1つづつ、ひやしあめとラムネな!」

 「はいはい〜」

 客の注文に我に返る小坂。

 ”ま、良いか。水原先輩と一緒に楽しんでるし”

 彼女は隣りで客に向かって、ひやしあめについて力説する女装の彼を笑顔で見つめた。

 そう、まだ彼は知らない。

 不吉の影が次々と到来する予感を。

 そしてその内の幾つかはすでに、彼にそれを伝える為に向かいつつある事実を…




 淑女は音もなく立ちあがった。

 手にするは一枚の七色の光を放つ円盤。

 CD−ROMだ。

 「ご苦労様でした、アフラ」

 質素とも思われる部屋に置かれた、一体型パソコン。

 その画面に向かって彼女は小さく頭を下げる。

 「これであの人を堕とすことができる…私を裏切った報い,永遠に暗い牢獄で受けるが良い…」

 クスリと微笑んで彼女,エルハザード王位継承者ルーン=ヴェーナスは自室を後にした。


24 Step Down 了 



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