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 雨が降る降る雨が降る。

 しとしとしとしと雨が降る。

 「あ〜やだやだやだやだ!!」

 「…どないしたんです? シェーラさん」

 放課後の科学室,決して『どうしてここにいるんです?』と聞けないところに誠の弱さが見える。

 「どうしてって,そりゃ決まってんだろ?」

 言って彼女は親指を窓の外へ向ける。

 暗雲立ち込める灰色の空。

 地に降り注ぐ、しとしととした細い雨。

 そして身にまとわりつくような湿気を帯びた空気。

 「…雨ですね」言われて、誠は答え。

 「じゃなくてだ! こんなにジメジメしてちゃ、ムカつくだろ〜が!」

 ダダダンダン

 実験机を叩くシェーラ。その度に机の上に並ぶ実験器具が数センチ浮かぶ。

 「これも季節と思えば」

 額に汗の誠。手にした怪しい溶液の入った試験管をビーカーに移す。

 「だぁぁ!! アタイはこういうのは大っ嫌いなんでぇ!!」

 「だからって、何で貴方がここにいるのよ」

 ボソリ、その誠の隣で鷲羽が呟いた。

 「ん? 何となくだよ」

 ”はた迷惑な…”

 そう思ったのは誠だけだったようだ。

 鷲羽はニヤリ、微笑むと実験机に腰を下ろしたシェーラの前に白黒テレビを置いた。

 「? 何だ?」怪訝な表情で彼女はそれを見る。

 「それ、この間爆発した奴じゃ…」実験机ごと、少し離れて誠は二人を一台を見つめた。

 「拳を交わしてから友達になったのよ,そんなことより、そのムサクサをすっきりさせてみるつもりはない?」

 「なんかあるのか?」鷲羽の言葉に、シェーラは白黒TVのブラウン管を凝視。

 鷲羽はその言葉に、TVの電源を入れた。

 ブゥン…

 やがて…

 ちゃららちゃっちゃちゃ〜ん

 安っぽい電子音とともにブラウン管には『Wasyuu Quest [』というゲームの画面が現れる。

 「TVゲームか?」当てが外れた、明らかに落胆を見せるシェーラ。

 しかし鷲羽はチッチと人差し指を横に振る。彼女としては一番の至福の瞬間だ。

 「半分当たりで半分はずれね。ゲームの世界に入って直接遊べるのよ」

 「「おお〜!!」」シェーラと誠は感嘆の言葉。

 すでに普通ではない鷲羽の発明に順応している辺り、二人とも同類ではあるが。

 と、シェーラは画面を見て何かに気付いたようだ。

 「なぁ、TからZまでやらないと内容わからねぇんじゃないのか?」

 「大丈夫よ,前作とは全く関連性がないから」あっさり、彼女の問いに答える変態発明家。

 「じゃ、何で[なんだよ!」

 「ネームバリューがある方が売れるでしょう?」

 「おいおい…」

 「じゃ、御一行様、ご案内ぃ〜」

 その鷲羽の言葉に、ブラウン管が眩い光を放った。

 「ぼ,僕は行きたくあらへん〜」

 誠の悲痛な叫びが、無人の科学室に響いた。




  Story

   一人の悪しき者によって魔王ディーバの封印が

     中略

   勇者の血を引く

     中略

   親友である二人の力を借りて

    中略

   さらわれた姫君を

    中略

   平和を取り戻すのだ!



 暗闇の中、3人は目の前に流れる文字を眺めていた。

 「シェーラさん、Bボタンの連射はアカンで」

 「読まなくても解るだろ?」

 「これでも結構一生懸命、考えたのよ」

 そんな声が響く。

 「とにもかくにも、アタイがその勇者とやらをやるぜ」

 「お願いしますわ」

 「さ、先へと進みましょう」

 そして、3人の視界が暗闇から明るい場所へと開けた。

 何処か中世の城を思わせるその場所。

 赤い絨毯に膝を付いた3人の前に、明らかに『わし、王様じゃ』と言わんばかりのおやじが椅子に座っている。

 その彼の脇を固めるは騎士と老人。

 王と思われる中年は、3人に開口一番こう、のたもうた。

 「おお、勇者シェーラ。死んでしまうとは何事だ!

 「「「…」」」一同,沈黙。

 「いきなりバグってるじゃねぇか!」隣に控える鷲羽に食って掛かるシェーラ。

 「おっかしいわね,ま、良くあることよ」

 「やっぱり止めにしませんか? 僕,実験途中でバーナーに火が掛かってるんですけど」

 「とにかく、まずは情報集めだぜ!」

 「イェイ!」

 「…」

 誠の意見は黙殺されたようだった。

 うつろなハイテンションな二人の後を、彼は不可視の力で引きずられる様にして、長々と何をかしゃべっている王様の前から姿を消した。




 「向かいの定食屋のお勧めは秋刀魚定食だよ」

 「与作は腰が痛くて畑を耕せないそうだ」

 「下水道が臭くてね」

 「このゲームを買ってくれてアリガトウ」

 「…有効な情報が一つもないじゃねぇか!!」

 妙に広大な城下町を回り尽くした後、スタート地点の城の前まで戻って3人は力尽きたように、その場に腰を下ろした。

 「一体…どういうことだ?」再び鷲羽に食って掛かるシェーラ。

 「これぞ現実性を追求した結果なのよ」胸倉を掴まれたまま、しかし彼女は誇らしげに言った。

 「現実性だって?」

 「そぅ、そんじょそこらのフツーの人が魔王がどうこうとか、大層な情報持ってるわけないでしょう?」得意げに、自称天才科学者は胸を張る。

 「そんなんで、一体どうしろっていうんだ!」掴んだ鷲羽をシェーラは虚空に向かって思いっきり投げた。

 キラリ、鷲羽は空の彼方に消え、星になった。

 ---鷲羽ちゃんがパーティから外れました---

 「あ、シェーラさん、街角でTVやってますよ…」

 何事もなかったように、誠はシェーラの袖を引っ張る。

 彼女がその方角に視線を向けると、公園のようなところに大画面のTVと思われるオブジェがあった。

 そしてそこには明らかに映像が映っている。

 『…次のニュースです。今日もまた、新生魔王軍によって国が一つ滅ぼされました。その時の映像をご覧下さい』

 そう言う男が映ったかと思うと、画面は切り替わり…

 『ひゃ〜っはっはっはっはは! ひゃはひゃはひゃは!!』甲高い笑い声とともに青白い男の顔がドアップに映る。

 『県立東雲高校の支配者,陣内克彦! この世界も征服してやるわ! 次の国へと行くぞ,ディーバ!』そう言って彼は傍らに振り返る。

 ご丁寧にもカメラ目線はその隣に移った。

 次に移るは褐色の肌の妖艶な美女。背に薄い羽のようなものがついている。

 『ああ陣内殿,なんとも頼もしい! 者ども、いざゆかん!』

 『『い〜!!』』

 美女の号令の下、その背後に控えた大量の巨大な昆虫のような怪物が雄叫びを上げた。

 「あれは…」

 「何で陣内がここにいるんや??」

 画面の前で呆然と立ちすくむ二人。

 と、誠の視界の隅に見たことのある人影が映った。

 街をぐるりと囲む塀,その唯一の出入り口に彼女はいた。

 おずおずと、少女は門に立つ兵士に声を掛ける。

 「あの〜」

 「ここはガナンの街です」即答する兵士。

 「ええと」

 「ここはガナンの街です」繰り返す。

 「そうじゃなくて…」泣きそうな顔で、少女。

 「ここはガナンの街です」

 「え…」

 「ここはガナンの街です」

 「あ…」

 「ここはガナンの街です」

 「う…」

 「ここはガナンの街です」

 「はい…」

 「ここはガナンの街です」兵士の言葉を背に、少女は肩を落として街に入り…

 視線を上げる。彼女を見つめる視線とぶつかった。

 「あ、誠さん!」

 救いを見つけたように、その暗い表情が晴れ渡った。

 「クァウールさん!?」

 「クァウールじゃねぇか!」

 「シェーラも…良かったぁ。私,一人でどうしようかと」

 ---クァウールが仲間に加わった---

 「ところでさっきから何だ,このナレーションは?」

 「でもどうしてクァウールさんが?」

 「はい、部活で家庭科室で料理していたら、いきなりTVが飛び込んできまして…気付くと変な草原の真ん中にいたんです」

 「…TVが」拳で分かり合ったと言った鷲羽の言葉を思い出す誠。

 「で、虫みたいな怪物が襲ってくるんです。走って逃げていたところ、この街を見つけまして。ここは一体何処なんです?」

 「ええと…」

 「それはな」説明に困るシェーラと誠だった…




 「それで当の鷲羽先輩は…」

 「投げてもうた…多分どこかで僕等のことを観察しとるんやろなぁ」

 「アタイのせいか?」ためらいがちに言うシェーラ。しかし

 「「鷲羽先輩のせいです」」

 二人はそう、即答した。

 「ともかく、さっさとこのゲームをクリアしてまいましょ,シェーラさん」

 「そうだな! よし、行くか!」

 3人は立ち上がり…と、シェーラは思い出したように誠に振り返った。

 「アタイ、今は勇者だからな」




 勇者シェーラの炎の魔法が舞い、クァウールの水の魔法が破裂する。

 誠の発明品が幻獣を召還し、バグロムと呼ばれる敵兵を一掃した。

 そんなこんなで、あっという間に勇者様御一行は魔王の住むという最終ステージへ。

 「あっさりと来たのぅ」

 「早く帰りましょうよ、もう夜の七時過ぎちゃってるんじゃないの?」

 いつしかファトラと菜々美をも仲間に加え、一同は問答無用に突き進む。

 そしていかにも『ここが最後だ』と思われる雰囲気の場所へ。

 広い円形のホール,二階に当たる場所にバルコニーらしきものがある。

 「姫君か、楽しみだのぅ」ぐふふ、ファトラは含み笑いをもらして誠に尋ねた。

 「そう言えば、そんな設定でしたね」

 「おお、そうじゃ、誠よ,あれからイフリータとはどうじゃ? 何か進展はあったのか?」

 オヤジと化して、ファトラは続けて質問。誠は言葉につまり、

 「させるわけないでしょ!」菜々美から横槍が入った。

 「ま、まぁ、イフリータも色々と大変で…」

 「フフフフフ…」

 「だ、誰や?!」

 彼の言葉をさえぎるように、空間全体に含み笑いがこだました。

 「フヒャ! フヒャハハハッハハハ!!」

 「「陣内?!」」

 バルコニー部にあらわるるは、東雲高校の制服を着たままの陣内。

 その横にはボンテージ姿の美女が寄り添うように立っている。

 二人の立つバルコニーはゆっくりと降下、やがて一同の前で止まった。

 胸を張って陣内は、シェーラに向かって鷹揚に言う。

 「よくぞここまで辿りついたな」

 「死ねやぁ!!」炎の魔法を唱え,シェーラ。

 「お前の力を」後ずさり、言葉を強制的に続けさせられる陣内。

 「おらおらおらぁ!!」

 ちゅどどん

 爆炎が二人を焦がす。

 「見せて…」フラフラになりながらも前口上を陣内は言わされる。

 「止めだぁ!」

 シェーラの手の内に、一際大きな炎が生まれた。

 それを慌てふためくが逃げられない二人に投げつける。

 ちゅど〜ん!!

 大爆発が起きた。

 「もらう・・ぞ」

 「おおぅ…素晴らしい悪役の決めセリフ…じゃった」

 ガクリ、爆発の中心で陣内とディーバの二人は目を回して力尽きた。

 「惨すぎるで、シェーラさん」

 誠の呟きは、しかし本心から切実に思ったものでは、ない。




 「姫君じゃ、わらわはそれ合いたさにわざわざこれに付き合ってやったものじゃ」

 キョロキョロ、ファトラを先頭に、一同は最終目的を果たすためにさらに奥へと進む。

 「これでやっと帰れるのね」

 「陣内さん,大丈夫かしら」

 「お兄ちゃんは放っておいて大丈夫よ」

 菜々美とクァウールの会話を聞きながらも一同は扉の前に突き当たる。

 重そうな両開きの扉。

 「姫君ぃぃぃ!!」

 蹴り破り、ファトラは突入。

 ピシィ…

 そして彼女は瞬時に石と化す。

 「気をつけろ! 魔物だ!」シェーラの鋭い声が飛ぶ。

 一同に走る緊張!

 恐る恐る、一同は部屋に突入し…

 「よっ!」出迎えるは軽い声。

 「あ、尼崎ぃ?!」誠の素っ頓狂な声が響いた。

 そこにはフリフリの純白なドレスを着込んだ尼崎の姿が。

 彼は改まってシェーラに向き直り…

 「アリガトウ、しぇーら。アナタハコノ世界ノ真ノ勇者デス」

 「やめろぉぉぉ!! 機械的な口調で言うなぁぁ!!」

 シェーラの絶叫が響く中、エンディングテーマが流れ…

 流れ…ない。

 ジジジジジ…

 変な音がする。

 「まこっちゃん…」

 「誠さん…」

 「なんや、嫌な予感が…」

 その言葉が終わらないうちに、一同はとてつもない爆発に包まれた!




 「あまりにもシナリオが狂ったもんだから、システムが耐え切れなかったようね」

 顔を煤で黒く染めた鷲羽は、目を回す誠にそう言い放つ。

 夜の科学室。

 壊れたTVの前に、やはり煤にまみれた一同が思い思いの格好で倒れていた。

 小坂やストレルバウも倒れた中に含まれていたが、どうやらゲーム本編とは全く関係ない所に存在していたのであろう。

 「所詮コンピューター、私のスケールが大きく崇高な思想に耐え切れなかったと見えるな」

 「なるほどのぅ」

 「「?!」」

 くそ偉そうなその言葉に、鷲羽と誠は振り返る。

 「どうしたのじゃ? おぬしら?」誠と鷲羽、さらに陣内に驚きの顔を突きつけられ、困ったような恥ずかしいような表情のディーバが、そこにはあった。

 「なんで…ここにいるんです?」

 「? 陣内殿のいるところ、わらわありじゃ。何かおかしいか?」

 誠の言葉にあっさり答える彼女。

 夜は更け行く…





 そこは暗い場所。

 照明だけでなく、空気そのものが『暗い』。

 「鬼神が失敗したそうだね」

 その空間に、少年の声が響いた。

 「ええ、利き腕を砕かれて再起不能。そのまま行方を眩ませたね」

 答えるは女性の声。その声色に呆れた感が含まれている。

 「仕事は完遂させる気でいるんだろうね? あの人」

 「そうね、多分」

 「手負いの獣,どこまで出来るか見物だね」

 屈託のない、少年の期待に満ちた雰囲気が暗闇の中、彼女に伝わる。

 が、それを彼女は一笑に臥す。

 「牙のない狼に大したことは出来ないわよ」

 「手厳しいね,仲間じゃないの?」

 「あんな不気味な娘と一緒にしないで欲しいっしょ」

 「じゃ、この不始末は誰が取るんだい?」

 しん…

 空間に瞬時、元の静寂が戻る。

 「…仕方無いわね,取り合えずパスポート取んなきゃいけないから、それくらいの時間は頂戴よ」

 「解ったよ,幻覚のイシエル。期待しているよ」

 「ま、テキトーに頑張るっしょ」

 そして暗闇から、女性の気配が消えた。

 「ところで…殺し屋にパスポートって…一体」

 残された少年の呟きが暗闇の中、呆然と響いていた。


11 Game Start ! 了 



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