10 11 12 13 14 15 16 18 19 /top 



 最後の喧燥が沸き上がるクラス対抗リレー。

 まずは1年生はC組が勝利を収め、逆転優勝,アンカーであるC組担任の若い男性教師は青空の下、胴上げに舞った。

 その興奮冷め遣らぬ内に、2年クラス対抗リレーが封を切って落とされた。

 スタートラインに並ぶはそれぞれのクラス代表7人のランナー達。

 その中に赤毛の少女の姿がある。

 「あなた,C組ね」

 「? ああ、そうだが」

 内側から3番目のコースについたシェーラの隣、4番目のコースから声が掛けられる。

 シェーラが怪訝に振り向くと、手首を軽く廻して準備運動を取るショートカットの女生徒が彼女を見つめていた。知的なその面はこの東雲高校では有名ではある。

 「アタイに何か用か? 宮沢」

 「あら、私を知ってるの? 結構有名人なんだ,私」少し驚いた風に彼女は言うが、それは本心でないことはシェーラにも明らかに分かった。

 宮沢雪野,東雲高校にて成績,運動その他もろもろに於いて常にトップであろうとする女。

 特に「勝負」という言葉に関しては退くところがなく、常に勝つことを生きがいとしている。

 …と、もっともそれは裏の噂,ファトラから聞かされた話であって、実際は同姓からも憧られる優等生である。

 「ミーズ先生から言われたの,C組にだけは注意しろって。特にあなたにはね」

 「へぇ」シェーラはわざとらしく小さく驚いた。

 「もっとも、私が本気を出せば今までのデータから見ても私の勝ちは揺らぎないけどね」小さく鼻で笑って小声でそう囁く宮沢。

 「自信たっぷりじゃねぇか,優等生さん,良いだろう、勝負してやるぜ」

 「少しは楽しませてね」

 スタートラインの端に、銃を持った生徒が立つ。

 「位置について…」手に持ったそれを上に向ける。瞬間、校庭に静かな沈黙が降りる。

 それに合わせて男女合わせた7人がそれぞれスタートラインで体制を整えた。

 「負けね…」クランチングスタートの体勢でシェーラは隣の宮沢に呟く。

 「ふふふ…」余裕の笑みの宮沢。しかしその笑みの奥の瞳には鋭い光が灯り、決して笑っていないことを物語っている。

 「用意…」

 ザシャ,息の詰まる沈黙。

 「ドン!」

 パァン!!

 「一斉にスタートを切りました! 先頭は…

 「うおりゃ」

 「てりゃぁ」

 「C組とD組だ!! 少し遅れてE組が続き…

 ニヤリ

 シェーラの表情に獰猛なものが浮かぶ!

 「食らえ,必殺・猪木もびびるボディーブロー!!」

 シェーラの裏拳が隣のコースで競り合う宮沢の腹部めがけて飛ぶ!!

 「何の! 肉のカーテン!!」

 某超人さながらの両腕のブロックで、宮沢はシェーラの攻撃を跳ね返す!

 「な、何だと!」驚愕のシェーラ。

 「あなたがそういう手でくることは先刻承知済み!」今度は宮沢の表情に泣く子もびびる鬼の表情が映った!

 「な!?」

 「何故なら私もあなたと同類だからよ! えい,宮沢極端流奥義・足引っかけ!」

 100mを11秒で走るその足の動きにもかかわらず、体育5の運動神経を以ってシェーラのコースに左足を突き出す宮沢。一歩間違えれば自分が転倒するバクチな攻撃だ。

 「のあ!!」シェーラはそれに躓き、前方へとダイブ!

 ズシャァァ!!

 「お先に!!」

 宮沢の背に転倒するシェーラのうめきが聞こえてくる。

 「ああっと、C組,つまづいたぁ!」

 「て、てめぇ!!」

 シェーラは慌てて立ち上がるが、後ろからきたE,F組がすり抜けるように彼女を抜いて行った。

 シェーラは立ち上がり様、追い越そうとするA組に宮沢ばりの足引っかけを食らわせると怒りの形相を露にして前を行く三人の背を追う。

 コースは200m,すでにトップを行く宮沢とシェーラとの間は20mは離れていた。




 「よし、良いぞ!!」

 「宮沢の奴…あれほど汚いことはするなって言ったのに…」

 「むぅ、シェーラの奴め,トップで来るとか言っておきながら既に4位ではないか」

 スタートラインとは校庭の中心を基点として点対称の位置に第2走者達がやってくる第一走者をそれぞれ息詰まる想いで待っていた。

 最後の直線,トップを走るは故ジョイナーのフォームを模倣する女性・D組は宮沢雪野! 以下E,F,C…と続いている。

 「有馬,後任せた!」

 「OK!」

 宮沢からバトンを受け取った好青年は彼女以上のスピードでコースを飛ばして行く。

 それを隣で眺める陣内は、シェーラのやってくる後ろに目を向け…

 「陣内! 受け取れ!!」

 10m程離れているその位置から、シェーラはバトンを投げた!!!

 「うわ!」

 「ひぃ!!」

 それは高速回転しながら先を行くE,F組の選手の横を通りぬけ、

 スパコ〜ン!!

 「ぐふぅ!!」

 陣内の額にクリーンヒット!!

 「何をする,貴様ぁぁ!!」怒りを炸裂させながらも、陣内はバトンを掴み、駆け出した!!




 「遅いわな、陣内…」

 第5走者の誠はE組に抜かされ、その後ろにいたF組にも追いつかれんとする陣内を見て呟く。そう、陣内ははっきり言って運動は苦手な部類に入る。

 本人もこのリレーには参加したがってはいなかったが、他に手の空いている生徒がいなかったのが運の尽きだった。

 「尼崎,あんまり期待はしとらんが頼むで」

 彼は前で第2走者を待つ、第3走者である尼崎にそう声を掛ける。

 が、返事はなかった。

 「あ、尼崎?」不審に思った誠は、コースを眺めた体勢のままの尼崎の肩を揺すった。

 途端、

 ぷっしゅ〜〜〜!!

 「うぁぁぁぁ!!!」

 耳から白い蒸気が吹き出した!!

 「な、何や何や何や?!!?」へたり込み、耳だけでなく鼻からも白い蒸気を勢い良く吹き出す尼崎を見上げながら、誠はその瞳に恐怖を湛える。

 と、その彼の肩を優しく叩く者がいた,彼は振り返る。

 「水原,安心しな」

 「鷲羽先輩?」

 体操着ではなく、何故かその上から白衣を纏った鷲羽が頼もしそうに尼崎を眺めている。

 「尼崎は生まれ変わったんだよ,科学の力でね」

 親指をグッと立てながら、鷲羽は自信を持って告げた。

 「ななな…何したんですか?!」

 「ちょっと改造手術を、ね」何故か遠い目で天才少女。

 「こらこらこら! 本人はOKしたんですか?」

 答えは鷲羽から帰ってはこなかった、代わりに、

 「かの偉人,イチローはこう言っている,変わらなくちゃも変わらなくちゃ,とな」

 誠の背後からのその答え。聞き覚えのあるその声色に恐る恐る彼は振り返る。

 「ブ、ブラックジャック?!」

 ファトラを治療(?)した闇の医師がそこにいた。

 「きっと尼崎君本人も、改造されたことを後々ありがたく思うだろう」

 「無断かい!」

 「大丈夫よ,私達、父娘に失敗はないわ」

 「親子かい!!」

 「CPUがZ80だがな」

 「んなもん使うなぁぁ!!」

 「第3走者,準備して下さい。まずはD組の碇君,次はE組の…

 場内放送が終わらぬうちに、D組ランナー・有馬が走り込んでくる!

 「頼んだよ,碇君!」完璧なバトンリレー。

 「うん!」

 何処か気の弱そうな雰囲気を残して、D組第3走者はスタートした。

 それからE組,F組が入り、少し遅れて息も絶え絶えな陣内が滑り込んでくる。

 「ふぅふぅふぅ…あとは任せるぞ,尼崎…」

 バトンリレーもなしに、突っ立ったままの尼崎にバトンを差し出す陣内。

 ガシィ,それを尼崎は力強く掴む。そして、

 ギギィ…ガシン,ギギィ…ガシン

 一歩一歩踏みしめるように前に進む。

 「「おお、歩いたぞ!!」」感激の鷲羽親子。

 「二足歩行ロボットが成功したみたいに喜ぶなぁぁ!!」

 「大丈夫よ! 行け,尼崎ロボ!!」

 「改造人間違うんか?! ロボ言うとるやないかぁ!!」

 鷲羽は上下に動くレバーが2つ付いた、どう考えてもこれでコントロールできるように思えないリモコンを取り出し、それを引く。

 「行け,まずは尼崎ジェットだ!

 「ジェット??」

 ゴゴゴ……

 バシュウ!!

 尼崎の足の裏から紅蓮の炎が吹き出した!!

 そのまま尼崎の体は水平にゆっくりと浮き上がり…

 ゴォォ!!

 トラックを物凄いスピードで飛んで行く!!

 「「うわぁぁ!!」」

 E,F組のランナーを弾き飛ばし、先頭のD組に追いすがる!

 「!! に、に、に、逃げなきゃ駄目だ逃げなきゃ駄目だ逃げなきゃ駄目だぁぁ!!」

 限界を超えたスピードで駆け抜けるD組ランナー・碇シンジ。肉体と精神のシンクロ率が400%を超えている。

 だが彼の頑張りも虚しく、第4走者の目の前で尼崎が炸裂!

 ちょど〜ん!!

 何故か大爆発を起こした。

 「鷲羽先輩…あ、あれ?!」

 茫然とした誠が隣を振り返ると、すでにそこには2人の狂った科学者の姿は消えてなくなっていた。

 「に、逃げた!!」




 ズガシャァァ!!

 クァウールの目の前で、煙を上げた尼崎と下敷きにされた碇が倒れている。

 「ええと…お二人とも大丈夫ですか?」恐る恐る尋ねる彼女の前を横切り、碇の持つバトンを奪う影一つ。

 「碇君の遺志は私が継ぐわ,貴方は死んでも代わりはいるもの。うふふふふふふ…」無気味に笑う色素の薄い少女。なんか(精神的にも)病的なものを感じさせる。

 「何やってるの,さっさと行きなさい! 綾波!!」

 「クァウール,早くバトンとって走らんか!!」

 アンカーである2人の担任がそれぞれの生徒に怒鳴る。倒れている自分の生徒を全く気にしていないところが教師の鏡といえよう。

 「あ、はい!!」クァウールは弾かれたように、倒れた尼崎からバトンを取ると同じく走り出した綾波の後を追う。

 追う。

 …追う。

 ……追う。

 「「遅い!!」」

 ランナー2人の、某天知真理を超える足の遅さに藤沢とミーズは溜まらなく叫ぶ。

 その二人の目の前を満身創痍のE組,F組,そして追い上げてきたA組が走り去って行った。

 やがてクァウールと綾波は並び、ゆっくりとではあるが抜き抜かれを繰り返す。その後をぐいぐいと他のクラスが追い上げて行く。そして最後の直線コースに入った、その時である。

 「こ…」

 「これは…」

 並んで走る2人の周りを、当事者にしか見えない光り輝く空間が包んで行く…

 「「これが神の領域…」」

 同時に呟く。そして次の走者の目の前で、2人のランナーは恍惚の表情を湛えて…倒れた。

 「うわぁぁ!! 貧血やぁぁ!!」

 「お願いだから肉も食べてくれぇぇ!!」

 誠は倒れ込むクァウールを抱きかかえ、バトンを受け取る。

 隣では同じくD組の第5走者が綾波を横たえてバトンを受け取っていた。

 「さて」誠は立ち上がり、D組の走者・柾木天地を見る。

 「行きますか」彼もまた、立ち上がりコースの先を見据えた。

 彼等が駆け出すと時同じくして、追いついてきた他のクラスのランナーもまた次なる走者にバトンを託す。




 「あ、まこっちゃんが走るよ!」

 「ほぅ,結構早いじゃないか」

 「まこっちゃんはスタミナがないだけなのよ」

 「「ふぅん」」

 父兄の座る来賓席,そこのレジャーマットの上で3人の女性はトラックを駆ける一人の青年を眺めていた。

 彼はもう一人の青年とデットヒートを交わしながら、曲線を描くトラックを駆け抜ける。

 「C組,D組,良い勝負を交わしております! その後ろからA組が追い…

 やがて彼女達3人の前を風のように通り過ぎた。

 「がんばれ、誠!」

 「行けぇ! まこっちゃん!!」

 「すぐ後ろにおりますぇ!!」

 駆け抜け様にそう応援の声を掛けるが、聞こえているかどうかは分からない。

 同じような応援が、2年生の応援ブロックから聞こえてくる。

 「負けるな! 水原!!」

 「行けぇぇ!! 柾木ぃぃ!」

 その声の中に聞き覚えのある単語を見つけ、三人の内一人,イフリータは首を捻る。

 “柾木? アイツがか?”

 誠のすぐ後ろを追う青年,D組のランナーである人の良さそうな男を、イフリータは見つめる。

 しかし当然のことながらイフリータの知る顔ではない。

 「良くある名字なんだな」

 「何か言った? イフリータ??」

 「いや、何でもない,菜々美」

 イフリータは誠に視線を移して、レジャーシートの上に広がったポテトチップスを一つ、口に運んだ。




 「藤沢センセ!」

 「任せとけ!」

 「先生!」

 「お疲れ,柾木君!!」

 C組,D組ともほぼ同時にアンカーにバトンが渡る。

 半袖短パンの中年一歩手前な不精髭男と、Tシャツ,ジャージズボンで戦闘体制を整えたこれもまた30代一歩手前の女との戦いの火蓋が切って落とされた!!

 そのすぐ後ろでは、

 「鬼塚センセ!」

 「おう!」

 「ドクター中松!!」

 「良く頑張ったな!」

 次々と後発のクラスもまたアンカーである担任へとバトンが渡る。

 藤沢はこの日の為に一週間、酒も煙草も止めていた甲斐もあって好調な滑り出しだった。

 ミーズもまた、サバンナを駆けるガゼルのように藤沢に負けない走りを見せる。だが、

 「どけどけ!!」

 「「なっ!」」

 暴風のように藤沢とミーズの間を駆け抜けるはA組担任の鬼塚。

 「お先に!」

 「「うっそ!!」」

 やはり2人の頭上を越して行くのは、自作の発明品と称する「ジャンピングシューズ」を履いたE組担任の中松。

 「陣内殿には悪いが、先に行くぞ」

 「「!!」」

 文句なしの俊足で、アウトから二人を抜き去るはF組担任代理のディーバだった。

 「くそっ! これでは生徒達に顔向けできん!!」

 「私もよぉぉ!!」

 …………

 ………

 ……

 …




 空が茜色に染まる頃、校庭には全校生徒が並んでいた。

 それを見下ろすようにして台の上に立つは、校長・ストレルバウ。

 「2年の部,優勝はA組。256ポイント」

 「「「うおぉぉぉ!!」」」

 「準優勝、E組。250ポイント」

 「「「っしゃぁぁ!!」」」

 「3位,F組。249ポイント」

 「「「おおおおお!!!」」」

 「代表者は前に」

 表彰において、C組もD組も呼ばれることはなかった…・・




 「結局、同点4位かよ」

 帰り道、シェーラは駄菓子屋で買ったガリガリ君(ソーダ味)を男らしく噛み砕きながらぼやく。

 それにバスケットを両手で提げたアフラは宥めるように小さく微笑む。

 「でも、良い勝負やったやないの」

 「でもよぉ…」

 「デートする! なんていう無茶な公約もやらなくて済んで良かったじゃない」クァウールもまた、フォローするように付け加えた。先程の貧血の影響を引き摺っているのか、未だに顔色は白い。

 「まぁ、そう考えりゃあな」苦笑するシェーラ。その視線の先には、イフリータ,菜々美と並んで歩く誠の姿があった。

 「がんばったな、誠」

 イフリータは満足げに微笑んで誠の頭を撫でる。

 「ありがと、イフリータ。応援、聞こえたで」

 「え…あのうるさい中…」少し驚いてイフリータ。

 それに菜々美が身を乗り出して尋ねる。

 「まこっちゃん,私は?」

 「ウチのも聞こえてました?」後ろからはアフラだ。

 「え,ええ、聞こえてましたよ」苦笑する誠。その表情から、本当に聞こえたどうかは怪しいものがある。

 「あ、そうそう,結局アンタんとこの担任,藤沢はんはどうなったん?」あらかじめシェーラから聞いていたのであろう,アフラは藤沢とミーズの経緯の経過を尋ねる。

 シェーラは呆れた様に肩の力を落として溜息とともに答えた。

 「次の勝負に持ち越しだってよ,もぅ生徒を巻き込むのは止めて欲しいぜ」

 「結構楽しんでたくせに」小さく笑ってクァウール。

 「そういや、お前,ちったぁ運動しろよ。あんな距離で貧血起こしやがって」リレーを思い出して、シェーラはクァウールに鋭い目を向ける。

 「そうね、誠さんと一緒にトレーニングすれば良かった,そうすればシェーラが二人三脚の時にあんなことを…」その視線を真正面から受け止めながら、クァウールはジト目で返す。

 「そ,そうよ、シェーラ! アンタ何、まこっちゃんにとんでもないことしてんのよ!」同じく思い出して、菜々美がシェーラに詰め寄った!

 「?? あ? ああ、あれ…か…」思い出したように頬を赤く染め、俯いてしまうシェーラ。

 「シェーラ…全然あんさんらしくない反応やわ,それ」そんな彼女を見て、呆れてアフラが呟いた。

 「う、うるせ〜!」その彼女頭を軽くこづき、シェーラは前を行く誠に不意にヘッドロックを食らわせる。

 「何すんですかぁ!!」

 「何となくだよ!」

 「楽しそうだな,誠」微笑のイフリータ。

 「楽しくないわぁぁ!!」誠は叫ぶ。

 「ちょっと、シェーラ!」

 「アンタ、まこっちゃんにベタベタしてんじゃないわよ!」

 誠を中心に、騒ぐ3人の少女を眺めながら、アフラは小さく苦笑した。

 「まだまだ子供やわ」

 じゃれあう4つの影と、それを眺める2つのそれが、夕日を受けて道に長く長く伸びていた。





 「じっちゃん、行ってくるね!」

 快活な少女の声が、見事なくらい晴れ渡った青空に吸い込まれて行く。

 平屋の木造一戸建て,その玄関には幾刻を数えてきたのであろうか、大木を縦に裂いて作られた看板が張られている。

 墨で黒ずんだそれには『旅館・さざなみ』と書かれていた。

 そこから飛び出した少女は眩しげに目を細め、路地を駆けて行く。

 パリっとアイロンがかかったセーラー服の白さが、そこから伸びる褐色の肢体ゆえに目立つ。

 南国を思わせる一階建ての建物が目立つ路地,やがて彼女の視界が開ける。

 ザザァ

 潮騒が塩を含んだ風とともに彼女の白い髪を揺らす。

 青い空と葵い海,そしてその境界線だけが彼女の瞳を支配する。

 「今日も良い風…」白い前髪をかき上げ、気持ち良さそうに風に身を任せる少女。

 視界の下に、白い砂浜と打ち寄せる波を見下ろしながら、彼女はコンクリの堤防の上を歩く。

 と、視界の隅に何かを引っ掻け、視線を砂浜へと向けた。

 人である,ただ真っ直ぐに水平線の向こうを眺めている一人の女性。

 旅人だろうか?

 地元には居ない、見知らぬ顔の女だった。長身の部類に入るのであろう、スタイルの良いその身に白い、大きめのシャツに同色のスカートを纏って潮風に流している。太陽の光をその身一杯に浴び、衣類の白さが目に眩しい。

 端正な作りのその横顔は、憂い,喜び,哀愁,愛しみ,全ての感情が混ざって見える。少女にはその女性の周りだけ、まるで別世界のように見えた。

 見とれる少女の存在に気付いたのか、女性は堤防の上の彼女に視線をゆっくりと向ける。

 藍より青い瞳に、少女が映る。

 女性は優しげに微笑む。その二つの瞳に驚く少女が映っている。

 「あ、あの…・・」

 少女は不思議と赤面、視線を外すように俯く。

 わずかに流れる沈黙に、波の音が耳の中に木霊した。

 勇気を出して、少女は顔を上げる。

 「おはようございます!」

 ペコリ

 頭を下げると慌てて駆け出していった。

 女性はその後ろ姿を柔らかな視線で眺める。

 と、砂浜に伸びた女性の影が不意に盛り上がり、それは一つの物体を浮かび上がらせた。

 「イシエルよ、始末しろといったはずじゃが」

 影は小柄な老人となって、手にした杖を女性に突き付けて詰問。

 「始末したじゃない、確かに『暗殺者』カーリアは殺したわよ。八宝菜」

 「誰が八宝菜じゃ! 師匠に向かって!!」

 「はいはい、アルージャ師匠…」溜息と共に女性・イシエルは呟く。

 「失敗した者には死を、それはお主も先刻周知の筈じゃぞ」

 「これが私の殺し方っしょ」

 「ほぅ、しかし殺したはずの精神が再び生き返ることも考えられるであろう?」アルージャの濁った瞳に突き刺すような殺気が生まれる。

 それを真っ向からイシエルは受け止め、流す。

 アルージャが杖で砂浜を軽く叩いた。

 瞬間、その意味を察したイシエルはアルージャの視線に真っ向から対峙、それ以上の殺気を以って返す。

 「この件を私に任せたのはアンタっしょ。いらぬちょっかいかけないことね,特にあの娘に関しては」押しつぶすようなイシエルから放たれる気配に、老人・アルージャは何時しか額に汗を浮かばせる。それは夏の暑さのためであろうか,それとも…。

 「むぅ…失敗した裏切り者などもうどうでも良いわ,さっさと使命を果たすのだな」

 アルージャは根負けしたように視線を外し、ぶっきらぼうに言い放つ。やがて現れた時と同様に、イシエルの影の中に解けて消えていった。

 イシエルはそんなアルージャに目を止める事もなく、カーリアの走り去っていた遠く堤防の向こうを見つめ続ける。

 「バイバイ、カーリア」

 優しき祈りを込めた呟きは、潮騒の中に解け行く…・・





 6月も終わり、7月の始め。梅雨もしぶとく残る蒸し暑さが、東雲の街を満たしていた。

 東雲と隣街・西雲の間にある比較的大きな商店が並ぶ駅前通りに、一つのカップルが歩いている。

 片や己の肉体を披露するかのようなボディコンに身を包んだ美女,片や気難しそうな顔をした色白のYシャツ姿の青年。

 行き交う人々は必ず二人に目を向けるが、それは少なくとも男の方に向けられるものではないはずだった。

 「合衆国のハッカー達には声を掛けてある」青年・陣内は真面目な表情のまま、隣の美女にそう告げる。

 「奴等と組んで、まずは連邦局のサーバーをダウンさせ、その間にお前の能力で情報を…って何をしている??」隣に話相手が居なくなっているのに気付き、慌てて後ろを振り返る。

 美女・ディーバはあるデパートのショーウィンドウの前で足を止めていた。

 「この涼しそうな服は何じゃ?」彼女はウィンドウを指差した。そこには海と砂浜をバックに、数体のマネキンが水着を着ている風景だった。

 「それは水着だ」

 「水着?」首を傾げるディーバ。

 「泳ぐ時に使うものだ。服のまま泳いだら泳ぎにくいであろう? 水の抵抗を少なくする為に無用な部分は除いてあるのだ」

 「?? ならば裸で泳げば良いではないか?」ディーバは真面目に尋ねる。

 「…それはちょっとなぁ。モラルってものがあるしな」モラルのカケラもない人間から出た言葉とは思えない。

 「そうか」彼女は納得したのか頷くが、その場から離れ様としない。

 「いつまで見ている?」

 「暑いな,陣内殿」

 「そりゃ、夏が近いからな」唐突に尋ねる彼女に、陣内は困ったように答えた。

 「…泳ぎに、行きたい」

 「? なんか言ったか?」ディーバの呟きに、陣内は再び問う。

 「泳ぎに、行きたい」

 「はぁ? そうか,まぁ、夏だからな」

 「では、行こう」

 「お、おい! 何を言っているのだ,お前は?? ちょっと待て、おい!」

 ディーバは陣内の腕を掴んで、デパートに無理矢理入っていった。

 数時間後…

 「…何故、そんなに時間が掛かる…」陣内は、げっそりと疲れ果てた顔で大きく溜息を吐いた。

 「良いではないか,陣内殿も妾の色んな水着姿が見られて嬉しかったであろうが」ニヤリと妖艶に微笑むディーバ。手には水着が入っているのであろう,紙袋が提げられていた。

 「別に」

 バキ!

 「…なんか最近、お前キャラクターが変わってはおらぬか?」肘鉄を食らったわき腹を押さえながら、陣内は苦しげに言い放つ。

 「ところで福引き券を貰ったんだが」無視して、ディーバは片手に一枚の券をひらつかせた。『地域振興福引券』とかなんとか書かれている。

 「あそこで抽選会やってるな」陣内が指差す先には、簡易テントで福引をやっていた。ガラガラと色のついた球の入ったドラムを回して、出た球の色で商品が決まる、ごく普通の福引だ。

 「いらっしゃい!」はっぴを着た若い店員がディーバの持つ券を見て言った。

 「ほぅ、特賞はユーラシア横断旅行か,無茶な企画だ」

 「陣内殿、やってみて良いか?」

 「ああ、せいぜいポケットティッシュでも当ててくれ」

 「夢も何もないな…」苦笑しながら、ディーバはドラムを回す。

 「よっ!」

 カラン…

 出てきた球は、

 「「虹色??」」

 カランカランカラン!!

 はっぴの兄ちゃんが景気良く手鐘を鳴らした。

 「おめでとうございます! 四等の沙見海岸・ペア旅行券です!!」





 東雲高校、昼休みの中庭。

 「あちぃな」

 シェーラは木陰で休みながら、そう呟いた。

 晴れた空、白い雲。7月の夏真っ盛りだ。

 彼女と誠,クァウールに菜々美は中庭の芝に座って昼飯を取っていた。

 「こういう日は海かプールで泳ぎたいわね」

 「あ、それ,良いですね! 誠さん,海に行きませんか?」菜々美の言葉に、クァウールは嬉しそうに提案する。

 「期末試験が終わったらね…」パンを頬張りながら、誠は答えた。

 そう、あと一週間ちょっとで期末試験が行われ、赤点を取ろうものなら夏休みの学校へ来て補習を受ける羽目となるのだ。

 「嫌なこと思い出させやがって!」シェーラが毒づく。

 「でも本当に夏休み,皆で行きませんか?」珍しく、クァウールは積極的に誠に持ちかける。

 「そうやね,どこの海にしよか?」

 「混んでないトコが良いな」

 「じゃ、そこんところは私が調べといてあげる!」お茶を一口,菜々美は微笑んで言った。

 夏が、すぐそこまで来ている。


17 Shut down 了 



[BACK] [NEXT]