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 「不器用〜じゃなきゃ、恋は〜できないわ〜♪ 近ぃ〜かづくほど、冷めるもの〜♪」

 タタンタンタン…

 ラジオから流れてくる歌声に合わせて、リズミカルな包丁がまな板を叩く音が聞こえてくる。

 「だからね〜、もどかしさがぁ〜恋なのよ♪」

 「よっ!」

 ジュ〜

 卵の焼ける香ばしい臭いが、キッチンに立ち込めた。

 「うまく伝えられない、切なさがいいのよ〜♪」

 「う〜ん、まだまだ菜々美みたいに上手くいかないな」

 エプロン姿の彼女は、テーブルに並んだ四つの重箱の中身を眺め、呟いた。

 おにぎりから始まり、卵焼き、煮物、ハンバーグ、定番タコ型ウインナー、唐揚げなどなど…

 「ま、初めて作ったにしては上出来かな?」一人、頷き、彼女はそれら重箱を重ねてふろしきに包み始める。

 「臨時ニュースです,今朝7時頃、東雲北交番にて警官が鈍器のようなもので殴られ、拳銃を奪われるという事件が起きました」

 彼女、イフリータはエプロンを外しながら窓へと歩く。

 「付近の住民の方は暴徒が潜んでいる可能性があります,くれぐれもご注意下さい…」

 「良い天気!」

 イフリータは目を細め、日の光を一杯に浴びて青々と輝く庭先を眺めていた。




 パパン、パン!!

 突き抜けるような青空,穏やかな朝の日の光が降り注ぐ。

 白い突発的な白い煙が破裂音と伴に二つ三つと、青いキャンパスに花開く。

 その空の下、大小の歓声が沸き上がっていた。

 東雲高校の校庭,今日は体育祭である。

 今にも破裂しそうな闘志を持った生徒達がその戦いの場に整列している。その彼等を見下ろすように、ひょろりとした青白い青年が、一段高くなった壇にゆっくりと登る。

 「開会の言葉,生徒会長の挨拶」

 スピーカーから、そう案内の声が流れた。それを満足げに青年は聞くと、壇の前に設置されたマイクに向って鷹揚と喋り出す。

 「今日まで、よく練習に練習を重ねてきたな,我が配下達よ! 今日はその力を私の為に十分と発揮…以下長いので省略…

 そして、とうとう体育祭が始まった!

 「なぁ、デイーバよ」

 「なんだ? 陣内殿?」

 「私の超絶すばらしいスピーチは一体…」

 「ま、まぁ、数人を貧血で保健室送りにしたから良いのではないか?」

 「…」

 ともあれ、体育祭は封を切って破られたのである。




 「いよぉぉしぃぃ!! 行ってくるぜ!」

 ぱんぱん,シェーラは自らの頬を両手で軽く叩くと勢い良く立ち上がる。

 「頼んだぜ! シェーラ!」

 「頑張ってな」

 「全力で、後悔しない様にね」

 パシャパシャ!

 「任しときな!」シェーラは体育仕様と噂のジャージ姿の藤沢,誠,クァウールやクラスの皆にそう答えると、親指をぐっと立てる!

 パシャパシャ!

 「ところで…」

 パシャパシャ!

 「何やってんだ? 尼崎?」

 パシャ!

 「え? ああ、シェーラさんの勇姿をこの僕の相棒・FVに納めておこうと思ってね!」尼崎はFV(えらく高いカメラらしい)を構えたまま、シェーラを撮り続ける。

 ファインダーの向こうにはブルマからスラリと伸びたシェーラの脚線美が映っていた。

 「…テメェ,どうせろくな目的で撮ってねぇだろ!」

 バキィ! アッパーカットの一撃! 吹き飛ぶ尼崎。

 「ううっ,きっついなぁ。ぐふふぅ…」

 「「ど、同級生?!」」一斉に退く女性陣。

 いつもの尼崎ならば即、気絶のはずが今日はまるで闇のオーラに包まれているかのごとくシェーラの打撃技は効いていなかった! 闇のオーラといっても少しピンクがかった闇ではあるが…

 「僕は写真部なんだ。だからこの体育祭の想い出をこのフィルムに納める義務がある。それを果たすまでは決して倒れないよぉ…ぐふふぅ」パシャパシャ! 相変わらずシャッターを押す尼崎。

 「だったら男も撮りやがれ! おらぁ!!」

 バキィ! 尼崎の頭を蹴り、ファインダーの視点を変えるシェーラ!

 パシャ! シャッターが切られる,その時、尼崎がカメラ越しに見たものは…

 体育座りをした屈強な男子生徒の一団,当然、体育着である彼等のその半ズボンの隙間に、見てはいけないものが、尼崎の目にはしっかりと焼き付いてしまった!!

 「グフゥゥゥ!!」吐血!!

 「な、何や,一体何を見たっていうんや?!」

 「わからんでもない…」

 倒れて痙攣する尼崎を誠と陣内は哀れに見下ろす。

 「んじゃ,行ってくるぜ」

 「絶対勝てよ! シェーラ!!」

 藤沢のその声に、シェーラは後ろ手に振って答えた。

 「プログラム@ 100m走を行います」

 アナウンスが流れる。

 「さぁさぁさぁ! 張った張った!」

 「?」聞き覚えのある声に、誠は後ろを振り返る。そこには人だかりがあった,全員が2年生である。

 「何でしょうね? あれ…」

 「さぁ…」クァウールと顔を合わせ、二人は伴に首を傾げる。

 楕円形の校庭は四等分され、1年、2年、3年、来賓席と別れている。当然誠のいる席は2年B組なので2年生のゾーンだ。

 「さぁ、今はD組のファトラさんが一番人気よ! 穴はE組の河合さん,ああ、そこそこ、シェーラさんは二番人気だから配当少ないわよ」

 誠は人だかりの中へと入り込む。そして嫌な予感は的中した。

 「何やっとんのや,菜々美ちゃん…」

 「あ、まこっちゃん!」

 賭博の中心で元締めをしていたのは陣内 菜々美その人であった。

 「こんなとこ、センセに見つかったら停学か,悪くて退学やで! 早くやめんか!!」

 「あら、大丈夫よ」

 慌てて言う誠とは対称的に、菜々美は不思議そうに首を傾げて答えた。

 そして誠の隣を指差す。

 「?」誠は言われるままに視線を移し…

 「…何やってんです? 二人とも…」

 「え? あ、あら、どうしたの、水原君,恐い顔して?」

 「体育祭を盛り上げる一つの手段と考えれば…な?」

 冷汗を流すミーズと藤沢の姿まであったりする…

 「さ、まこっちゃんは誰に賭ける?」

 「…はぁ」誠は大きく溜め息を吐いた。




 「すごい人…こんなにこの町に人って住んでたんだ」

 彼女は驚きに、その細面に藍の瞳を見開いていた。

 淡い青のTシャツをラフに着込み、Gパンの前には両手に提げた大きな風呂敷包みが一つ。

 ウェーブの掛かった長い髪を後ろで一つに束ねた彼女は、戸惑うように右左を見る。

 どこも人人人…

 「誠は来賓席って所にいてくれって言ってたけど…どこにあるのか」

 と、彼女の肩を叩く者がいた。

 「? あら、アフラさん」

 イフリータの後ろにいたのはアフラであった。大き目のバスケットを手に、いつもの澄ました表情をしている。

 タイトなスカートに、堅い印象を与えるスカートと同色のこげ茶色のYシャツを着込む彼女は、体育祭という運動には全く似つかわしくない格好をしていた。もっとも参加している訳ではないから良いのであろうが。

 「何をキョロキョロしてるんどす,イフリータはん?」小さく首を傾げる。

 「え、ああ,ちょっとどうしようかなと。アフラさんはここへは何をしに?」

 「ファトラはんの応援,って言えば聞こえは良いけど、暇つぶしやわ」苦笑。

 「大学の授業は?」

 「夕方までないんどすぇ」

 「へぇ、ラクですね」

 「日本だけやわ,こんなんは。ま、あんさんも応援どすな? 御一緒せぇへん?」

 「それもそうですね」

 二人は取り止めもない話を交わしながら、来賓席へと向って行った。




 「ファ、ファトラ…」

 「シェーラではないか,お主も100mか?」

 スタートラインに並んで初めて、二人は顔を合わせた。

 2年女子100m走,今、東雲高校史に残る激闘の序章がここに切って落とされようとしていた。

 「位置に付いて!」

 銃を構えた生徒が、スタートラインの横に立ってそれを空に向ける。

 二人は他の生徒と主に自らのコースに付いた。

 右からA,B,Cと続き、Fまで6組6人の代表達が並んだ。

 「…負けねぇ」

 「ふふふ…おぬし如きがわらわに勝てるかな?」

 「用意!」

 「ぜってぇ、勝つ!」

 「よし、受けてたってやろう」

 パァン!

 ダダッ!!!

 乾いた音と伴に、走者達の時間がゆっくりと流れ出す。

 スタートで勝ったのはシェーラ,しかしそのすぐ後をファトラが追う!

 二人は他の四人から10mの時点ですでに抜きんでていた。

 ほとんど並んで走るシェーラとファトラ。

 「ちぃ、食らえ!」肘を隣に突き出すシェーラ。

 「フッ,笑止! 秘技・電撃シュバ〜ン!」それをファトラは左手で軽く撫でた。

 「あうっ!」僅かにスピードが落ちるはシェーラ。その右腕が力なく下がっている。

 「妨害でわらわに勝とうなど、およそ23年早いわ!



 「あ、あれはロシュタリアの王家に伝わる伝説の秘技!」

 「??」

 アフラの驚愕に、イフリータは首を傾げる。

 「秘技って…」

 「肘の軟骨があるやろ? あれをクリッと動かしてやると電撃は走ったように腕がしびれるんどすぇ」

 「…それが王家の秘技?」

 「…まぁ、秘技も一108つあるから、こう、しょうもないもんも多いわ」

 「ふぅん…」

 二人は何事もなかった様に続けて、広げたレジャーシートの上でお茶を啜る。



 「でりゃぁぁ!!」

 「ずりゃぁぁぁぁ!!」

 「ご〜〜〜る!!!」叫ぶアナウンサー。

 雄叫びを挙げてゴールする二人!

 「ゴールはほぼ同時だぁ!! 写真判定に持ち込まれます!!」

 三位はE組,しかし一,二位の旗は未だ持ち主が決まっていない。

 「はぁはぁ…なかなかやりおるの,シェーラよ」

 「お前もな、ファトラ!」

 二人の走者は息を切らしながら判定を待つ。

 「こ、これは!! 解説の鷲羽さん、これは驚きの結果ですよ」

 「ほぅほぅ、なかなか興味深い結果ね」

 「一体どっちなんでぇ」

 アナウンサーと解説者の二人の声が響くだけだ。

 「では判定写真を、この映像君5号で空に写してみましょ。それ!」

 ヴヴン…

 「「おおおお!!」」

 空一杯に映る一つの映像に、群集の喚声があがる。

 二人は同時ではあった。

 しかし…

 胸の差があったのである!

 「「シェーラだ!!」」主に2−Cからの喚声。

 「いよっしゃぁぁ!!」

 「…普通に負けるよりも腹立たしいのぅ」

 飛び上がって喜ぶシェーラを、ファトラは憎々しげに睨む。

 「しかしな…次の200mはわらわが必ず勝つ!!」

 「へへへ,返り討ちにしてやるぜ!」



 「どないしました? イフリータはん?」

 アフラは隣で俯くイフリータに怪訝な視線を向けた。

 「え? ああ、私の方が大きいなって思って」

 上空に映るシェーラとファトラの映像を見て、満足げに頷いている。

 「…んなもの比較してどうするんどすか…」

 そして、そうこうしている内に、プログラムは順調に進み、短距離の行程は終了した。

 2年の女子短距離はそのほとんどがファトラvsシェーラの戦いで戦績はほぼイーブン。

 しかし双方のクラスは男子短距離でそれほどの成績は収めることができず、シェーラの率いるC組は三位,ファトラの率いるD組は二位であった。

 なお、一位はE組,四位以降はA,F,Bと続く。各々一0点差くらいである。

 1年、3年にしても同じようで、大きく抜きんでたクラスは今の所、ない。

 「あれ、あれは菜々美だ」

 イフリータは校庭に現われた見覚えのある人影に手を振る。

 「あ、イフリータ! ここにいたのね」

 駆け寄って来て、菜々美は微笑む。その隣には一人の少女がくっついていた。

 「何の競技に出るんだ?」

 「障害二人三脚よ」

 「ほぅ」

 イフリータとアフラは菜々美の左足を見る。そこは隣の少女の右足とはちまきのようなもので結ばれていた。

 「菜々美ちゃん、そろそろ始まっちゃうよ」

 「そうね、小坂さん。じゃ! 応援してね!! アタシ達1年が終わったら、次は2年でまこっちゃんもでるからね」

 「わかった」イフリータは微笑み、ぎこちなく走って行く二人に手を振る。

 それに小坂は小さく会釈するが、その間にも菜々美に引っ張られて行ってしまった。

 「しかし…障害二人三脚って一体何どすやろ?」

 「二人三脚で障害物走やるんじゃないか?」アフラの問いに、イフリータはあっさりと答えた。

 「危ない競技やわ」

 「考えた奴の顔が見てみたいものだ」



 「っくしぃ!!」

 「? 風邪か? 陣内殿??」レジャーシートの上に腰降ろしたディーバは、隣の生徒会長に視線を向ける。

 「いや、噂だろう。ところでディーバ,何故お主、この2−Cの席にいる? 教職員の席に戻らんのか?」

 陣内の疑問に、彼女は苦笑して頷く。

 「教頭がごちゃごちゃとうるさいのでな」




 「三勝三敗…引き分けか」

 「勝負は全体で勝った方の勝ち,じゃな」

 「ああ、依存はねぇ」

 『走る』競技を全て終えた二人はそう言いながらにらみ合う。

 あらゆる『走る』競技の出場選手に登録していた二人,結果は引き分けであった。

 この引き分けによって一番儲けたのはある1年女子だったというが、それは定かではない。

 ともあれ、すでに藤沢vsミーズの戦いはシェーラvsファトラのそれでもあった。

 「2年障害二人三脚の選手の方は、スタートラインに集まって下さい」

 アナウンスが流れ、シェーラはファトラから目を離した。

 「行くぜ,誠! 出番だ!!」

 「え? う、うん!」

 「頑張ってこいよ、二人とも」

 「応援してますわ」

 見送る藤沢とクァウール,B組の皆に、誠とシェーラは神妙に頷くと勢い良く駆けて行った。

 入れ違うように菜々美と小坂が現われる。

 「ファトラさん,まこっちゃんは?」

 「今丁度、シェーラと競技に行ったぞ」

 「まこっちゃん,私達の見てたかな?」心配げに菜々美は王女に尋ねた。

 「??? わらわとシェーラの言い合いを見てたから、多分見てないと思うが」

 「…」菜々美は隣の小坂と顔を見合わせる。

 「二人三脚がどうかしたのか?」怪訝に尋ねるファトラ。

 「…それが」

 「1年は完走者が一組のなかったんですよ」小坂が答える。

 「最後の借り物競争がね,絶対無いものばっかりなのよ! あんな馬鹿なこと書くのは…」

 ビッシィ! 菜々美はC組の一人を指差す!

 「お兄ちゃん,アンタでしょう!!」

 「? なんだ、菜々美か,あんなものも完走できんとは、情けない奴だな」

 声を掛けられ、陣内は後ろを振り返る。

 「大体ねぇ,『きんさんの入れ歯』なんて何処にあるのよ!!」

 「ああ、それはわらわが書いたモノじゃ」ポン,手を叩いて笑うのは、陣内の隣に侍る様にして座るディーバだ。

 「気合と根性で手に入れてこんか,兄として情けないわ!」

 「そんな兄を持ったアタシの方が恥ずかしくて外もでらんないわよ!!」

 「菜々美ちゃん,そこまで言わなくても…」小坂はたじろぎながらも隣の菜々美に忠告。

 なお、二人の足は未だ繋がったままだ。

 「じゃ、小坂さん? あなたあんなお兄ちゃんが欲しい?」

 菜々美の問いに、小坂は一瞬の逡巡,そして。

 「…ごめんなさい」

 「こらこら!」陣内のツッコミ。

 「大体ねぇ、二人三脚で平均台なんてやらせないでよ,どこの誰が出来るって言うのよ!!」

 「あいつら…」

 「え?」

 陣内が指差す校庭ではすでに2年の障害二人三脚が始まっている。

 トップで抜きつ抜かれつのデットヒートを繰り広げる三組があった。彼等はすでに平均台や網,ハードルをクリアーしている。

 その三組の内の一つに、C組の姿があった!



 「む、無茶苦茶な競技や」

 「ほらほら,ペースが落ちてるぜ!」

 「そないなこといっても…シェーラさんほどの体力は僕にはありませんから」

 「…仕方ねぇな」

 多少ペースを落とす誠・シェーラ組。

 すでに最後の100m直線に入っている。その100mの先には何か机が置いてあるが、おそらく計算問題か何かなのであろう。

 「お先に!」

 「じゃ!」

 誠達をデットヒートを繰り広げていた二組が誠達の前に出る!

 「チッ!」くやしげに舌を鳴らすシェーラ。

 「すいません」

 「あやまるなよ,これは二人揃って初めて出来る競技なんだろ,ここまでアタイのペースに付いてこれただけでも十分さ」言って彼女は苦笑。

 「今度はアタイがお前のペースに付き合う番だろ」

 「…負けって決まった訳やないみたいですよ」

 「?」

 誠は前を見て、不敵に微笑む。

 先に行った二組はゴール前の机で茫然と立ち竦んでいるではないか。

 「よし!」二人は机の前までやってくる。

 「? これは?」

 「最後は借り物競争よ,机の上にある紙の書いてあるものを私の前まで持って来てね」

 「あ、鷲羽先輩…」

 「今は体育祭実行委員よ。さっさと紙を取って」

 「あ、はい」

 誠は机の上に置かれた紙の一つを取る。

 「じゃ、とっとと書かれたものを持って来てね」

 「はぁ」

 誠は四つ折りされた紙を開く。

 「え…」

 「なんだぁ、こりゃ!」

 誠とシェーラは絶句。

 『あなたの恋人』

 「何なに? 何だった?」

 鷲羽が横から覗き見る。

 「なぁんだ、簡単じゃないの」

 「「どこが!!」」

 「ちなみにあそこで茫然としてるD組は『マルチの耳についてるアレ』だし、隣で涙してるE組は『平野耕太の拝Hi−テンション』(絶版)よ」

 「「そんなもん見つかるかぁぁ!!」」

 「だからそれに比べりゃアンタ達のは全然楽でしょうが」

 ヤレヤレ、困ったように苦笑する鷲羽。

 「ちなみに良いかどうかの判定は、会場の観客2/3の賛成の拍手が必要だからね。この鷲羽ちゃん特製の拡声器で会場に聞いてあげるからさ」

 「「さらし者かぁぁ!!」」

 「とっとと行け!」

 二人は尻を鷲羽に蹴られる。二,三歩踏み出すが、すぐに立ち止まった。

 「…シェーラさん,どうぞ」小声で、誠は紙をシェーラに手渡そうとする。

 「誠がなんとかしろよ」と、こちらも小声で周りに聞こえない様、拒否する。

 「僕には恋人なんていませんよ」

 「アタイにもいねぇよ!」怒鳴りそうになるが、慌てて口を閉ざすシェーラ。

 「じゃ、どうするんです…」

 「何とかしろよ,そうだ、菜々美でも連れてこい,それに決定、な、そうしろ!」

 「嫌ですよ,シェーラさんこそ…そうだ、尼崎を!」

 「…殺すよ,誠」ギラリ,シェーラから突き刺さるような殺気が生れた。

 「言い過ぎました,ごめんなさい」目で殺され、誠は縮み上がる。

 「でもマジでどうする?」

 「棄権しましょうよ」

 「それは却下だ,負ける訳にはいかねぇ」即答のシェーラ。

 「じゃぁ…演技しますか?」

 「それしかねぇな」

 「「はぁ」」

 二人は大きな溜め息の後、頷きあい…

 「鷲羽先輩,どうぞ!」

 誠は手にした紙を鷲羽に渡す。

 「で、どっちが?」鷲羽は首を傾げて問う。

 「両方や」

 「両方って…?」

 「アタイ達ってことだよ!」

 叫ぶ様にして言って、シェーラは顔を真っ赤にして俯いてしまう。

 「ふぅん…そうなの? じゃ…」

 鷲羽は何処から取り出したのか,拡声器を手に会場全体に声を放った。

 「まず一組目,水原―シェーラC組の借り物競争です。お題は『アナタの恋人』」

 ヒュ〜ヒュ〜

 野卑な口笛があちこちから聞こえてくる。

 「で、二人しかいないけど、まさか…」ニヤリ,鷲羽は微笑んで誠に拡声器を近づける。

 「僕らはつきあっとる!」



 「ええ!!」驚愕のクァウール。

 「…クァウールさん,演技に決まってんでしょ」その隣で菜々美は苦笑してツッコミを入れる。

 「でも菜々美ちゃん,これって…演技だって分かる人、少ないんじゃないの?」

 「それはそれで良いわよ,まこっちゃんに言い寄ってくる人が少なくなるってことだし」サラリと小坂の危惧を逆に自分の都合の良い方向へ持って行く彼女。

 「でも、なんか嫌な展開のような気がするなぁ」

 小坂の不安は遠からず当たることとなる。



 し〜ん

 「あ、あれ? どないしたんでしょう? シェーラさん」

 静まり返った会場に、誠は慌てる。

 しかしシェーラは俯いたまま答えない。

 「ちょっと信憑性が薄すぎるわねぇ,物的証拠がないと」鷲羽が会場の意見を代弁した。

 「「物的証拠??」」

 「んじゃ、ここで軽くキスでもしてもらえば、皆信じられるわよね!」

 「「お〜〜!!」」

 「ん、んな…」

 「ちょ、ちょっと待てよ,おい!」

 「何よ,恋人同士なんでしょ? 今の進んだ世の中、それくらい出来て当然,っつ〜か、それ以上もやってるらしいわよ,うひひ…」

 ひがみなのか、顧問であるストレルバウの影響なのか,野卑の笑みで一杯の鷲羽。

 「ささ…ぐぃっと、さぁ!」

 「…クッ! 一体どないしたら…」迫り来る鷲羽にたじろぐ誠。

 「誠…」すぐ隣で、蚊の鳴くような小さな声が聞こえる。

 「?」振り返る誠。

 それがシェーラのそれであることに、彼は気付くのに数秒を要した。

 彼の唇を、柔らかい何かが塞ぐ。

 硬直…

 沈黙…



 「あ…」

 イフリータは胸に痛みを感じる。

 “何だろう,これ…”

 シェーラが誠と口付けしている光景が、イフリータの心に焼き付く。

 「痛い…」彼女は、自らの胸を押さえる。

 しかし彼女の視線は誠とシェーラから離れない。

 「イフリータ…」

 そんな彼女の姿が、アフラの何物も見通すような瞳に映っていた。



 永遠とも思われる瞬間が過ぎる。

 「バカ野郎…」熱い吐息と伴にそんな短句が誠の耳に触れた。

 パチパチ

 パチパチパチ

 ちらほらと、沈黙を破るように拍手が生れる。

 パチパチパチパチ…

 「水原―シェーラC組,ゴール!!」鷲羽が叫ぶ!

 「シェーラさん…」

 「…」誠の腕をしっかりと胸に抱いて、シェーラは俯いたまま歩き出す。

 二人はゴールのリボンを切った。

 その足で二人は校庭から出る。

 「ゴメン、シェーラさん…」

 「何であやまんだよ…」俯いたまま、彼女は呟く。

 「だって…」

 「あやまられるくらいの価値のものなのかよ」誠を見上げ、シェーラは詰問。

 「え?」

 「あやまって欲しくないんだよ,アタイはそんな価値のないことをしたのか?」

 「…」

 「もっと自分に自信を持てよ,誠…」

 「シェーラ…さん」

 バキィ!

 突然に、シェーラのアッパーカットが誠を襲った!

 「いった〜」顎を押さえて誠はうめく。

 「バ〜カ、冗談だよ! ったく、キスの一つや二つでワイワイ騒ぎやがってよ!」小さく舌を出して、シェーラは意地悪く笑って言った。

 「そうじゃぞ、キスの一つや二つで騒ぎおって」そんな正面からの声に、誠とシェーラは顔を上げる。

 ファトラが一人、笑みを浮かべて立っていた。

 「だがその一つや二つでも、結構騒ぎにもなるものだがな。逃げた方が良いぞ,誠」

 「へ?」ファトラの言葉を理解できずに、彼は頭を捻る。

 「色々とあるんどすぇ」今度は背後からの声。

 「アフラさん…それにイフリータ」

 振り返り、そこに立つ二人に誠は視線を向ける。

 アフラは良いとして、イフリータの顔色は、悪い。

 「よぉ、アフラ!」シェーラは誠との足のはちまきを解いて彼女に駆け寄る。

 「ちゃんと弁当作って来てくれたか?」

 「イフリータはんと場所は一緒にとってありますわ」苦笑するアフラ。

 「イフリータ?」誠はそんなアフラからイフリータに視線を移して、名前を呼ぶ。

 「誠…私…」胸を押さえて、イフリータは苦しげに誠に歩み寄った。

 瞳が潤み、今までに見せたことのない儚さのようなものが読み取れる。

 “弱さ?”誠は何故か妙な罪悪感を感じた。

 「3年障害二人三脚をスタートします! それでは位置に付いて,よぉ〜い…」

 パパァン!!

 「スタートダッシュはE組が早い…

 っと…

 誠は背中に重さを感じた。

 「? どないしたんです?」誠はイフリータから視線を外し、後ろを首だけで振り返る。

 急に彼の背中に寄り掛かったのはファトラだった。きつく、誠の体育着を掴み小さく震えている。

 ファトラの背には一つの赤い点があった。それは次第に大きくなって行く…

 「!!」それが何なのか気付き、彼は慌ててファトラを抱きしめてその先をきつく見据える。

 白髪褐色の少女,不敵に笑いながら冷汗を流し、両手でうっすらと煙の立つ鉄の塊を構えていた。

 「「カーリア!!」」シェーラとアフラが叫ぶ!

 「ファトラ…さん…」

 誠は胸の中、荒い息を吐きながらその彼の手を赤い命で少しづつ濡らして行く少女を、守るように強く、強く抱きしめた。


15 kiss you 了 



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