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 夏の日差しがキラリ、高い高い青空から降り注ぐ。

 真夏のムッとした湿気が、地面から上へ上へと立ち上っているような気がする。

 「東雲は暑いのぅ…」

 「ホント、暑いですねぇ」

 「でも、気持ち良いよ!」

 2人の制服姿の高校生の前で、一人の女性は優雅に両手を広げて一回転。白く長いスカートがフワリ,舞った。

 そのまま後ろ歩きをしながら、ダレた表情の2人の男女に笑いかける。

 「細胞の一つ一つに活力が注ぎ込まれるみたい。そう、思わないか?」

 「「あんまり…」」口を揃えて言う高校生コンビ。その面はまるでウリ2つ,ただそこに男女の差があるだけだった。

 その内、女性の方が男性に話し掛ける。

 「ところで誠よ,どうしてわらわを選んだのじゃ?」

 前を軽やかな足取りで進む女性を眺めながら、彼女は尋ねた。

 「晴れた土曜半ドンの日、部活にも入らずに暇そうにしてる僕の知り会いといったら、ファトラさんくらいやわ」ハンカチで汗を拭いながら、誠は呟く。

 「心外な,暇ではないぞ。わざわざお主が頼むから、今日入っていた予定をすべてキャンセルしたのじゃ」

 「予定…ねぇ」特殊な趣味のあるファトラの予定である,通常(?)の感覚をもつ誠にはロクでもない予定にしか映らない。

 真っ直ぐと街へと伸びる道路,陽炎がユラリユラリと漂っていた。

 「菜々美なんかだと、良いアドバイスしてくれように」

 「アカンわ,一日じゃ決まらへん。あっさりとそれでいてしっかりと選んでくれる言うたら、ファトラさんしかおらへん思うたんや」

 「お主にとってわらわは結構買われておるのじゃのぅ」両腕を組んで、一人頷くファトラ。

 「というか、身内のような感じがするさかい、気兼ねせんのや」

 「仮にも一国の王女に馴れ馴れしいわ!」バシバシ,誠の背中を力一杯叩く。しかし彼女の表情には何か嬉しさのようなものが浮かんでいた。

 その2人に向って、前を行く女性が振り返った。

 「2人とも早く! タラタラ歩いているといつまでも暑いぞ」

 「「はいはい」」

 足を速める二人。

 「でだ」ファトラが耳打ちする様に続ける。

 「イフリータにはどんな水着が似合うと思う?」

 「さぁ? 分からへんからファトラさんを呼んだんやないか」

 「それはそうだが、見てもらいたい相手の趣味に合わせるのが普通じゃろ」ニヤリ、微笑みファトラ。

 「ちょ、見てもらいたいって…」

 「イフリータにとってはそうだと思うが…露出度の高いツーピースが良いか? それとも『僕のイフリータをそんな目で見るなぁ』って感じでワンピースが良いか? はたまた水に濡れると解けてしまう、オブラート製の水着とか」

 「あ、あのね…」誠は額に汗する。夏の暑さだけではない。

 「ああ、マニアックなところでスクール水着かの?」ポン,手を叩いてファトラ。

 そしてしばらく黙りこくり、非常に怪しい笑みを浮かべる。どうやら想像力は豊かな王女の様だ。

 「人選、誤ったやも…」

 「ま、どの道お主もイフリータの着替えには付き合って貰うのだし」

 「ええ!? 僕は遠くで待ってますよ」慌てて誠は言い放った。

 「ほほぅ、良いのか,個室に美女一人、わらわの手が伸びるぞ? もぉ成人小説のような展開になっても良いのか? それを待ち望んでいるものも多いやも知れぬが…」

 妙な手の動きをかませつつ、ファトラは怪しく笑う。

 「…イフリータの身の危険のためや、僕も傍にいるわ」仕方なしに,誠は溜息をついた。

 「またまた、イフリータの水着ショーが見たいだけのクセにのぅ,ああ、いやらしい」冷やかすファトラ。

 「どうせいちゅうんですかぁ!!」涙ながらに誠は叫んだ。

 「どしたの? 誠?」

 前を行くイフリータが怪訝そうに、誠に問いかける。

 「え、いや、何でもあらへん」

 「そう? でも楽しみだなぁ,誠とお揃いの水着が良いな!」

 「「いや,それは無理でしょう」」

 珍しく二人の声がはもっていた。

 


 3人の人影が彼女の前を通り過ぎる。

 「東雲は暑いっしょ…ともあれ!」

 彼女は懐から掌に乗るくらいの小さな壷を一つ、取り出す。

 その蓋を開け、口を遠く去り行く背を向けた3人に向けた。ユラリ,白い煙のようなものがその口から漂よい…

 ヒュゥン!

 バキン!!

 白光が刃となって彼女の壷を叩き割った!

 壷は砕け散り、粉のようなものが舞い落ちる。

 「何奴!!」

 壷の破片の中に一本のナイフを見つけ、構える彼女。その彼女の前には一人の少年が立っていた。

 小学生高学年か、中学一年? 髪をポニーテールにした可愛らしい少年だった。

 「シェーラさんもアフラさんもいない、この時を狙うっていうのは、まぁ確かに常套手段だね。実に基本に忠実だ」声変わりはまだなのだろう,少しソプラノがかった声で彼は告げる。

 その大きな瞳には、風貌に似つかわしくない鋭いものが光っていた。

 「ファトラの護衛…」

 「ご想像はお好きなように,イシエルさん」小さく敬礼。

 「…子供を殺すのは気が進まないけど、ま、しかたないっしょ」

 パチン,イシエルと呼ばれた女性は指を鳴らす。

 途端に彼女と少年を暗闇の世界が覆った!

 「私の香を割ったのは良いけど、その効力はこの場に留まっているっしょ。もっともあの王女の命を多少延ばすことは出来たみたいだけどね」小さく笑うイシエル。

 そして少年もまた、微笑んだ。

 それは余裕の笑み。

 対称的にイシエルの表情から笑みが消え、映るものは何もなくなった。

 「貫け,岩櫛よ!」

 暗殺者の声に合わせて、暗闇から生れたアスファルト製の岩の剣が少年の右胸を貫いた!!

 「ふぅん…これが貴女の幻術か。良く出来ては、いる」

 胸から血をほとばらせながら、少年はイシエルに一歩、また一歩近づいてくる。

 「?! 死ね!!」剣と化した岩が少年の右腕,そして左足をもいでいく!

 が、少年はやはり何もなかった様にイシエルへの歩みを止めない。左足を失っているにもかかわらず、まるで足があるように!

 「?!?」イシエルは一歩、後ろに足を引く。

 「この程度の幻術じゃ、僕の心には届かないよ,お姉さん」

 「…確かに、この程度の装備ではお前を殺しきれないようね」イシエルは苦笑。その姿が闇に解け始める。

 「貴方のお名前,聞きたいわ」

 「残念だけど、本命の女の子以外には名前は教えないんだ」少年は消えゆく暗殺者に答える。

 「そう、残念だわ。じゃ、またね,坊や。次はさよならだけど」

 そして、

 閑静な住宅地の路地に、少年は一人佇んでいた。

 「ふぅ…やっぱり僕達じゃ荷が重いよ,ルーン様」大きな溜め息と伴に、少年は落胆を伴なった呟きを吐く。

 天高く、これから猛暑がやってくる予感を感じざるを得なかった。

 夏休みが、始まる。

 


 青い空、白い雲、眩しいばかりに日の光を照り返す青い海原!

 「3番,尼崎 仁! 歌わせていただきます」

 ガタガタと地面の凹凸に伴った心地良い一定のリズムに揺られながら、窓から流れ込む風に潮騒と、独特の香りを感じる。

 「白いつぅばさぁのぉ〜がっちゃま〜ん!」

 「「ひゅ〜ひゅ〜」」

 僕らは今、旅行に出ている。

 ファトラさんのクラス,柾木君のつてで、沙美海岸に安く借りられる宿を見つけたのだ。なんでも彼の遠縁の老夫婦が営んでいるらしい。

 期末試験の成績の悪かったシェーラさんや尼崎などは補習を何とか終わらせ、ようやく8月に入ったこの日、出発と相成った。

 結局、参加者は人の良い柾木君の人柄もあって、一学期の修了式までに膨れ上がり主にC組,D組を中心としておよそ20名近くもの大所帯になっていた。

 しかし…このメンバーで何も起きなければ良いが。

 熱唱する尼崎とそんな彼にフライングニールキックをかますシェーラさんを眺めながら、僕は心配になる。

 トントン,肩を軽く叩かれた。

 ゆっくりと振り返ると、心配そうに僕を見つめるイフリータの顔がすぐ側にある。

 「車酔い? 誠?」

 「ん,いや、海を眺めてたんや」

 イフリータもまた、僕の言葉に窓の彼方を見つめる。

 彼女の蒼い瞳に、それよりも深い葵がインクを流したように広がって行く。

 不意にそこに僕の顔が映った。

 「あの向こうには、何があるんだろうな?」純粋な、心から呟かれる彼女の疑問。

 「きっと…」

 「なぁにやっとる! 二人とも!!」

 スパコ〜ン!

 「「いたた!!」」

 頭をハリセンで引っ叩くのはファトラ王女。舗装のひどい悪路でこの小型バスが上に下にと大きく揺れているにも関わらず仁王立ちしている。

 「飲んどらんではないか,誠、それにイフリータ!!」言いながら彼女は僕達に『麒●発泡酒』と書かれた缶を2つ、投げつけた。

 自らも栓の開いたそれをグィっと一気飲み。すでにへべれけさんである。

 「未成年やさかい」僕はそれを受け取りつつも、慌てて言い返す。

 「発泡酒はビールではないぞ」目が据わってファトラさんは訂正。

 「いや、酒やないか…」

 ファトラさんはしばし考え…止めたらしい。よっぱらいに理屈は通じない。

 「しかし許しは出ておるぞ」彼女の指さす方向を見てみると、アニソンを熱唱する尼崎に野次を飛ばしながら、他の生徒にファトラの持つのと同じものを投げて寄越すミ−ズ先生の姿があった。

 「無礼講じゃ、無礼講!」

 笑いながらファトラさんは酔ったオヤジよろしく、僕の背中をばしばし叩くのであった。

 そんな向こうでは、

 「俺にも酒を〜」

 「先生は運転してんでしょ! 何考えてんの!!」

 菜々美ちゃんに叱咤されて泣く泣くハンドルを握り続ける藤沢センセ。

 バスでの移動になったために協力してもらったのであるが、ついでに当然(?)ながらミ−ズ先生も付いてきている。年長者であるこの二人が引率と言う形になっている。

 「ところで誠さん?」

 「何です? クァウ−ルさん?」椅子の後ろから声を掛けてくる彼女に、僕は上を向いて答える。

 「陣内さんはどうしたんでしょうか?」

 「なんか用事があるみたいや。もともとアイツ,こういうの好きやないし」

 「そうですか…」クァウールさんは陣内を思い浮かべて答える。

 誘ったのだが今日以降、何やら用事があるらしい。

 「何か悪事でも企んでるのではないか?」缶ビールを一口,ファトラさんがもっともらしい意見を述べた。

 陣内が来ないで、僕は或る事を思い出す。

 「そういやクァウールさん。アフラさんは来られないんですか? ファトラさんの護衛聞いてたんですが」

 「アフラも私用があるって言ってましたわ。それにアフラの護衛というのはシェーラのような物理的な護衛ではなく、情報面での護衛ですし…」言い方が難しいのか,困った顔で彼女は語尾がどもる。

 「…ああ、そうなんや」

 アフラさんのコンピューター処理能力は二度目にあった時に目の当たりにしている。エルハザードの王女が入学しているのにマスコミやらなにやらが全くやって来ないと言うのは、やはり彼女の手腕によるものなのだろう。

 「でも妙なところで会ったりするんだよな、そういう時って」イフリータがそんなことを呟いた。

 “妙なところで…かぁ”

 夏休み前最後の部活の日、別れ際に会った鷲羽先輩とストレルバウ博士の怪しい笑みが、この時何故か僕の脳裏に浮かんでいた。

 キッ!

 小型バスが止まる。

 海沿いのサービスエリアだった。

 「お〜っし! 休憩だ。トイレ行くだったら今のうちに行っとけよ! この先はもうないからな!」

 藤沢センセの声が響く。

 「う〜、気持ち悪い…」

 「ファトラ様、飲み過ぎですよ」

 バスが止まった途端、ファトラさんの顔が青くなる。

 「ちょっと外の空気に当たった方がええな」

 「そうですね、私,連れて行きます」

 「う〜」

 クァウールさんの肩を借りて、ファトラさんはヨロヨロと出ていった。

 外を眺める。

 菜々美ちゃんとその隣で深呼吸する小坂さんの二人と目が合った。

 二人はこちらに向かって手を振っている。

 サービスエリアに沿った崖の下に広く海が拓けていた。そこから吹き上げる風に、彼女達の髪が上へ向かってたなびいている。

 「僕等も外の空気に当ってこよか?」僕は隣の彼女にそう,声を掛ける。

 「ん!」

 頷くイフリータ。僕は彼女の手を取り…彼女の手を引く僕の動きが止まった。

 「どうしたんや? イフリータ?」僕の手を掴んで、立ち止まったままのイフリータ。

 彼女の瞳はまるで人形の様に虚空を見つめていた。




 私の撒く桜の花片が、彼女の髪の上に降ってくる。

 眼下には医院を始めとする東雲が一望できた。

 「ちょっと、つらかったですか?」

 「いいえ。大丈夫です」

 彼女の手を引く青年の問い掛けに、笑顔で答える。しかしそれとは裏腹に、彼女の息は多少荒い。

 「この絶景は今の季節しか見れませんもの」

 「そうですね」

 2人は私を,上を見上げる。

 そんな彼らに、私は吹き抜ける風に身を任せ、桜色の雨を降り注いだ。

 「久しぶりです、こんなすっきりとした気分になれるのは」満面の微笑みで、彼女は青年に告げる。青年はその言葉に首を傾げた。

 「? 夏樹さんと散歩に出たりしなかったんですか?」

 「い、いえ」彼女は慌てて否定。

 「そういう意味じゃなくて…」言葉は消え行く。

 しばらく2人は無言で、私の足下に背を預ける。

 「啓一さん。父はなんと言っていました?」

 「心から心配なさっていましたよ」

 「…嘘」

 「どうしてそう思うんです?」

 「…私、生まれてからずっとこんなだから、父には迷惑をかけてきました。私のせいで母は亡くなりましたし…きっと恨んでらっしゃる」

 深刻そうに呟く、彼女の言葉にしかし啓一は小さく苦笑する。

 「?」

 「今回、私が街に出たのは学会の他にもやることがあったからなんです」

 啓一は遠く、東雲の向こうを眺めながら続けた。

 「貴女の父上に会って、頼んだんです」

 「父に頼み事…ですか?」

 「ええ」微笑み、啓一は彼女に振り返る。2つの瞳に彼女の姿が映る。

 「遥さんを下さいって」

 「え?!」

 「そしたら思い切り殴られました。私の大切な娘をお前何ぞにやれるか!って」クスクス,思い出しながら微笑む。

 「え、えと…私…」しどろもどろになりながら、遥はいきなりな啓一の言葉に白い顔を真っ赤にさせていた。

 「だから変な心配しないで下さい。貴女の父上は心から貴女を大切に思っていますよ」

 「…それを確かめる為にわざわざ父に会いに…?」彼の言葉の意図を理解し、呆気に取られように彼女は啓一を見つめる。

 「気になっていたのでしょう?」

 コクリ、遥は頷く。

 「患者を回復させるのが医師の役目ですよ。心のつかえ,取れましたね?」

 「はい…」

 「でもね」

 一拍置いて、啓一は言う。

 「本気ではあるんですよ」

 「…」遥の息が、止まる。

 「そしたら条件を出してくれました」優しく微笑み、啓一。

 「条件?」

 「ええ、少しはお国の為に働いてみろってね。田舎に逃げこむような根性なしに娘はやれん!と言われましたよ」痛い所を突かれたとでもいう様に、苦笑に変わって彼は言う。

 「それって…」半ば呆然と、遥。

 「軍医として、しばらく戦地に赴きます」真剣な表情に戻り、啓一ははっきりと言い放った。

 「?!」

 「戻ってこれたら…」彼は桜降る上を見上げる。

 「もう一度、ここで会ってくれませんか?」

 視線を緩やかに真っ直ぐに,遥かの視線へと戻し、啓一は問い掛ける。

 数瞬の間。それは迷いではなく、いきなりの出来事に戸惑う間。

 「はい。ずっと…ずっと待ってます…」

 弱々しくもはっきりと言葉を紡ぐ。

 「ありがとう」

 啓一は嬉しそうに笑みを浮かべ、彼女の頭を軽く撫でる。

 「啓一さん…」照れた様に、遥は顔を今まで以上に赤くして俯いた。

 「遥さんにお守りがあるんです」啓一は思い出した様に懐のポケットから小さな赤い輝きを取り出した。

 遥の左手を取り、その薬指に赤い輝きを重ねる。

 「これは?」

 遥の指に輝くは、小さな鮮やかな赤い宝石の嵌まったシンプルな指輪。

 「その石はイフリータという炎と活力を生み出す石だそうです,我が家に昔から伝わっているんですよ」

 珍しそうにそれを眺める遥に、啓一は告げる。

 「言い伝えは信じませんが、御利益があれば,ね」

 「宜しいんですの? こんな大切なものを私が頂いてしまって…」恐る恐る、遥は啓一を見つめる。

 「貴女だから、持って頂きたいんですよ」そこのは彼女を安心させる笑顔があった。

 「大切にします」胸に嵌まる左手を抱き、遥は噛み締めるように目を閉じる。

 その瞼の下から、澄んだ気持ちがゆっくりと溢れ出して行った。

 そんな遥を私はじっと見つめる。

 喜び、悲しみ、安堵、不安,私はこの女性から相異なる感情の攻めぎあいを感じる。

 ”知りたいな”

 彼女はどういう気持ちなのだろう? 人間の気持ちは、私には理解できるのだろうか?

 ”知りたいな”

 彼はそんな彼女をどう見ているのだろう? 今はまだ、気持ちをまっすぐ伝えることのできないもどかしさ,感じる気持ち。

 ”何故だろう?”

 何故、お互いこんなにも想っているのに、届かないんだろう?

 いや、届いている。形にできないだけ…

 ”なれるのかな?”

 私は、彼らのような心を持てるのだろうか?

 持ちたい,知りたい,もっと貴女を…

 そして私も…

 


  …リータ,イフリータ?!」

 「? 誠?」私の両肩を掴み、必死に声を掛けている。

 そして安堵の吐息。

 「いきなり気絶したみたいになったから驚いたで,ホンマ」

 「気絶…」私は思い出す。

 私は遥…

 いえ、違う! 私は彼女じゃない。

 では…一体私は、誰なのだろう?

 「ね、誠?」

 「なんや?」

 私の手を引きながらバスの外に出る彼に、私は尋ねる。

 「私は、誰なんだろう?」

 「…イフリータやろ」困った様に答える誠。

 そんな彼の表情が、見ていると何故かとても心地好かった。

 「そうだね、私はイフリータだよね」

 私は逆に誠を引っ張る様に、バスから飛び出す。

 海の香りがした。




 「ばぁちゃん,お客さんの準備は終わったよ」

 「ご苦労さん,カーリア。おや、何処いくんだい?」

 旅館・さざなみ,久々の大人数の客への準備に、今日は朝から大忙しだった。

 カーリアはTシャツにジーパン姿でスニーカーに足を掛ける。

 「明日の夏祭りの準備だよ。8時ごろには戻るから!」

 「行ってらっしゃい,気をつけるんだよ」

 品の良い、和服姿の老婆にカーリアは手を振ると、玄関から飛び出していった。

 「元気な子だよ,全く」その後姿を見やりながら彼女は微笑。

 「元気が一番じゃ」そんな老婆に髭を胸まで蓄えた老人が笑って答える。

 「彼方,お前の甥っ子に会うのも久しぶりじゃの」

 「10年ぶりくらいじゃありませんかねぇ」

 二人の老夫婦は、しばし思い出話に耽った。




 磯の香りがする街並み。

 「なんか、夏って気がするのぅ」

 「そうだな」

 アロハTシャツ姿の陣内は気のない返事で、同じく露出度の高い夏服を着た隣の美女に答える。

 「ええと、泊まる所の名前はなんだったか?」

 「『ホテル・グランシャトー』だ」

 ディーバの答えに陣内は周りを見渡すが、そんな豪華そうな建物の姿形は見えない。

 どこも暴風に備えた平屋建ての建物だった。

 「住所は合っているな」

 「ふぅむ」

 電柱に記載された町名を眺め、ディーバが呟く。

 と、そんな二人の横から一人の少女が弾丸の様に横切った!

 「うわぁ!」

 危うく陣内と衝突しそうになる。

 「ご、ごめんなさい!」

 少女はペコリ,お辞儀すると再び駆け出していった。

 「何じゃ? あれは?」

 「?? 何処かで見た顔だな?」その後姿を眺めながら、陣内は思い出そうとする。

 「あったぞ、陣内殿!」

 が、そのディーバの声でそれは忘却の彼方へと消えていった。

 陣内達の目の前には、まるで廃屋のような藁葺き屋根の建物。

 看板に『ホテル・グランシャトー』と、ある。

 「ホテル…か?」

 「いや、民宿だろう?」

 「…ネーミングセンス,凄いな」

 「ああ」

 としか、今の二人には言えなかった。

 


 「「こんにちは〜」」

 「「いらっしゃいませ」」

 バスが沙美海岸は旅館・さざなみに着いたのは夕方6時を回っていた。

 僕等を迎えてくれたのは人の良さそうな老夫婦。

 柾木君の親戚ということもあって、彼の人の良さは遺伝的なものであることが判明。

 「大きくなったな,天地君」

 嬉しそうに柾木君の頭を撫でるお爺さん。

 「疲れたでしょう? すぐに御飯の用意をしますから、その間にお風呂をどうぞ」そう言いながら、着物を着た上品そうなお婆さんは僕等を中へと導いた。

 「温泉が湧くんです,この一帯には」柾木君が付け加える。

 「なぬ!?」

 「温泉とな!?」

 ファトラさんと尼崎が、柾木君に食い入る様に聞き返した。

 「え,ええ、世界一ラジウムが多いんです。つかり過ぎると被爆するくらい効果がありますよ」

 「それって…体に悪いのでは…」額に汗の小坂さん。

 「じゃ、早速入ろうぜ,菜々美!」

 「ええ、行こ、こころちゃん」

 「う、うん」

 シェーラさんと菜々美ちゃんは嬉しそうに旅館へと上がっていく。

 「行こうぜ,心の友・柾木君!」

 「へ?」

 バシ,尼崎他男子生徒数名は、柾木君の背を景気良く叩きながら、彼と肩を組んで玄関をくぐった。

 「さ、イフリータ,僕等も…イフリータ?」

 彼女に視線を向けると彼女のそれが一点に止まっているのに気付いた。

 その先は旅館のお婆さんである。僕は首を傾げ…気付く。

 “イフリータに似てる…”

 おそらくイフリータが歳をとったらあんな感じになるのではなかろうか? 和服の良く似合う、穏やかな表情の女性だ。

 「どうしました?」お婆さんは未だ玄関先で立ち竦む僕達二人に気付き、優しく声を掛け…

 その動きが止まる。

 「遥おばさん?」

 老婆から漏れたその呟きはイフリータをさらに驚かせるには十分な一言だった様だ。




 「遥さんは私の父の姉に当るんですよ」

 お茶を出された私と誠は、旧姓・柾木 彼方さんの話に耳を傾ける。

 「温泉温泉」

 「楽しみね」

 「中で一杯やりてぇな」

 廊下からそんな声が足音と共に聞こえてくる。

 あれから私と誠は彼方に案内されて彼女の自室に招かれている。

 まず私が、自分が記憶を失っている事,思い出しつつある記憶の内容について彼方に話した。

 戻りかけている記憶の内容は全く誠には初耳だったはずだ。曖昧な確信のない、夢に近いものだったため彼に迷惑をかけないよう話さなかったのだが、彼が隣で聞いているのを見てそれを後悔する。

 きっとこの様子だと、私が誠を宛にしていないとでも思っているかも知れない。

 …あ、多分そう思っている。

 ともあれ、私の言葉を一言一句、彼方は頷きながら、戸棚から何かを取り出した。

 写真である。かなり古い、数十枚の写真だった。

 彼方は一枚の写真を私達に見せた。セピア色の、古ぼけた写真である。

 そこには私そっくりの女性と、若者が映っていた。

 「私と主人のユバです。私の若い頃は、遥さんとそっくりとだって、良く言われましたわ。私は幼い頃に二,三度会ったらしいのですが何分幼かったもので」言ってコロコロ笑う。

 「そして、やることも…」

 「やること?」誠が問う。

 「ええ、遥さん,いえ、昔の柾木家は地方の名家でした。結婚の相手も親が決める事が多かったんですの。そして生まれつき病弱だった遥さんは療養していた病院の若い医者に恋をしました」

 「啓一…」私は呟く。誠そっくりの医者だった。

 「良く御存知ですね。けれどもその恋は叶いませんでしたわ」

 「戦争から、戻って来なかった…」

 何となく分かっていた。しかし、いざそうだと知ると何かやりきれない気持ちになる。

 「おっしゃる通り戻ってこなかった。けれど彼は、遥さんの心の中から消える事はありませんでしたわ」悲しそうに、彼方はそう言った。

 「そう、か…」

 しかし彼方にしても伝え聞いたことなのだろう,その目で見たわけではない。

 「彼方さん,やることが似ているっていうのは?」誠が思い出した様に尋ねる。

 「主人の,今、食事の用意をしている彼に略奪結婚されたんですの」

 頬を赤らめ、彼方は言った。

 「「へぇ」」

 今見ると、好々爺にしか見えないが…人は全く見かけに拠らないものである。

 「イフリータさん…と言いましたね,その失った記憶と言うのは徐々に戻ってきているのですか?」

 「はい,少しおかしな所がありますが」私は正直に答える。

 「…そうですか。でも戻らなくても良い記憶もあるのではなくて?」

 「?」その言葉の意味が,分からない。

 「今の貴女は幸せかしら?」

 「ええ」私は誠を見て、頷いた。

 少なくとも、今の時間は私にとって大事なものだ。こうして誠と一緒にいられる時間は。

 「だったら、それで良いのではなくて? 思い出す事によって、辛くなるかもしれないわよ」

 「…・・」

 「ごめんね,でもそんな気もするのよ」

 彼方はそう呟くと、お茶を啜った。




 白い靄が辺りを包む。岩造りの露天風呂が、そこに広がっていた。

 ごぼごぼ…硫黄のこびりついた岩の間から、熱湯が涌き出て浴槽へと注いでいる。

 「広いな」

 腰にタオルを一枚巻いただけの尼崎が、脱衣所から中へと踏み出し、呟く。

 その彼の胸には防水処理を施した一眼レフカメラがキラリ、光っていた。

 「ああ、高いな」

 「高い」

 その後から生徒A,Bが感慨深げに頷く。

 彼らの目には、露天風呂の右側,10mほどの岩の直角な壁が映っている。

 「??」

 不思議そうに、柾木は首を捻った。

 そう、尼崎を初めとした男子生徒のうち数名は、何か燃えていたのである。

 「有馬君,何だろう?」

 「はい?」

 柾木は桶にお湯を注ぎながら、隣に座って髭を剃るクラスメートに尋ねた。

 が、次の瞬間にそれは判明する。

 「わぁ、純和風ね!」

 「これが日本の温泉ってやつか、なんか卵くせぇな」

 「これは硫黄の臭いですよ」

 壁の向こうから、女性の声。これは菜々美,シェーラ,クァウールの声だ。

 その向こうからは他の女性徒の声も聞こえてくる。

 「いよいよ我々の時代がやってきたな!」

 「「おう!!」」

 意気込む尼崎一派。

 「の、覗く気か?! どうしよう,有馬君」

 しかし彼の隣の美形の青年は苦笑しただけだった。

 「あんな壁,登れる訳ないよ」

 「ロッククライミングのセットを持ってきて良かったな,尼崎」

 「なんですと!」準備が良すぎる生徒Bに、有馬はさすがに顔を青くして立ちあがる。

 「宮沢の裸を見るなんて、この僕が許さん!」

 途端、尼崎の曇り止めの掛かった眼鏡がキラリと光る!

 「尼崎流最終奥義! 桶狭間の嵐!!」

 すこここん!!

 ばっしゃ〜ん!!!

 「あ、有馬君!!」慌てて柾木。

 無数の桶が有馬に襲いかかり、直撃を食らった彼はそのまま浴槽に叩き落された。無残にも浮かび上がってこない…

 「一生付いて行きますぜ! 尼崎さん!」

 「一生付いてこられるのは非常に迷惑だが、その心意気は嬉しいぞ,生徒A!」

 さらに固まる熱い友情。

 と、壁の向こうから気弱な声が響いてくる。

 「あの〜、ファトラさんの姿が見えませんが…」小坂だ。

 「ああ、ファトラさんならスマキにして部屋に置いてきたわよ」

 あっさりと、菜々美がそんな彼女に答えた。

 「な、なんでそんなことを?!」

 「ちょっとね、特殊な趣味のある人だから…」苦笑する菜々美。

 「下手な男どもよりタチ悪りぃしな」こちらはシェーラだ。

 「でも…スマキっていうのはあまりにも…」

 「大丈夫ですよ」

 「え…」

 クァウールの思いもかけない言葉に、小坂は言葉が詰まる。

 「ちゃんと裏の川に放り込んでおきましたから、今ごろは沖にまで流れ着いてると思いますわ。私達の入浴中には戻って来れないですし」

 「「「…」」」

 小さく笑って恐ろしい事をさっぱりと言い放つクァウールの言葉に、菜々美達だけでなく尼崎らもさすがに額に汗する。

 「尼崎さん…」

 「う…死にたくは…ないな」

 チャポン,水の跳ねる音が聞こえてくる。

 「菜々美,お前、結構胸でかいじゃねぇか」シェーラの声が聞こえてきた。

 「ちょ、ちょっと! さわんないでよ!!」

 「「なぬ?」」再び壁に鋭い視線を向ける尼崎一派!

 「シェーラ…ファトラ様のがうつったの?」呆れた様に言うはクァウール。

 「あのなぁ,そういうこと言うと、お前も!」

 「ああ、くすぐらないで!!」普段からは想像できない、クァウールの悶えるような声が聞こえる!

 「「うぉぉ!!」」

 想像力全開モードに入る鬼畜一党。

 「他の方に迷惑かかりますよぉ」見兼ねたのか,小坂の引くような声が聞こえてくる。

 「東雲メンバー以外、居ないじゃない。ああ!! 小坂ちゃん,タオル巻いてお湯につかってる!!」叫ぶは菜々美。

 「へ?」

 「タオルをお湯に入れるのはマナー違反よ! それ!」

 「ああ、菜々美ちゃん! そんな御無体な!!」

 ばっしゃん! お湯の跳ねる音。

 「今のはもしや!!」

 「そうだ、生徒C! 簡易版のコマ廻しに違いない!!」グッ,拳を強く握り、尼崎は力説する。

 「あの男の夢,いではないかいいではないかと言いながら、帯を引っ張ると言うあの伝説ちっくな!!」

 異様に盛りあがる一角。

 「菜々美ちゃん,返して…」

 「「隠してたの,嫌味デスカ?」」

 菜々美とシェーラの怒気を孕んだ声。

 「ああ! 襲わないでぇぇ!!」

 「ファトラ様がいなくて、ホント良かった…」そんなクァウールの声が、小坂の叫び声をBGMにして届いていた。

 「行くぜ,野郎ども!!」

 「「はい! 隊長!!」」尼崎の号令に、野獣達が発動する。

 「まずは生徒A!」

 「了解!」ロッククライミングのツールを使って、岩壁に足をかける生徒A!

 「壁を何故登るのか,そこのあるからだ!!」

 「男らしいぞ、生徒A!」応援の声が、掛かる。

 と、そんな折である。

 「このシャワー,水しか出ねェ」シェーラの声だった。

 「逆に捻ってるのよ」

 「あちぃ!」

 壁の向こうから、勢い良く何か水のような物が飛んでくる。

 それは今まさに登頂せんとする生徒Aの頭に思い切り掛かった!!

 「ぎゃぁぁ,あつぃぃぃぃ!!」壁から手を離す登頂者。落ちる先は…お湯の湧き出す岩の上。

 ドスン、ベキ!

 「うぎゃぁぁぁ!!!」突き出た岩に股間をぶつけ、この世のものとは思えない彼の絶叫が木霊した。

 「「う…」」

 その惨劇を見た男子達は、柾木を初めとして反射的に股間を押さえたと言う…

 「お前の名は忘れないぞ,生徒A」

 「名前,ないじゃん」

 涙ながらの尼崎に、生徒Bの冷たいツッコミ。

 「では気を取りなおして、第二段! この小型ドリルで壁に穴を開ける!!」

 何処に隠していたのか,ゲッ○ーロボのようなドリルを取り出す鬼畜帝王・尼崎。

 「あの〜、壊されると困るんですけど…」

 おずおずと、柾木は彼に申し出る。

 「始末しろ」

 「ああ!!」

 脱衣所に強制退去させられる柾木。

 「ではいざ!!」

 ぎゅるぎゅるぎゅる…

 慎重に尼崎はドリルを操る。と、抵抗が急に小さくなった!

 ゆっくりと引き抜くと、小指程度の穴が生まれている。

 「よし!!」早速生徒Bにまずは覗くようにジェスチャーする尼崎。

 「? 目?」

 赤い、目のようなものが穴の向こうにいっぱいに映っていた。

 と、次の瞬間、何かが飛ぶ!!

 「ああん、目がぁぁ!!」

 「どうした、生徒B!」

 顔を押さえてのたうち回る生徒Bに不審に思いながらも自らも覗く尼崎。

 びゅ!

 何かが飛んできた,この香りは…リンス!!

 「ああん,目が、目がぁぁ!!」

 「しっかり聞こえてんだよ、バカ!」嘲るような,シェーラの声が露天風呂に響き渡った。




 夕飯後、僕は望遠鏡を持って海岸へ出た。

 イフリータは彼方さんの話を聞いてからというもの、何か物思いに耽るように声を掛けてもなかなか気付かないような感じだ。

 何よりイフリータから、彼女の記憶に関して聞いていないことが沢山あることを知って、自分の頼りなさを感じざるを得ない。

 彼女からしたら、おそらく要らぬ厄介事を僕に背負わせないつもりなんだろうが、それは裏を返せば当てにされていないことでもある。

 「無闇に聞き出して、イフリータを混乱させるよりはマシかもしれんな」

 苦笑する。ともかく、出口を見つけ出そうとしているイフリータは、自分自身の中で整理がつくまでそっとしておくのが一番だろう,手出しできなくて歯がゆいが、一番はそう思う。

 「待ってください!」

 考え事をしながら歩く僕の後からの声に、振り返る。

 ラフなTシャツを着こなしたクァウールさんが、パタパタと走ってやってくる。

 「はぁはぁ、何処に,行かれるんです?」

 追いついて、息を切らせながら彼女。

 僕は小さく微笑んで海岸を指差した。

 「電灯の光のないところで、星の観察しよ思とったんや」

 「私も、御一緒して良いですか?」

 「うん、ええよ」

 クァウールさんは嬉しそうに微笑んだ。

 


 パシャ、パシャ…

 月明かりの下で、クァウールさんは浜辺に打ち寄せる緩やかな波に足下を浸す。

 人工の光の見えない、静かな波打ち際。

 僕は彼女の頭上,輝く星々に望遠鏡を向けた。

 「空が澄んどる」

 「ええ…」

 パシャ…

 僕は星空から目を離し、波と戯れる少女に目を向けた。

 水が、彼女の踝にぶつかり、飛沫となって月明かりに宝石のように弾ける。

 そんな彼女は水平線の向こうを、じっと見つめていた。

 「この海の向こうにクァウールさんの生まれたエルハザードがあるんやね」

 「そうですね,水でつながっているんですね」言いながら、振り返る。

 長い髪が、夜の海面に冷たい光で神秘的に照り返す。

 「私の実家の裏に、ここと良く似た浜辺があるんです」その目は遥か故郷を思っているのか,遠い目で彼女は続ける。

 「なんか、なつかしい…」

 だからだろうか,クァウ−ルさんが水と接するときは、いつもと違って活発なような気がするのは?

 「その浜辺と、ここの浜辺の水はもしかしたら同じかもしれへんね」

 「きっと、同じですよ」

 嬉しそうに、彼女は答えた。

 僕はふと、ある昔の出来事を思い出す。

 「昔な,といっても幼稚園くらいの時やけど、瓶に手紙を詰めて海に流したことがあるんや。もしかしたら、あれはどこかに届いとるかもなぁ」

 「手紙…ですか」

 「ええ、陣内なんかと一緒にな。どこかの誰かに届きますようにって」

 「私…」

 「ん?」

 「私、ある人に会って、お友達になるために、日本に留学したんです」

 急に話が変わり、僕は首を傾げる。しかしクァウールさんの留学の目的は今初めて聞いた。

 「へぇ、ファトラさんがクァウ−ルさんに会うために日本まできたのと似とるなぁ」

 「ちょっと違うかも」しかし彼女は小さく笑う。

 「小さいときから、それは決めてたんです。父や母にも内緒で、ずっとずっとこれまで頑張ってきました」遠く、星空を眺める。

 「そのある人って、見つかった?」

 コクリ,彼女は頷く。

 「クァウールさんがそこまでして会いたい人って、よっぽど有名な人なんやろなぁ」

 「ふふふ…大事な人には違いないです。友達のいなかった私に、初めて声を掛けてくれた人だから」

 そう言えばシェーラさんからチラリと聞いたことがあるが、クァウールさんはエルハザードでは名家の娘だそうだ。それ故にか多分、近寄りがたいのと親の方の干渉が強かったのではなかろうか?

 「 こんにちわ,とおいくにのひと。ぼくはみずはら まことといいます。

   にほんというくににすんでいる5さいのおとこのこです。

   これをよんでるあなたはどんなひとですか?

   おともだちになりましょう………  」

 文章らしきものをそらんじるクァウール。

 「?! それって…」遠い記憶が、蘇る。

 「海に流れ着いていた瓶にそんな手紙が入ってたんです。読むのに苦労しましたわ、私から見たら外国語ですもの。それに肝心の住所も入ってなくて」

 クスリ,彼女は笑い、続けた。

 「運命って、信じますか、誠さん?」

 静かに尋ねるクァウールさんは、月の光をその背に浴びてまるで月の女神の様にも見える。

 彼女の元々持つ神秘的な雰囲気が相乗され、僕は目の前の光景に圧倒されて声が出ない。

 「丁度一年くらい前、私がこの高校へ入学した登校の初日、誠さんは私を助けてくれました」

 「そんな、助けるだなんて」

 僕は思い出す。

 そう、クァウールさんとの初めての出会いは印象深いものだった。

 何故か、何処からか逃げ出した暴れイノシシにクァウールさんは追いかけられて全力疾走していたのだ。

 そこにたまたま、鷲羽先輩の破壊光線銃を持っていた僕がイノシシの暴走を止めた。

 あれ以上、インパクトのある出会いはないはすだ。

 「あのイノシシは凄かったなぁ」感慨深く、僕は呟く。

 「い、いえ、そっちじゃなくてその後、階段上っている時貧血で倒れた私を学校までおぶって行ってくれた事です」

 「あ、そっちですか…」その後に起きた方の事を言っていたようだ。

 「あの時、私は誠さんの背に揺られながら、感じました。昔から知っている様な気がするって…」

 「?!」

 僕は彼女の後ろに視線をやり、硬直する。

 「あの、誠さん?」クァウールさんは怪訝な目で僕を見た。

 「クァウールさん,危ない!」

 「きゃ!」

 バシャン! 僕は彼女を抱きかかえながらその場を飛び退く!

 海の水が、僕達二人の体を打った。

 「クァウール…」

 地の底から響くような声が、生まれている。

 「あ、あなたは!!」海水に身を濡らしながら、絶句するクァウールさん。

 先程まで彼女の居たすぐ後には、海草を全身に巻いた人形の怪物が立っていたのだ!!

 「は、半魚どん!?」

 「ファトラじゃ! 愚か者が!!」叫ぶ怪物,あれ?

 「はい?」

 海草の隙間から覗くその顔は、確かにファトラさんだった。

 「何をそんな格好しているんです?」呆れて僕は尋ねる。

 「スマキにされて流されたのじゃ!!」海草を払い、彼女は叫ぶ。

 「はぁ、ひどい事をする人もいたもんですねぇ」

 「お主の隣にな」ジト目でファトラさんは僕の隣,クァウールさんを見つめていた。

 当のクァウールさんは「星がいっぱい」とか呟きながらわざとらしく空を見上げている。

 やはりクァウールさんは水があると相当ハイテンションになるようだ。

 ともあれ、真夏の旅行は始まったばかりである。


18 海へ 了 



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