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 「どこいっちゃったのかしら?」 

 ぶつぶつ言いながら夜中の浜辺を歩くのは陣内 菜々美その人であった。

 「クァウールさんも消えちゃうし…もしかして一緒にいるのかな?」 

 そこまで考えて、まるで忘れるように頭をぶんぶん左右に振る。改めて前を見る彼女。

 浜辺はやがて終わりを告げ、小さな波止場のある海へと20mばかり突き出した堤防に差し掛かった。

 その堤防の先端,雲一つない夜空の下で一つの人影が月明かりに晒されて水平線を見つめている。

 「まこっちゃん? …違うか」 菜々美は青白く見えるその人影に魅入られたように近づいていった。

 長い髪を頭の上にくくり上げてポニーテールにした、まるで少女のような男の子。

 水面に揺らめくその姿もまた、月の金色に染め上げられまるで一枚の絵のような幻想的な光景が彼女の目の前に展開している。

 少年の大きく開かれた紺色の瞳は、夜の海原の遥か彼方を凝視している。まるで彼方に何かを見出すように。

 そしてそれは決して快いものを見つめているような表情ではないように思えた。

 「どうしたの? こんなところで」 

 菜々美は自分でも意識する事なく、そう声を掛けていた。

 ゆっくり少年が振り返る。

 海原の映る瞳に、同じく月明かりに白の映えた菜々美自身が彼女を見つめた。

 「海を、見ていたんだ」 

 クスリ,微笑む少年。

 「そうかな?」 

 菜々美は答え、彼の隣でしゃがむ。

 「?」 

 「海を通して何かを見ていたんじゃないの? 見たくない何かを」 言いながら、足元で動く蟹をつつく。

 少年もまた、菜々美の隣にしゃがみ込み、彼女をしげしげと見つめる。

 「おねぇちゃん,変わってるね。小説家か刑事になれるよ」 

 「菜々美」 

 「え?」 

 「陣内菜々美よ」 

 言って、菜々美はニッコリと少年に微笑む。

 少年はしばし呆気に取られるが、そんな菜々美に表情を柔らかくすると、再び海に振り返りながら言葉を紡ぐ。

 「僕は…パルナスっていうんだ」 

 「外人さんなんだ」 

 「半分ね」 苦笑。

 「お姉ちゃんは何やってるの? こんな夜更けに」 

 「いっけない!」 彼の言葉に思い出して、菜々美は慌てて立ち上がる。

 「人探してたんだ,じゃ、またね!」 

 「おやすみ」 

 駆け去っていく菜々美を、パルナスは遠い目で眺めていた。




 蚊帳の中、二つの影が怪しく蠢く。

 「うう…」 

 「あん」 

 風すらない澱んだ空気の中、男と女の声がそんな声だけがくぐもって聞こえてくる。

 「くっ」 

 「はぅ」 

 「むむ…」 

 「はぁ」 

 折り重なるような2つの声の協奏曲。やがてそれはテンポが速くなり…

 「「あちぃぃ!!」」 

 がばり! 2つの人影がそう叫びながら蚊帳から飛び出した。

 「なんだなんだ、この暑さは!!」 

 「外の方が涼しいではないか?!」 

 一階建て木造の民宿,その縁側で息を切らして汗を拭うのは髪を7・3にぴっしりと分けた青年と、寝間着を半分はだけた美女。

 「いくらなんでもこれは眠れん」 青年,陣内 克彦は大きく息を吐いて愚痴る。

 「避暑にきたのにこれではな,全く誰が行こうと言い出したのじゃ?」 魅惑的な美女,ディーバもまたその表情をしかめて呟く。

 「お前だろぉぉ!!」 

 「そんな気もする…まぁ、それはそれだ」 コホン,ディーバは咳払い一つ。

 「どうかなさいましたか?」 突然の背後からのしわがれた声。2人は振り返る。

 「「?!」」 

 凍り付く2人。そこには蝋燭の明かりに照らされたミイラのような爺さんが立っていた。

 「で、出た!」 

 「ミイラじゃぁぁ!!」 

 「宿の主人ですがな」 慌てる2人を宥める宿の主人。その手付きは慣れていた。

 「な、何だ。ここの主人か,驚かすでない!」 陣内は文句を言うが、相変わらず顎の下から蝋燭の明かりを当てられた店の主人の表情に圧倒されて勢いはない。

 「この暑さ,何とかならんのか?」 こちらはディーバ。

 それに店の主人はニヤリと笑みを浮かべる。

 「今ので冷えませんでしたかの? うひひひ…」 

 「「背筋を冷やしてどうする!!」」 

 「ではこれを差し上げましょうかの」 

 言いながら老人は懐から巻き物を取り出した。

 「これは宝の地図です,かつてここいら一帯を根城にしていた水軍(海賊の意)が隠したと伝えられる宝の」 

 「「なぬ?!」」 老人の手から巻き物を奪う陣内。

 「もっとも見つかることの出来た者はいませんでしたがの。その地図はお帰りの際に御返却願います」 

 立ち去ろうとする老人。

 「待て,主人。暑さの問題はどうなった?」 巻き物を見つめながらディーバは主人の後ろ姿に問い詰める。

 「…また驚かして差し上げましょうか?」 

 クルリ,後ろを振り返り不気味な雰囲気を漂わせる老人。

 「「いや、我慢するとしよう」」 

 そう二人が同時に答えたのは無理はない。




 空が白み始めると同時に、太陽の容赦ない光が大地を焦がし始める。

 朝、柾木 天地は洗面所で濯いで部屋に戻ろうとしていた。

 その廊下の前から、食器を抱えた少女が一人、小走りにやってくる。白髪に褐色の肌を有した活発そうな女性,日本人ではないみたいだが。

 「あれ? 君は?」 柾木は首を傾げる。

 「あ、おはようございます!」 彼女はにっこりと、彼に微笑む。まじけのない、すかっとしたその表情に、彼もまた微笑んだ。

 「ええと…隣に泊まってるお客さん?」 

 「当旅館は昨日、今日、明日と貸し切りよ」 笑って答える少女。

 「私はカーリア,ここで住み込みで働いてるんだ」 

 「住み込みでって…いつから?」 柾木の記憶には、彼女に関することはない。

 「一ヶ月くらい前かな? 良く覚えてないや」 

 「良く覚えてないってそんな…」 苦笑する柾木。

 「だって記憶がないんだもの,海岸で倒れていた私をユバじいちゃんが助けてくれたんだって。一応、身元がはっきりするまでここにいろって言われて、そのまんまなんだ。唯一名前だけは覚えてたんだけどね」 あっけらかんと、彼女は答える。

 「あ…ごめん」 バツの悪そうに柾木は頭を下げた。

 「? 何であやまるの?」 如何にも不思議にカーリアは逆に尋ねる。

 「だって…」 

 瞬間、無言の刻が流れる。それを破るのはカーリアの方だった。

 「私は今がとっても幸せ。別に昔を思い出さなくても、今があればそれでいいもの。そう、思わない?」 

 「…強いんだね」 柾木は優しく微笑む。

 「そうかな? 私ってバカだから」 照れたようにカーリアもまた笑った。

 ドタドタ,そんな足音に2人は振り返る。

 「あ〜、飲みすぎた」 

 「藤沢先生でも飲みすぎってあるんでしたのね」 

 頭を抱えて顔をしかめる藤沢と、支えるようにして歩くミーズの2人だ。

 「あ、藤沢先生にミーズ先生、おはようございます」 

 「おはようございます!」 

 柾木とカーリアは笑顔で挨拶。

 「おはよう」 

 「おはよ…あまり大きい声、出さんでくれ」 

 調子は対称的なミーズと藤沢に、カーリアは何を思い出したのかぽんと手を叩く。

 「お二人に良いこと教えて上げます」 

 「「ん?」」 

 「海岸を東に10分くらい歩くと、磯辺に出て、断崖があるんですけど、そこに幾つか洞窟があるんです」 

 「それが何か?」 怪訝にミーズ。

 「その内の一つにカップルで行くと、きっと結ばれるって曰く付きの場所があるんですよ」 

 「まぁ、そうなの! 是非行きたいわねぇ?」 顔を輝かせてミーズは藤沢に視線を移した。

 「柾木,ミーズ先生が行きたいらしいから一緒に行ってこい」 

 「ふ・じ・さ・わ・先生!?」 

 「ああああ、ごめんなさいぃぃ!! 耳元で叫びながらウメボシするのは止めてくださいぃぃ!!」 藤沢の抵抗,無意味に終わる。

 柾木はそんな2人を眺めながら、同じく笑いながら見つめるカーリアに尋ねた。

 「ホントなの?」 

 「うん、行けば分かると思うよ。何か記念の落書きとか沢山あるし…。そうそう、君なら知ってるんじゃないかな? 昔、海賊がこの辺に宝を隠したってコト?」 質問でカーリアは返す。

 「ああ、水軍ね」 

 柾木はかつて家族でここに遊びに来た時、聞かされた昔話を思い出す。どこにでもあるような財宝を隠したとかいう,そんな話だった。

 「そ。その宝が隠してあるって言われてた洞窟,今ではデートスポットだよ」 

 「へぇ」 

 「柾木君も彼女と行ってくれば? 一番奥にあるお地蔵さんみたいなのに2人で一緒に、置かれてるひしゃくで海水を掛けながら願い事すれば、叶うんだってさ」 

 「その彼女とやらがいればね」 寂しく苦笑する柾木。

 「へぇ、そうなんだ。じゃ、私が立候補しようかな?」 からかうように、カーリア。

 「え?」 

 「カーリア,ご飯炊けましたよ」 遠くから、彼方おばさんの声が聞こえてくる。

 「は〜い! じゃ、柾木君,朝ご飯の準備がもうできるから皆を起こしてね」 ウインク一つ、カーリアは食器を持って駆け出す。

 「ええ、お願いします,さ、先生達も御飯の用意手伝いましょう」 

 「「はいはい」」 

 そして一日が始まる。




 照りつける太陽,青い空、白い雲、澄んだ海,そして白い砂浜!!

 「いやっほぅ!」 体全体で元気そのものを形容した褐色の肌の少女は、やや派手めのツーピースの黄色い水着を纏ったその姿をあらわにして、海へと駆け込む。

 その後を追う2つの影。

 「水着ギャルじゃ,うほほ!!」 

 「撮るぞ撮るぞ撮るぞぉぉ!!」 

 シェーラの後をファトラと尼崎が飢えた狼の如く追って行く。

 「元気やなぁ」 

 その3人にさらに続く同級生の姿を見送りながら、誠は眩しいのだろう,目を細めて見送った。

 麦藁帽子にTシャツ,一応丈の長い海パンを履いてはいるが、ビーチパラソルを肩に担いでいるところを見ると泳ぐ気はあまりないようだ。

 と、その彼の右腕に柔らかいものが押しつけられる。

 「誠さん,ぼぅっとしてないで泳ぎましょう」 

 普段からは予測もつかない元気さで、誠の腕を抱くはクァウール。海の色をしたワンピースのシンプルな水着の上から白いパーカーを羽織っている。

 誠の視線は悲しいかな、ついつい自分の腕に押しつけられた彼女の胸に行ってしまう。

 「いや、僕はあんまり泳ぐのは…」 

 「じゃ、ビーチバレーよ!」 

 今度は左腕が引っ張られ、やはり柔らかい感触に包まれる。

 「な、菜々美ちゃん」 

 「こんな時くらいしか運動しないんだからさ!」 満面の笑みの菜々美。しかしまるでクァウールに対抗するように誠の腕を思い切り抱き締めている。

 シェーラほど派手ではないが、彼女の魅力を十二分に発揮する白いツーピースの上に、前の開いたYシャツを着こんでいた。

 「水泳です!」 

 ぐい

 「ビーチバレーよ!」 

 ぐい

 「あの…」 両手に花の誠の顔色が、突如青く染まる。

 「嬉しそうだな,誠」 

 彼の前に立つ無表情のイフリータ。

 太陽の下、伸びる手足のクァウール以上に白い肌は、まるで光自体が避けているように視覚的な冷たさを感じる。

 イフリータの着込む黄色いパーカーの下からは、彼女の整ったボディラインをささやかに誇示しうるデザインのビキニと体が見え隠れしている。

 ”強敵…”

 ”あらわる…ね”

 菜々美とクァウールは同時に密かに視線を合わせる。

 ”ここは一つ”

 ”分かりました”

 アイコンタクトにて、にわか仕込みの同盟成立。

 「誠,ビーチパラソルを立てておこう。貸せ」 言って、イフリータは誠から奪う。

 「あ、僕が立てるさかい」 

 「両手が塞がっていては立てようにも立てられないだろう?」 

 「…」 

 ぎゅ

 2人は困った顔の誠をさらに困られるかの如く供に腕をきつく抱く。

 「ここら辺でいいか?」 イフリータは少し行ったところで三人に尋ねる。

 「ああ、そうやな」 

 「分かった」 

 彼女はぶっきらぼうに呟くと、ビーチパラソルを片手で軽がる頭上に持ち上げる。

 そして…

 「はぁぁぁ!!!」 愚地独歩も顔負けの武闘家の吐息,思い切り右腕を砂浜に振り下ろした!

 ドシュ!

 「「「!!!」」」 

 舞い上がる砂煙。

 2mはあるパラソルは、半分ほどその身を砂の中へ埋めていた。

 「ま、まこっちゃん,私ちょっとジュースでも買ってくるわ、あはは…」 

 「わ、私も藤沢先生に呼ばれていたのを思い出しましたわ,それでは…」 

 菜々美とクァウールは引き吊った笑みを浮かべながら誠を放すと、もと来た道を小走りで引き返して行く。

 「イ、イフリータは力持ちさんやね…」 逃げる訳にも行かない誠は、内心ホッとながら他の荷物をパラソルの下へと置く。

 「ほぅ,自覚はないけどな」 イフリータは言いながらパーカーを、開いたパラソルの下に脱ぎ捨てる。

 紫紺のビキニに身を包んだイフリータの形の良い影が、砂浜の上に展開した。

 「誠とファトラに選んで貰ったこれ…やはり派手じゃないかな?」 

 太陽の下で表情が溶かされたかのように、少し俯き加減に尋ねるイフリータ。よくよく見なければ分からないが照れているのだろう,仄かに頬が赤い。

 「良く似おうとるよ」 微笑み、誠。

 「そう? じゃ、私と一緒にいても恥ずかしくはないか?」 再び伺うように、彼女は尋ねる。

 「恥ずかしいって…そんなことあるわけないやないか」 

 「じゃあ、行こうよ、誠!」 言って、イフリータはわずかに微笑んで誠の腕を掴む。

 「行こうって…?」 

 「まさか、このままぼぅっと過ごす訳でもないだろう? 泳いだり、海岸見たり、私の知らないことを教えてくれ」 

 「…このままぼぅっとしてようかと思うたんやけど…あ、そんなに勢い良く引っ張らんといてや、ぐっは!」 

 砂浜で引きずられる誠一人。結局、ゆっくりとくつろぐことはできそうもないようである。




 ブロロ…

 走り去るバスは砂煙と二人の訪問者をその場に残して行った。

 「やってきたわね」 

 「やってきたの」 

 小学生のような少女と、長く白い髭を胸まで蓄えた老人のアンバランスな二人組。

 「さて、鷲羽君,我々はこれから彼に資格があるかどうかを試す訳だが」 

 「ええ、楽しみだわ」 ニヤリ,嫌な笑みを浮かべ合う少女と老人。

 「準備はできているのかね」 

 「抜かりはないわ,この私にそんなものは存在しない」 

 二人は遠く、砂浜で遊ぶある一団,東雲高校一行を眺めながら言葉を交わす。

 実に楽しそうに、ビーチバレーや日焼けなどにいそしんでいる。

 「「ジャングルへようこそ…」」 どちらともなく、呟かれた。

 狂った科学者二人、ここに降臨。




 砂浜に、喚声が響く。

 「「秘技,X攻撃!!」」 

 「イフリータ!」 

 「OK,誠!」 

 2対2のビーチバレー。

 シェーラとクァウールが同時に繰り出したアタックをイフリータが受け止め、誠が渾身のアタック! ボールが砂浜の上に叩き付けられた。

 「水原・イフリータ組,一本!」 審判の菜々美の声が高らかと響き渡る。

 結局、皆でビーチバレーをすることになった誠はパートナーにイフリータを選んだこともあってか、勝ち残ってしまっていた。

 「つ、つかれた…」 がっくりと砂浜に膝をつく誠。

 「そろそろ昼飯食おうぜ! 後半戦はその後な」 

 バレーボールを手に、シェーラが言う。おりしも時間はお昼,しかし沙美海岸は、ほどほどに観光客はいるが混んでいて入れそうもないというほどではない。

 「どこか海の家でも」 柾木が辺りを見回した。

  「いらっしゃいましぃ」

 聞き覚えのある声が、誠達の耳に入る。

 「ところでシェーラさん,アフラさんって私用で来れなかったんですよね」 

 「ああ,何の用かは知らねぇけどな」 

 誠の思い出したような言葉に、シェーラは興味なさげに答えた。

 「誠,あそこの海の家にしようぜ!!」 

 「柾木,さっさといくぞ!」 

 東雲男子連がまるで引き寄せられるように何故か一定の海の家に走って行く。

 「その私用っていうのが、ちょっと気になったんです」 

 「ほぅ」 そんな彼等に少し距離を置いて付いていきながら誠は続ける。

  「田舎からよう来なはった,さ、奥へ」

 「もしかしてファトラさんを襲う刺客の大元を探りに行ったとか、危ないことしてるんじゃないかって」 

 「かもな」 

 「ちょ,かもなって!」 シェーラの呆気ない答えに、言った誠は言っておきながら慌てる。

 「大丈夫だよ,アイツは無茶なことはしない」 

 「そうやろか…」 呟き、彼は思う。

 誠は知っている、あの時泣いた彼女の姿を。そしてその時確信してのだ,いつも彼女は背伸びをしていることを。さらに優秀ゆえに、その背伸びは気づかれていないことを。

 「今更悩んでもどうにもなるってものでもないであろう」 後ろから、当の原因が悩む彼に言う。

 「そうですよ」 

 「それにまこっちゃん,そんなにアフラさんと親しかった訳?」 

 「いや、そんなことは…」 ファトラ、クァウール,菜々美に言われ、誠は一旦アフラの姿を脳裏から追い出した。

 同時に食べ物の良い香りがしてくる。目の前には皆が入って行った海の家。

 「いらっしゃいまし,海の家クレタリアへようこそ…はっ!」 

 出迎えるは裸エプロンの美女!

 …美女?

 「ア…」 誠は絶句。

 「アフ…」 シェーラもまた,ファトラ、クァウールも硬直していた。

 「アフラさん…よね?」 確認したのは菜々美。

 「ああ、アフラだ」 確信はイフリータ。

 「…」 

 「…」 

 「…」 

 無言の刻が、一同の間を照りりつける日差しの下で過ぎて行った。

 「どうしたのかな? 可愛い子猫ちゃん達?」 

 突如そんな間に入り込んできたのはブリーフな水着だけをその身に纏い、赤い蝶ネクタイをしたとっぽい兄ちゃん。背中に赤い薔薇を背負っているような錯覚に陥る。

 「あ、マスター」 裸エプロンのアフラが呟く。

 「「マスター?」」 

 「アフラ君の知り合いかな?」 顔は良いが、明らかに怪しい男はアフラに尋ねた。

 「ええ、ファトラ姫とその御一行です」 

 「おお、この神々しさは王族のものでありましたか,このダル=ナルシス,貴方のためならば火にも飛びこみましょうぞ!」 言うや否や、クァウールの手を取りその甲に口づけする。

 「あの…」 戸惑うクァウール。

 「おお、その憂いを帯びた御表情,何かお悩み事でも?!」 

 「わらわがファトラじゃい!」 横からの怒声。

 ゲシィ! ファトラの豪快な蹴りがダルのこめかみにクリーンヒット!!

 「何と?!」 驚き、ダルはファトラをしげしげと見つめる。

 そしてクァウールに視線を移し、最後に確認するようにファトラに戻す。

 「ふっ」 ため息と供に苦笑。

 「何じゃ,その態度はぁぁ!!」 ファトラ、怒りのアフガン。

 「少年かと思いました」 しゃぁしゃぁと率直な感想を述べるダル。無謀だ。

 「必殺と書いて必ず死なす!!」 王女の瞳に殺意の光が灯った。

 と、同時にである。

 「ダァルゥゥ…」 怨嗟のような声が、海の家の奥から聞こえてくる。

 ビクン,ダルの体が硬直、ゆるりと背後に振り返り…

 「いつもいつも遊んでばかり…その火にも飛びこむ覚悟,できてるんでしょう?」 

 氷の微笑を張りつかせた美女一人。おそらく目で人を殺せる殺人者だ。

 料理の途中だったのだろう、出刃包丁とフライ返しを手にしていた。

 「ギルダ,は、は、は、働いているぞ,ほら、この通りお客さんも連れてきたし」 一歩一歩後ずさりながら、ダルは恐怖をその表情に張り付かせて誠達を前に出す。

 「そちらの方々はアフラさんが連れてきたのでしょう? 私に嘘をついたわね」 ギラリ,包丁の刃が夏の光を受けて光る。

 「はぅ!」 

 「遊んでいるだけならまだしも、嘘までつくなんて…死ねけ?」 

 「お客さん連れてきますぅぅ!!」 砂浜の向こうに消えてゆくダル。

 「さ、お客さん。ゆっくりして行ってくださいね」 

 表情一変,言い残すとギルダは笑顔を浮かべて調理場の奥へと消えて行った。

 呆気に取られて2人を見送る一同。

 「で、アフラ,どうして裸エプロンなの?」 クァウールは思い出して再び尋ねた。

 「水着着てますわ…」 

 答えてエプロンの胸元を僅かにずらすアフラ。確かに下からは白い水着が見える。

 「何やら、こうしているとお客の入りが良いんですわ」 

 「へぇ、参考にしますわ」 

 「って聞くのはそんなことじゃないでしょう,それに参考にせんといて下さい!」 ほのぼのする2人につっこむ誠。

 「そうじゃ,アフラ,お主こんなところで何しておる?」 ビッシィ,指差してこちらはファトラ。

 「バイト」 あっさりとアフラは返答。

 「…まぁ、そうだろうな」 

 「さ、お昼食べましょう」 

 「腹減った腹減った」 イフリータ,菜々美,シェーラは気に留めることもなく、東雲一行が陣取る畳み敷きの席に向っていった。

 「バイト…ですか」 

 「ええ、バイトどす,ここのマスター夫婦とは知り合いなんですわ」 アフラに席を案内されながら、誠は笑うしかない。

 「いらない心配していたみたいですね」 クァウールは囁いて微笑む。

 「そうやね,心配だけですんで良かったわ。アフラさん,ここのおすすめは何やろ?」 

 「おすすめはお好み焼きどすな」 伝票を手にしながら、彼女は答えた。

 「じゃ、僕はそれに」 

 「わらわもそれにしようか」




 「では誠、先に行ってるぞ」 

 イフリータはシェーラに引っ張られながら、海の家を後にする。

 「うん、もう少し休んでから行くさかいに」 そんな姿に手を振って、誠は水を一杯。

 「はぁ…」 

 傍らから、そんな溜め息が漏れる。

 「どうしたんです,ファトラさん?」 

 「ん? まぁな…」 言葉を濁らせて、王女。

 「席、隣は空いてます?」 

 誠はその声に頷く。ラーメンを手にしたアフラだった。エプロンは外して水着姿,普段の堅い雰囲気がほんの少し砕けているように感じる。

 「ようやく昼ご飯ですわ」 コショーを手に取り、彼女は言う。

 「アフラさんが海の家でバイトなんて、びっくりしましたよ」 

 「ウチも驚きやわ、皆して海に行くとは聞ぃとったけど、ここに来るとは」 

 「全く,案外世の中、狭いですね」 

 誠は浜辺を眺めながら同意。シャーラとクァウール,菜々美の3人でイフリータにビーチバレーを仕掛けていた。3対1ながらもイフリータが押しているところが何とも壮絶なものがある。

 「でもちょっと、安心しましたわ」 誠はアフラに振り返り、微笑む。

 「?」 

 「アフラさんも普通の女の子だったんやなって」 

 「え?」 

 「一つ歳下やのに大学行ってファトラさんの警護もして、マスコミ相手に立ち回りしたり…でも僕達と同じこと、してるの見てほっとしましたわ」 言って、コップの中の氷を口に含む。

 「ふふふ…ありがとう,誠はん」 

 「?」 礼を言われ、逆に首を傾げる誠。

 「何となくお礼言いたかっただけ。さて、また一働きましますわ!」 アフラは振り切るように、席を立ち上がった。

 「誠はんものんびりしてないで遊んでき,夏はあっという間に終わりますぇ」 

 「そうですね」 

 背を叩くアフラに、誠は急かされるように立ち上がる。

 「そろそろ行きましょうか,ファトラさん」 

 「…ああ」 

 「「ありがとうございました」」 アフラとギルダの声を背に、残る2人は海の家クレタリアを出る。

 途端、叩き付けるような日差しが襲い掛かる。

 「なぁ、誠?」 

 「はい?」 

 眩しさに目を細めながら、同じく目を細めたファトラは誠に問いかける。

 「わらわは魅力ないかの?」 

 「魅力…ですか?」 

 ファトラはコクリ、頷く。からかうような感がそこには感じられない。

 彼女は続ける。

 「よくよく考えると、この間の体育祭など男であるお主が変装しても誰も気づかなかった、ということはわらわは女っぽくないのか?」 

 「僕が女装が妙に様になっているほうに問題があるような気がするわ」 

 「しかし…菜々美やシェーラに比べて胸は小さいし」 自らの胸を見ながら、王女は愚痴った。

 「はぁ、そうですか? ぱっと見じゃ分からへんわ」 

 「見るか?」 

 「いいえ!」 珍しく真剣な表情のファトラに、誠は冗談でないことを確信して慌てて否定。

 「…もしかしてさっきダルさんの言ってたこと、気にしてるんですか?」 

 「…まぁな」 顔を背けてファトラは言う。ああまではっきり言われて気にしないほどファトラも厚顔ではないようだ。

 「例えば」 

 誠は言う。

 「例えば、ファトラさんがあそこで寝ているどこぞのOL風な女性みたいにダイナマイトっぽくなったとしましょう」 彼の指差す先にはSMAPの歌を彷彿とさせるような女性が日に肌を焼いていた。

 「ふむ」 

 「それで僕達の態度は変わるやろか? それに、そんなダイナマイトにつられて言い寄ってくる人を相手にする気力、あります?」 

 「…」 無言の彼女。

 「ちやほやされたいとか、そんなんだったら分かりますけど。それに」 

 「それに?」 誠を見上げるファトラ。純粋なその瞳に、彼が映る。

 「僕はファトラさん、今のままで十分魅力的やと思う。好きですよ」 

 「そか…ふむ」 顎に手をやり、考える王女。

 じりじりと、日が2人を焼く。

 ファトラが顔を上げる。ニヤリ,いつもの不敵な笑みが浮かんでいた。

 「そうじゃな,たまには良いことを言うではないか」 

 「たまにはですか…」 苦笑の誠。

 「誠、しかしな、お前はもう少し気をつけた方が良いぞ」 ファトラはそんな彼にお返しとばかり忠告する。

 「はぁ?」 

 「お前の言う『好き』とか、そういう言葉は受け止めるものによっては違う意味で捕らえかねられん。というか普通は他の意味で取ると思うぞ」 

 「違う意味って?」 

 「違いはしないが…何と言ったらいいかな…ま、良いわ! 食後の運動じゃ、行くぞ!  誠!」 誠の手を取り、東雲一行のいる浜辺へ駆けるファトラ。

 「何か今日は引っ張られてばっかりや」 

 誠もまた、ファトラの後を駆け出さざるを得なかった。




 イフリータは海につかる。ビーチバレーで暴れた、火照った体に何とも心地良い。

 「?!」 異変。

 胸の奥から、何かが沸き登る!

 「ゴホゴホ!!」 口を手で押え、咳き込む。

 指の間から、海よりも青い色が零れ落ちてゆく。それは彼女の手を伝わり海に広がる。

 「これは…また」 苦い顔で掌を見つめるイフリータ

 「どうしました? イフリータさん」 背後から、気遣う少女の声。

 ジャバ! イフリータは頭まで海に潜る!

 「?」 

 ザザ…

 「いや、何でもない」 

 海に潜ったかと思うと浮き上がってきた彼女を見ながら、クァウールは首を傾げる。

 振り向いたイフリータの顔は、いつものように白かった。




 いくつもの洞窟が口を開いている。

 2人の男女は手にした巻き物を見つめながらその内の一つに足を踏み込んでいった。

 「今度で6つ目じゃ、この地図、偽物ではないか?」 露出度の高いビキニに身を包んだディーバが愚痴る。

 「いや、本物である可能性が高い。紙質からしても少なくとも100年は経っている」 振り返ることなく、陣内は手にした懐中電灯で洞窟の中を照らす。

 灯りはなくとも、所々開いた小さな穴から外の日の光が洞窟の中を照らしている。

 「まぁ、しばらくはつきおうてみるか」 ディーバは誰とも無しにそう呟いた。

 「ごちゃごちゃ言っとらんで、行くぞ!」 

 「はいはい」 

 二人は洞窟の中に足を踏み込んでいった。

 2人が闇の中へ消える頃、その入り口にやはり2人組の男女が何かを取りつけ始める。

 だが先程の男女に比べて、老人と少女,歳の差が離れ過ぎてはいるが。

 「ちゃんと種はまいたのだろうな?」 

 「しっかりとね。今頃耳に入っている頃よ」 

 そんな言葉を交わす2人は、取り付けたそれを石でカモフラージュするとその場から立ち去っていった…




 「宝ぁ?」 

 菜々美の素っ頓狂な声が、真っ昼間の浜辺に響く。

 「ああ、なんでも磯辺の近くに洞窟があって、そこに昔、水軍が奪った宝物を隠したって伝説が」

 身振り手振りで話す尼崎に、一同の怪訝な視線が突き刺さった。

 「あやしいなぁ」 菜々美はジト目を伴なって彼を見る。

 「僕も聞いたことがありますよ。結構有名なんです」 と、助け船を出すのは柾木。

 「へぇ、ホントなんだ」 

 「何で柾木だと信じる?」 

 「そりゃ」 

 「あたりまえだろう?」 

 ファトラとシェーラの連続攻撃。

 「NO!!」 尼崎は頭を抱える。

 「でも今ではアベックのデートスポットらしいですよ」 そんな尼崎を眺めながら、柾木は言葉を続ける。

 「何で洞窟が?」 不思議そうに菜々美。

 「洞窟の一番奥、といっても真っ直ぐ行けば50mくらいなんですけど,奥には一体のお地蔵さんが立ってるんですよ。その地蔵に2人の男女が同じ願いを込めながらひしゃくで海水を掛けると、それは叶うとされてます、地元の噂程度ですけどね」 今朝のカーリアの話を思い出しながら彼は答えた。

 「面白そうだな、行ってみようぜ」 ひやかしにであろう,シェーラは言って立ち上がる。

 「いってらっしゃい」 興味なさげに手を振る菜々美。

 「ちっ,つまんねぇな」 

 「ところで誠さんは?」 クァウールが辺りを見回しながら呟いた。

 「ん? 誠ならさっき、イフリータと磯辺に住む生き物の観察するとか言って、磯辺の方へ行ったぞ」 サンオイルを塗りながら答えるファトラ。

 「「行きましょう」」 言って勢いよく立ち上がるは菜々美&クァウール。

 「おいおい」 苦笑しながらもシェーラが二人に続く。

 「まぁ、気を付けていってこい,わらわはここで美女を鑑賞しながら寝ているとしよう」 

 ファトラはそんな3人を見送ると、サングラスを掛けて太陽に身を任せた。




 緩やかに波の打ち寄せる磯辺。ゴツゴツした岩の間に小動物の姿が見て取れる。

 所々、小さな子供が小魚やらカニを取って遊んでいた。

 「誠、これはなんだ?」 

 イフリータは手にしたそれを隣の青年に見せる。

 「うわ! それはフナムシや,さっさと捨ててや」 

 「そか…これは?」 

 今度は刺のたくさんついた球体。

 「それはガンカゼや…持ってて痛くないんか?」 

 「痛い…」 涙目の彼女。

 「だったら捨て」 

 「うん…誠、これは?」 

 今度は両腕に抱えた一匹のイルカ。

 「…それはわんぱくフリッパーや。昔の人気者やさかい、逃がしてあげ」 

 「分かった。でもこんなネタ知ってる人はいないと思うぞ」 

 「そう思うんやったら拾ってこんといて」 

 そんなこんなで時間が過ぎていく。

 「なぁ、あんなところに洞窟があるぞ」 

 イフリータが誠の袖を引っ張る。磯辺を背にした所にある断崖,そこにぽっかりと黒い口が開いていた。

 「ホントや,あ、あっちにも」 誠は別の洞窟を見つけて指差す。

 よくよく見るとあちこちにそんな人が入れるくらいのもの、入れないくらい小さいものがたくさん見つかった。

 「ほぅ、結構あるな。波が打ち寄せてできたものか」 

 「そうみたいやね。ちょっと見てみよか、日陰に入って少し休も」 

 「ああ」 

 二人は洞窟の内、もっとも大きいと思われるものへと足を踏み込んだ。

 「なんかあちこちに落書きしてあるな」 

 その入り口の壁を眺めて、イフリータは首を傾げる。古典的なあいあい傘から歯の浮くような『〜愛してる』とか、波に消えているものを含めればかなりありそうだ。

 「何やろ? あ、結構奥まで道あるで」 

 入って行こうとする誠の腕を、イフリータは掴む。

 「何や?」 

 「止めたほうが良い」 

 「何でや?」 

 答えず、洞窟の壁を指さすイフリータ。

 3m程の高さの洞窟の壁は、ちょうど2m辺りのところまでフジツボが付いている。

 それはすなわち…

 「満ち潮は危ない言うことか」 

 コクリとイフリータは頷いた。

 「でもすぐ戻る分には平気やろ」 

 「…そうだな,私も奥に何があるか見てみたい」 筆跡の異なる落書きは延々と奥まで続いている。それを指でなぞりながら、彼女も同意した。

 「じゃ、行ってみよか」 

 「ああ」 

 2人は頷くと、中へと入っていく。

 洞窟は所々、外へと小さな穴でつながっており、スポット的にその内部を照らしている。

 2人は次第に慣れていく目で、ゆっくりと奥へ奥へと歩を進める。

 「結構脇道があるな」 

 「案外、昔の宝物なんかが隠されてたりしてな」 

 「誠はロマンチストなんだな」 

 「そうかな?」 

 「そうだよ」 小さく笑いながらイフリータ。

 「もっとリアリストになることを心がけるよ」 

 「今のままが、一番良いよ」 誠の袖を強く掴んで、彼女は諭すように呟く。

 やがて、洞窟は行き止まりになる。

 その末端には深さ2m程の潮だまり,そして。

 「誠、あれは?」 イフリータは行き止まりである壁を指さす。

 天井に開いた、ねずみ一匹が通れるくらいの穴から差しこむ光が、壁にもたれるようにして立つ人型の像を舞台の主役にしていた。

 塩のせいであろう、ひどく劣化していてその元の姿は想像できない。

 が、誠の脳裏にはそのもともとの姿が映っていた。

 「聖母マリアの像か」 

 「? お地蔵さんじゃないのか?」 

 「ここは多分、江戸時代ごろ隠れキリシタンの礼拝所だったんやろうな」 言って誠は潮だまりに置かれたひしゃくを手にする。

 「で、書かれていたあちこちの落書きを読んで総合すると」 

 「願いを込めて2人が水を像にかけると叶う,っていうのみたいだな」 イフリータは天井を見上げて呟く。薄暗い天井は、暗いが故にその高さが分からなくなっていた。

 「一体、誰が言い出したんだろう?」 

 「それは渋滞の先頭はどこやろっていうのと同じやで」 誠はそんな彼女に笑いかける。

 イフリータはひしゃくを手にした。

 「どうせだから、やっていこうか」 

 「そうやね」 2人は微笑み合う。

 2人でひしゃくを手にし、そして潮だまりに運ぶ。

 暖かい塩水をすくい上げ、勢い良く像にかけた。

 パンパン

 叩いた後、手を合わせる2人。

 「何、お願いした?」 

 「特に、お願いすることはなかったんやけどね」 

 「ふぅん? で、何を?」 やっぱり尋ねるイフリータ。

 「来年、もし良ければまたここに皆で来たいなって」 

 「へぇ!」 驚き顔。

 「?」 対して誠は疑問顔。

 「私も、同じだよ。一年後のこの時期、また皆で来れたらって」 嬉しそうに笑う。

 「来年も、また来よ」 

 「ああ!」 力一杯頷いて、イフリータは誠の右腕を抱いた。

 カツン,足音が洞窟に響く。

 「ああ! まこっちゃん?!」 その音と同じ方向から、聞き覚えのある声が届く。

 「菜々美ちゃんやないか。それにシェーラさんやクァウールさんも…皆でどうしたんや?」 

 3人の登場に笑いかける誠。対する彼女達は嬉しそうではない。

 「まこっちゃん,もしかしてイフリータとお祈りしちゃった?」 

 「え? う、うん。何かそういうジンクスみたいのがあるみたいな感じやったから」 

 「も、もちろん、お互い違うお願いでしたよね?」 畳み掛けるようにクァウール。

 「同じだったな,偶然にも」 イフリータの答えに、誠もまた頷く。

 沈黙の数秒間。

 「当たりっこないわよ」 

 「そうですよね」 

 「さっきと言ってる事違うぞ、お前等」 呆れ顔でシェーラ。

 「「??」」 

 ドドン!

 不意な爆発音が、洞窟を揺らした!

 ガラガラ…

 何かが崩れる音が、続く。

 「な、何や!」 

 「入口の方からよ!」 

 「嫌な予感がするぜ!」 シェーラを先頭に駆け出す5人。

 と、シェーラの足が止まる!

 「何だ何だ?」 

 洞窟の側道から出てきたのは陣内 克彦その人だ。

 「じ、陣内?!」 

 「その声は水原 誠?!」 

 「おや、お前達も来ていたのか?」 彼の後ろからは懐中電灯を手にした女性。

 「ディーバ先生!」 叫ぶクァウール。

 「2人してこんなところで一体何してるんです?!」 クァウールは驚いたまま尋ねる。

 「さぁな」 

 「実は宝捜しを」 

 「ディーバ!」 慌てて彼女の口を両手で塞ぐ陣内。

 「宝?!」 クァウールは怪訝に反芻。尼崎の言葉を思い出す。

 「それって…」 

 「誠、大変だ! 入口が!!」 

 シェーラの言葉に、クァウールの言葉が途切れる。

 慌てて走る一同。

 入り口は完全に岩やら土やらで塞がっていた。

 「この匂い、火薬の匂いや。誰かが意図的に?」 ファトラを狙う暗殺者か? まずは護衛であるシェーラを葬ろうと…

 シェーラもまた暗殺者の存在を思ったのだろう,表情が険しい。

 「ともかく、何とか出口を…」 

 誠は塞ぐ岩を押してみたり、土を掻き出してみたりするが外へ出られるだけの空洞は確保できそうもない。

 「駄目や,全くピクリともせん」 

 「外からの助けを呼ぶとか…そうよ、あの爆発だもの、きっと気づいているわ」 

 菜々美のそんな希望が終わるか終わらないかの内に、外からであろう、聞き覚えのある声が聞こえてくる。

 「誰かいるのか?」 はっきりと聞こえてくるは藤沢の声。

 「藤沢先生よ!」 

 「センセ,僕らや!」 

 「一体何があったの!」 ミーズの声も聞こえる。

 「わからへん,ともかく閉じ込められてしうもうた!」 誠は力一杯叫ぶ。

 「分かった,すぐ助け出してやる。じっとしてろよ! ミーズさんは地元の消防を…」 

 駆け出していく2人の気配が壁伝いに感じる。

 「良かったぁ」 ほっとしてその場に座り込む菜々美。

 「しかしどの道、私達でここを抜け出さないとイカンな」 緊張を伴なった声が菜々美の後ろから飛んでくる。

 「どういうこと、イフリータ?」 

 「こういうことや、菜々美ちゃん」 代わって誠が足下を指す。

 乾いていたはずの岩の地面が、濡れている。

 そう、誠達がここに入る前に心配していた満ち潮の時間が来たのだ。

 「こりゃぁ、やべぇ」 シェーラは舌打ち。

 「でも枝道が沢山あります。その内、一つくらい外につながっているものがあるかも…」 

 「そうや,クァウールさんの言う通りや。皆で手分けしてさがせばきっと…でも足下滑りやすいから注意しぃや!」 

 「誠,我々と会ったところまでは全て調べてある,その奥を調べろ」 言って、彼は懐から呼びの懐中電灯を誠に投げ渡す。

 「分かった,陣内。行くで,皆!」 誠の号令下、一同は駆け出す。

 誠は側道の一つに踏み込んだ。あまり奥は広くはなさそうだ。

 その後ろから、一人の少女が付いてくる・

 「どうしたんや? 菜々美ちゃん?」 

 「まこっちゃん…私達、ここでおぼれちゃうの?」 

 誠の手をぎゅっと掴み、菜々美は彼女らしくない気弱さで尋ねる。

 「きっとなんとかなるで」 懐中電灯で中を照らして、彼は答えた。側道はすぐに行き止まりとなっている。

 「でも…」 

 「大丈夫や」 誠は微笑むと菜々美に向き直り、彼女の頭を優しく撫でる。

 「あ…」 

 「なんとかなるやのうて、なんとかする,が菜々美ちゃんやろ?」 

 ぽんぽん,最後に軽く叩く。

 「うん…分かった!」 

 菜々美の顔に、いつもの元気が戻る。

 時間は刻々と迫っていた,立ち止まっている暇はない。




 「あれ〜れ〜」

 「「?!」」 

 女性の叫び声が耳に届く。

 「おい、誰か溺れてるぞ!!」 

 東雲学生の一人が、沖を指差す。

 ファトラは身を起こす。

 沖でジタバタと波を立てているのはポニーテールの少女。その近くには三角形のひれが近づいている。

 「イカン,あれは片目のジンベイだ!」 屈強のライフセーバーが悲痛の声を上げる。

 「どうしてこんな人気の多いところまで」 

 「人間に対する挑戦だ!」 

 何やらサメのことらしい。議論するライフセーバーや漁師達はしかし飛び込むだけの勇気はなさそうだった。

 「あれは…」 ファトラは目を凝らす。

 あのポニーテールの少女。そう、あれは…

 「美少女の気配じゃ!!」 

 波打ち際に駆け出すファトラ,そして水の中に身を躍らせる。

 「うわ,誰だ! 巻き添えになるぞ!」 

 「早い!!」 

 「ちくしょぉ! 素人にやれて俺達がやらなくてどうする!!」 

 銛を片手にファトラに続くライフセーバー一行!

 しかし、まるでベターマンの水中形態のように人知を超えたスピードで急速に溺れる少女に接近するファトラ。

 そして今まさに少女に2mがあろうかというサメのあぎとが開かれたその時…

 「ファトラぱ〜んち!!」 

 ファトラの豪快な『膝蹴り』がサメの横っ面を叩き、2mは水中で吹き飛ばす!

 「ガラあきじゃ,ファトラきぃ〜っく!」 

 もんどりうった全長10mの巨大サメの腹に、佐竹×5くらいの拳を連続して叩き込む。

 “ぐぼぼぉぉ…”

 青い血を吐きながら、片目のジンベエはギラギラ輝くその右目でファトラを睨んだ。

 “やるな,人間の小娘…技の名前を内容が合っていないぞ” 水の中、太い声が響く。

 “ほぉ、人の言葉が分かるか。図体ばかりデカイだけかと思っていたぞ!”

 “ほざけ,喰ろうてやるわ!”

 ジンベエは牙をむき出しに、ファトラに襲い掛かる!

 しかしその特攻をファトラは紙一重で躱し、その背鰭に乗り移った。

 “なんと!”

 “誰に喧嘩売ったか,教えてやるわぁ!”

 メシィ,背鰭の上、ちょうどサメの脳天に当たる部分に渾身の打突を繰り出すファトラ。

 “グァァ!!!” 絶叫を上げるジンベエ。

 ファトラは離れ、グッタリとした少女を抱えて海面に出る。

 そんな光景を、ライフセーバー達は呆気になって水面から見つめる。

 「すごい…あのジンベエと素手でやりあって勝ちやがった」 

 「って言うか、人間か、あの女…」 

 「サメと話してなかったか?」 

 沖へと逃げていくジンベエを眺めながら、ファトラは浜辺へと戻る。

 「やはりな」 

 少女を横たえるファトラ。歳の頃は10歳くらいであろうか,美少女である。

 「いかん、呼吸が止まっている,人工呼吸を!」 駆け寄るライフセーバーを片手で止めるファトラ。

 「それはわらわの仕事じゃ,ぐふふぅ」 にやける彼女。

 「人工呼吸を勘違いしてるぞ,お前!」 

 「まずは顎を上げて気道確保,後に鼻を摘まむ」 てきぱきとしっかりとした手順を踏むファトラ。舌打ちするライフセーバー。

 「思い切り息を吸い込み…」 大きく息を吸う彼女。

 そしてポニーテールの少女の小さな唇に己の形の良い唇を近づけ、合わせる。

 「ふ〜〜〜〜」 

  「…・・ごほごほごほ!!」 

 咳き込んで身を起こす少女。

 「ちっ,一回で目を覚ましおったか」 不謹慎にファトラ。

 少女は虚ろな目で辺りを見回している。今の状況が良く分かっていない様だ。

 「ちゃんと自分が分かるか? お主、名前は何じゃ?」 

 少女の目の前で手を振り、ファトラは問う。小さく少女の口が動く。

 「アレーレ…」 

 「? アレーレ? 渡来人か? ほら、目を覚まさんか」 

 ぱん,軽く両手で頬を挟む様にして叩く。

 「!? はっ,私は何を…あら?」 

 きょろきょろ辺りを見渡すアレーレ。

 「ええと、サメにボート破られて…それで…?」 

 「わらわがおっぱらってやったわ」 

 「え…そうなんですか…私は失格ですね」 

 「? 何を言っておる?」 何故か苦笑する少女にファトラは怪訝に尋ねた。

 「い、いえ、何でもないです。危ないところをありがとうございます。ええと…」 

 「ファトラじゃ」 

 「ありがとうございます,ファトラ様」 

 ファトラの手を取り、アレーレ。見詰め合う二人。

 完全に2人の世界へ入ってしまっている。

 「大変だぁ!」 

 と、そこへ聞き覚えのある叫びが飛び込んでくる。

 「ライフセーバーの皆さん,大変なんです。うちの生徒達が洞窟に閉じ込められまして」 

 「藤沢? どういうことじゃ?」 

 聞き覚えのある声,藤沢の慌てたその言葉に、ファトラは現実世界に戻ってライフセーバーに混じって尋ねた。

 「ああ、ファトラ君。実はだな,誠達が洞窟に入っている間に入り口が崩れてだな…」 

 「洞窟というと、今はやっているとかいうカップルで行く洞窟ですか?」 

 「はい」 ライフセーバーに答える藤沢。

 「まずいな」 

 「ああ」 苦い顔で彼等。

 「ともかく至急クレーンの手配を!」 リーダーっぽい男がてきぱきと指示を下す。が、やはり顔色は冴えない。

 「どういう事じゃ?」 ファトラはセーバーの一人を捕まえて尋ねる。

 「満ち潮ですよ、あと20分もすれば洞窟は半分以上海の中へ沈みます」 

 「「何だと?!」」 

 ファトラと藤沢の声がハモった。




 「おいおいおい、どうすんだ!」 焦りに迫ったシェーラ。

 「駄目だ,何処もかしこも行き止まりだ」 冷静なイフリータの声が半分闇の中に響きわたる。

 「腰まで来てるぞ!」 陣内の焦りを帯びた声。

 「どうしよう,まこっちゃん…」 

 「大丈夫や、何かなる,何とか…陣内,その地図ってどうしたんや?」 誠は陣内の持つ地図を指差す。

 「これか? これは宝の地図だ,もっともどこの洞窟のものか分からんがな」 

 「見せてみぃ!」 

 「こ、こら!」 陣内の手からひったくって、誠はそれを凝視。

 「ほぅ,なるほどな」 横からイフリータがそれを見つめて頷く。

 「これ、ここの地図や。ちょっと地形は違うけど、多分潮の満ち退きで風化して変化したんやろな」 

 「そうなのか?!」 

 「皆、もしかしたら何とかなるかもしれへんで!」 地図を片手に、誠は嬉しそうに叫んだ。




 ファトラ達が洞窟の前にやってくる頃にはすでに磯辺は海の下に沈んでいた。

 「おい、いるか!」 

 ファトラは崩れた洞窟の入り口から叫ぶ。膝まで波が打ち寄せ、もともと足場の不安定な磯辺,なんとか立っているような感じだ。

 「ファトラさんか?」 

 中から誠の声が聞こえてくる。

 「すまん、こちらでは…」 

 「わかっとる」 答えを知った反応が返ってくる。

 「こちらでも何とかなりそうや。駄目でも引き潮になるまでもてば良いんやし。ともかく、取れる手を取ってみるわ」 

 「頼むぞ!」 

 ファトラは藤沢とミーズ,ライフセーバーに頷き、その場を後にした。




 一番奥の像の前。すでに海水は胸辺りまできている。

 「皆、落ち着きや」 誠は6人を見渡しながら続けた。

 「もしも陣内の持っていたこの地図が正しいのならば、や」 

 上,天井を見上げて、誠は言う。

 「もう少し,そう、完全に満潮になるまであと5分くらい、耐えてや!」 

 「ああ、信じるぜ,誠」 

 「はい」 

 「何とかする,だもんね」 

 シェーラ,クァウール,菜々美は頷き答える。

 やがて満潮,一同は立ち泳ぎの状態で天井に手を添えていた。

 「あったで!」 誠は喚声を上げる。

 像の上,潮だまりの天井部分が少し奥まっている。

 そこは丁度潮が満ちる位置に横穴が開いていた。

 「こんな所に横穴?」 菜々美は首を傾げる。

 「た、助かった…」 溜め息と伴に陣内は肩の力を抜く。

 水から身を出した誠は、懐中電灯で奥を照らす。

 「何だ? ここは」 イフリータがその光景に呟きを漏らした。

 岩の床は確かに凸凹はしている、しかし先程程ではない。明らかにある程度は人の手が加えられた後がある。

 「海賊の宝かな?」 シェーラのその言葉にゴクリと唾を飲む音が誰からともなく聞こえてきた。

 「進んでみよか?」 

 「戻りようがないわ」 

 誠の提案に、陣内が駄目押しを押す。

 ほとんどまっすぐな洞窟。やがて少し進んだところの右側に明らかに人工物があった。

 「扉だ」 

 「ああ…古いものではあるな」 

 洞窟の側道に扉を付けたような、そんな感じである。

 「開けてみるか?」 ディーバは取っ手に手を掛けて一同に尋ねる。

 一瞬の躊躇の後、一同同意。

 ガチャリ

 暗い空間が、中にはあった。

 「陣内、懐中電灯で照らしてみてや」 

 「ああ」 

 陣内は中を照らす。何もない、四角い部屋だった。

 ぞぞぞ…

 部屋の中の壁が動いたような気がする

 「何や?」 

 「あ、フナムシだ」 イフリータが床を這うそれを見つめて呟く。

 「「フナムシ…?」」 

 その部屋の床、壁、天井にびっしりと張りつくのは…フナムシだった。

 「し、締めるんや!!」 

 一斉に押し寄せるその大軍に、慌ててシェーラは扉を閉める!

 パタリ、何かが倒れる音。

 「ああ、クァウールさんが失神した!!」 慌てる誠。

 「まぁ、無理もない」 

 抱き起こす誠を眺めながら、イフリータもまた額を押さえていた。




 夏祭りの会場である神社。

 海を見下ろせる位置にあるこの神社の境内には、10m程の木製の高台が築かれていた。

 「カーリアちゃん,これお願い!」 

 「OK! 磯じぃ!」 

 下から老人が2本のはりばちを投げる。それを高台のてっぺんに置かれた太鼓を磨いていた彼女が受け取る。

 「よし,ちょっと試してみるかな」 

 カッカッ,2本のはりばちを叩いてその感触を確かめると、彼女は大太鼓を叩く!

 ドン,ドン,ドン!

 力強いリズム。

 「問題なしだね」 微笑み、彼女は境内を見下ろす。

 神社へと至る登りの石の階段,そこには綿菓子や金魚すくいなどの出店が数多く並び、準備に追われているのが分かる。

 いつもは物静かなこの村が嘘のように感じられた。

 さらにその先、海岸を見つめるカーリア。

 「ん?」 

 ここからは切り立った断崖があるせいで分かり難いが、磯辺の方で何か村の若い衆が騒いでいるのが見て取れる。

 「ねぇ、磯じぃ?」 カーリアは下に向って声を掛ける。

 「何だね?」 上を見上げる老人。

 「磯の方で何かあったの?」 

 「ああ、何でも洞窟の一つが崩れたらしいなぁ。中に人がいた様じゃ」 

 「大変じゃない!」 

 「ああ、だから今、騒いどるんじゃよ」 

 「誰が閉じ込められてかって,聞いてる?」 

 「そこまではなぁ」 済まなそうに老人。

 「…大丈夫よね?」 

 カーリアは友達になったばかりの青年を思い浮かべながら、再び準備の作業に取り掛かった。




 その後、転がる岩やら落ちてくる氷柱やら、インディジョーンズやスペランカー顔負けの(?)仕掛けを何とかクリアした一行は、一番奥と思われる大きな扉にぶつかった。

 ゴゴゴゴゴ…

 「何や? ひとりでに?!」 

 「自動ドアなのか?」 ディーバのボケにつっこむほど余裕のある者はいないようだ。

 重い音を立てて、扉は内側へと開いていく。

 そこに待ち受けていたものは…2本の蝋燭の灯かり。そして

 「よくここまでたどり着いたわね」 

 「さすがはワシらが見込んだだけのことはあるの」 

 少女と老人。

 「鷲羽先輩! それにストレルバウ校長!」 

 「何でお前等がここに?!」 

 しかしシェーラの質問は無視される。鷲羽は続ける。

 「水原,アナタの能力を見せてもらったわ。判断力、分析力、そして何より、最後まで冷静さを失わなかったこと、それこそが一番大切なこと」 

 「これから見つけていくであろう、お主の発見には常に己を見失わないその感覚が大切じゃよ,合格じゃ」 

 「? 何が合格なんです?」 

 無理矢理、勝手に話を進める2人を冷めた目で見つめながら、誠は尋ねた。

 「水原、アンタを第21代科学部部長に任命する! はい、これが部長の証ね」 言って鷲羽は昔懐かしのニコちゃんバッチを誠の胸に付ける。

 「部長…って僕と鷲羽先輩しかおらへんやんか!!」 

 「もしもアンタがここまでたどり着けなかったら、科学部は廃部にしようと思ってたのよ」 

 「そうじゃ,中途半端な形で続ける訳にはいかんからの」 ストレルバウは笑いながら言った。

 と、菜々美が思い出したように片手でストップをかける。

 「ちょっと待って…ってことは洞窟の入口塞いだのとか、全部アンタらの仕業?」 

 「入口の爆破だけじゃよ。他はもともとここにあった仕掛けじゃ」 何故か誇らしげにストレルバウ。

 「ほほぅ」 シェーラは指を鳴らしながら2人に迫る。

 「言いたいことは…」 その隣に同じ体勢で菜々美。

 「それだけですか?」 囲む様にして目の据わったクァウールが歩み寄る。

 「えと、もしかして」 

 「怒っとるのか?」 ストレルバウと鷲羽は背を合わせて額に汗。

 「「当然!」」 

 「「ひぃぃ!!」」 

 地下なのに雨が降った。血の雨が…。

 そんな光景を横目に、誠は陣内を見る。何かを手に呆気に取られていた。

 「宝はこれか?」 ディーバがそんな陣内の手にするものを指差して尋ねている。

 「これはなんだ?」 イフリータが誠に落ちていた何かを手渡して問う。

 最終だったここは、ただっぴろい正方形の部屋。

 所々に運び忘れたように貨幣のようなものが落ちている。誠は懐中電灯でイフリータから手渡されたそれを照らす。

 「和同開珍…聞いたこともない貨幣や,パチモンみたいやな」 

 「古銭ショップに売れば、幾等かするんじゃないか?」 

 誠とイフリータは顔を合わせ、そして吹き出す。

 「くそぅ!!」 陣内の心から悔しがる叫び。

 「まぁまぁ、こういうこともあるものだ」 

 「こういうことばかりだな」 ディーバのなぐさめは、全くなぐさめにはならない様だ。




 僕達は鷲羽先輩とストレルバウ校長を締め上げ、出口を問いただす。

 まるでお約束のように部屋の隅に登り階段があった。

 「こっちから入ればすぐに宝にありつけるんだね」 菜々美ちゃんのキツイつっこみを聞きながら僕達は登る。

 やがて視界は開け、新鮮な外の空気が肺に入り込んだ!

 「ここは?」 

 ドンチャンドンチャン,軽快な音楽がすぐ近くから流れてくる。

 神社の社の裏にある稲荷を祭る社,その裏から僕らはようやく地上に出ることができた。

 盆踊りの曲や人々の歓声,今日は夏祭りと聞いた。

 「隠し通路…か」 

 社の影になった部分に開く下り階段を眺めて、僕は呟く。

 「昔の水軍が隠れキリシタンの集会所だったあの洞窟を改造して宝物を隠していたみたいね。もっとも宝自体はつかっちゃったか、誰かに取られたかしたんだろうけど」 

 「ふぅん」 鷲羽先輩の解説に、僕は頷く。もっとも今となっては外に出ることが出来たことを喜びたい。

 「ね、まこっちゃん,さっさと着替えてお祭り行こうよ!」 菜々美ちゃんが嬉しそうにそう言った。

 「そうですね,藤沢先生も心配されているでしょうし」 クァウールさんの言うことももっともである。

 「でもこの格好で町中を歩くのはちょっとなぁ」 とこちらはシェーラさんが自分の姿を見て言った。そう、僕らは水着姿なのだ。

 「ともあれ、帰ろう,誠」 僕の手を取るイフリータ。

 「そうやね。出来るだけ裏道を通って,な」 

 僕達は笑いながら、宿へ向って小走りに帰って行った。

 どうやって説明しようか,それを考えると頭が痛い。




 少年の目の前に、同じ姿をした少女が立っていた。

 まるで変わらぬ姿形,ポニーテールにした髪型すら、寸分の狂いがない。双子だろうか?

 「姉さん,何やってるんだよ!」 

 少年の方が非難びいた口調で彼女を攻める。

 「もぅ、おきちゃったことは仕方ないじゃないの」 開き直りの少女。

 「ファトラ様に僕等の存在がバレちゃったじゃないか!」 

 「あら、私だけよ。それにただの旅行者としか思ってないわよ。そんなに神経質にならなくても良いじゃないの」 

 「…だってさ」 

 「羨ましいんなら、そうとはっきり言えば良いじゃない」 ズバリ,言い当てられてパルナスは怯む。

 「アンタだってファトラ様の連れに顔がバレてるじゃないの,お互い様よ」 

 「あれは仕方ないじゃないか」 

 「じゃ、私も仕方ないわよ。ともかく、どうやらここは安全みたいだからね。アンタもゆっくり羽を伸ばしなさい」 彼女は言って、その場を立ち去る。

 残された少年は、大きく息を吐くとその場から背を向け、そして消えて行った。




 藤沢を初めとした東雲男子連が待つ中、彼女達はようやく顔を出す。

 「おまたせしました」 深々と頭を下げる水色の浴衣を着込んだクァウール。彼等の間に感嘆のどよめきが上がった。

 「歩きにくいな、これ!」 その後ろからは全く対照的な、紅葉の赤に彩られた浴衣姿のシェーラ。既に足元が着崩れている。

 「シェーラ…ごめん、似合わないわね」 苦笑するヒマワリの黄色い柄は菜々美だ。

 彼女達を初めとした女子達は、彼方の教えと彼女の若い頃の持ち服を借りて色鮮やかな浴衣に着替えていたのである。

 「おや,誠はどうした?」 烏色に身を包み、扇子を揺らしながらファトラは辺りを見渡す。

 「その内来るだろ,さ、移動するぞ」 藤沢の号令。

 「「は〜い」」 

 と、藤沢の袖を引っ張る者がいる。

 「藤沢先生,私の手を取っていただけませんか? 歩きづらくて…」 

 濃い青に染まったミーズが申し訳なさそうに頼む。

 「どうもこういった服装は慣れていないもので」 苦笑。

 「ええ、いいですよ」 照れたように藤沢は彼女の手を取った。

 そんな横を尼崎を初めとして数人の男子が追い抜かして行く。

 「あちぃな」 

 「全く暑い!」 

 「ああ、もう暑い暑い!!」 

 「うるせぇ!!」 藤沢の怒号に、彼等は祭りの人ごみへと走り消えて行った。




 私の腰の辺りを、老女は軽く締め上げる。

 「さ、出来ましたよ」 言って彼女は鏡の中、私の後ろで微笑んだ。

 紫紺の浴衣姿の私が、姿見の鏡の中に絵のように映る。

 それはかつてあった映像と、寸分たがわぬ物。

 「これは遥さんの形見分けで頂いたものなんですよ」 彼方は懐かしそうに私を眺める。

 おそらく彼女の目には、自分の若き日が見えているのだろう。こうして和服姿の私達が並んでいるのですら、歳の違いはあれど良く似ているのだから。

 「形見分け…か」 

 この浴衣を着ていた頃、そう,私はいつも待っていた。遠くへと旅立ったあの人を。

 目の前を、懐かしい夏の風が過ぎ行く。記憶は遥か夏の日に溯る。

 「啓一さん」 

 左手の薬指に赤く輝く指輪を胸に抱き、桜の木の下で祈る。

 無事に帰りますように。怪我がありませんように。

 強く強く、今夜も祈る。

 きっと啓一は後ろから現れて抱き締めてくれる,そんな夢を見ながら。

 強い願い,叶うと良いな。

 きっと叶うよ,そして見せて欲しい。

 貴方の本当の、心からの笑顔を。

 だから、貴方の笑顔をもっと知るために、私も祈る。

 無事に帰ってきますように。

 それは遥か夏の記憶。

 同じ思いを抱いた、2つの意識の記憶…

 「イフリータさん、どうしましたの?」 

 私は我に返る。鏡に映る私の姿,それが現実と記憶の境目を無くす。

 「私達、良く似てるなと思って」 私は適当にごまかす。もっとも誤魔化さなくともそれは驚くに値することではあるが。

 「そうですわね。じゃ、外でお待ちの貴方の大切な人に、どちらが本物か、見分けてもらいましょうか?」 言って彼方は小さく笑う。その言葉に思い出す。

 「あ,待たせちゃってる…着付け、ありがとう,彼方さん!」 

 「いってらっしゃい」 

 私は急ぎたくとも急げない恰好に、慌てて玄関へと走る。

 そこでは誠が一人、浴衣に着替えて立っていた。

 「すまない、ちょっと色々あって」 

 頭を下げる私に軽く微笑むだけの彼は、前につんのめりそうになる私の手を取ってゆっくりと歩いてくれた。

 「ところで皆は?」 

 外に出ると菜々美達の姿がなかった。

 「先に行ってもうたよ」 

 「そか…」 

 しばらく無言の、歩く音と祭りのざわめきだけの心地好い時間が流れた。

 「なぁ、誠」 私は道端に咲いて塀に伝った夕顔の花を撫でながら隣の青年に思っていたことを口にする。

 「ん?」 

 「私、まだ分からないんだ」 

 「…自分自身が、やろ」 

 「うん」 私は頷く。

 「ゆっくり考えたらええ。誰も急かしたりせん」 その声からも優しさを感じられた。

 「ありがとう,でも」 私は言い澱む。

 「でも?」 

 「あまり時間はなさそうなんだ」 薄々それは誠と『こうして会った』その時から私は感じていた。

 「時間? 僕んちにはいつまでもいてええんやで」 

 「…ありがとう、誠」 堪らなく、彼をいとおしく感じる。

 「イフリータ?」 困った表情の誠,でもそれで良い。彼を心配させたくはない,いつか分かるその日まで。

 でも、これだけは伝えておきたい。

 「私が遥であろうとなかろうと,誠、私はお前を好きになっていたよ」 すんなりと澱みなく、気持ちを言葉にできた。

 ただそれだけで、胸の奥の不安が小さくなった気がする。自然と頬に何かが零れ落ちる。

 誠が私の肩に手を添える。真剣な彼の瞳が、私の瞳に映った。

 「…僕はイフリータ,君が好きだよ。遥でなくても桜でなくても何でもええ。今の君自身が好きや」 それは一番欲しかった言葉。

 「良かった。ほんの少しでも、誠の心に私を残して行ける…ね」 

 「何を言うとるんや」 

 ドン

 空から音が降ってくる。

 銀の飛沫を散らせた黒いキャンパスに、大輪の花が咲いていた。

 それは現われてすぐに消えてしまう、瞬間の花。

 「きれいな花火だ」 

 これ以上、零れ落ちない様、私は上を眺め続けていた。




 「きれいな花火だ」 

 「イフリータ?」 僕は彼女の言っていること、全てが分からなかった。

 彼女に何が起ころうとしているのだろう?

 しかし花火に映えるイフリータの横顔に僕は誓う。

 彼女に心からの微笑みを与えたい。

 お互い素直に泣いて、笑って、怒って、喜んで,それができるような心地好い関係を築いて行きたい。

 その為に、僕は彼女に何をしてあげられるのだろう?

 ただ見ていることしかできないのだろうか? 見守ることしか…

 いや、違う。

 「それは僕自身、決めることだ」 

 「誠?」 僕に振り返る彼女。

 ドン,大きな音とともに光が、彼女を照らす。

 まるで花火のように消え入りそうな、そんな雰囲気。

 「行こう、イフリータ」 

 僕は彼女の手を取った。決して離さぬよう、強く強く握る。

 「うん」 

 そして彼女もまた、強く握り返してくれた。

 僕達は屋台で賑わう、神社の石段を2人でゆっくりと登って行った。



19 Double Cast 了 




 人ごみの中、彼女は目的の人物を見つける。

 「ファトラ様!」 言って、彼女は命の恩人に抱き付く!

 「ん? アレーレではないか」 ファトラは、そんな少女の頭を軽く撫でながら、微笑みを浮かべる。

 「浴衣、よくお似合いですわ」 

 「そうか,お主は着ないのか?」 

 アレーレは半袖に単パンというラフな格好である,涼しそうではある。

 「着付け方が分かりませんし」 苦笑するアレーレ。

 「ありゃ、ファトラはんやないの」 横からそんな2人に声が掛けられる。

 「こんばんわ」 お辞儀する黒髪の女性。

 「おお、アフラにギルダ,それに…」 



 「おねぇさん,私と一緒に烏賊釣り漁船に乗りませんか?」 

 「あっちいけ,バカ!」 

 ドム!

 「はぅ!」 

 「そちらのおねぇさん,私と二人きりで暑い夜を…」 

 「暑くるしいんじゃ,失せぃ! ワレェ!」 

 グシャ!

 「あぐぅ!!」



 「良いのか、放っておいて」 さすがのファトラも、ある意味尊敬の念を込めて不屈の闘志に燃えるダルを眺める。

 「後でお灸すえます」 さらりと流すギルダ。お灸以上のものであろうが。

 ついつい、ファトラの浴衣の袖が引っ張られた。

 「ファトラお姉様、こちらのお姉様方は?」 アレーレが2人を見て尋ねた。

 それに2人はアレーレの存在に気付いたか、挨拶。

 「アフラ言います,よろしゅう」 

 「ギルダよ。よろしくね」 

 「あ、私、アレーレって言います! こんな奇麗なお姉様方に囲まれて、アレーレは幸せです!」 感涙のアレーレ。

 「そ、そか?」 

 「変わった娘ね」 アフラとギルダは冷汗を浮かべて、そんな少女を眺めていた。




 赤い浴衣を着た少女が、ワリバシに付いた白い綿の塊を眺めながら不思議そうに呟いた。

 「こいつが綿飴ってやつかい?」 言って一口。至福の表情。

 「シェーラ? あ、そういえば日本のお祭りって初めてですものね」 そんなはしゃぎようの彼女を見て、クァウールは苦笑い。

 「そか、じゃ、輪投げとか射的とか金魚すくいとかって知らないの?」 

 「何だ、そりゃ?」 

 「まず射的っていうのがね,あれよ」 そう言う菜々美が指差す先には一件の出店。

 3人は出店に近づく。

 「いらっしゃいませ」 威勢の良い、少年の声が出迎えた。

 「あら、パルナスくん?」 

 店を一人、番をしているのはポニーテールの少年。

 「あ、菜々美さん、こんにちわ」 彼も菜々美に気付き、笑みを以って迎える。

 「お知り合いなんですか?」 クァウールは菜々美に聞く。

 「ちょっとね。ところでその歳でアルバイトなの?」 

 「はい、色々ありまして」 変わらぬ笑顔で応じる。

 色々で済ませる辺り、本当に色々ありそうで確かに恐い。

 「菜々美ちゃんもよくやるものね」 

 「そうだけど…じゃ、パルナスくん? このデンジャラスなお姉さんに射的やらせてあげて?」 そう言うと菜々美は小銭をテーブルの上に置きシェーラを指差す。

 「はい!」 彼はライフル銃をシェーラに手渡した。

 「撃てば良いんだな,行くぜ!」 シェーラは狙いを陶器製のドラ●もんの置物に付けて…引き金を引いた。

 ズドン!

 ガシャン!!

 「「…実弾?」」 茫然の3人。

 「あ、モデルガンと間違えて狩猟用の持ってきちゃったみたい…」 

 パルナスは乾いた笑いを上げる。本当に色々ありそうな少年ではある。




 神社の境内,彼は連れの男達とはぐれて人ごみの中をさまよっていた。

 「柾木くん,こっちこっち!」 

 「?」 

 高めの声が、何処からともなく降ってくる。

 彼は左右を見渡すが声の元を見つけることは出来なかった。

 「こっちだってば!」 今度ははっきりと聞こえた。

 上を見上げる。太鼓の置かれた高さ10mはある、盆踊り広場の中心の高台の上で、少女が手を振っていた。

 宿屋の娘,カーリアだ。こげ茶色のTシャツに膝まであるラフなズボンを着こんでいる。

 「よっと!」 

 とん、とん,飛び降りる様にして下へと舞い下りる。

 「危ないよ」 柾木はそんな彼女を見て苦笑。

 「大丈夫大丈夫! あれ,一人なの?」 柾木の左右を見て、カーリアは不審げに尋ねた。

 「うん、はぐれちゃってね」 

 「そなの? じゃ、つき合ったげるよ」 屈託なく笑う彼女。

 「でも忙しいんじゃ?」 高台を見上げ、柾木は言う。

 「今、準備が終わったんだ。あとは祭りが終わって片付けるまでお仕事はなし!」 

 パン、手を叩いてカーリア。

 「ふぅん,そか」 

 「さ、いこいこ!」 柾木の腕を抱いて、カーリアは人ごみの中へ飛び込んだ。

 「わわ,そんなに引っ張らなくても」 

 パシャ!

 「? 尼崎?」 

 ストロボが光った。しかし発行元は人波に呑まれてしまって見つからず。

 「どしたの?」 

 「いや、なんでもない」 次の瞬間には、柾木はそれを忘れる。

 「ラムネでも飲む?」 

 「うん」 

 やがて2人もまた、人ごみの中に溶け込んで行った。




 ドン!

 「風流じゃのう」 

 「ああ、昼間は酷い目にあったが」 

 神社の裏手,人ごみの少ない静かなその場所に、2人の男女が村を見下ろせる神社の縁に当たる部分から空を眺めていた。

 空には先程から花火が咲いている。

 と、男の方,陣内の視線は遠くで同じようにして空を眺める2人を捕らえた。

 「? あれは誠ではないか?」 

 そう呟く彼の手に、ディーバのそれがまるで押しとめるように重なる。

 「ディーバ?」 

 「今は、このままでいてはくれないか?」 彼の背に己の背を預け、彼女は囁いた。

 「…そうだな」 

 陣内もまた小さく笑うと、背に彼女を感じながら空を見上げ続けることにした。




 無言のまま、空を見上げる。

 黄色、赤、青,色とりどりの炎の花。

 「なぁ、イフリータ。約束してくれへんか?」 

 誠は見上げながら、隣の彼女に問う。

 「ん?」 

 「昼間、洞窟の像に願い事、したやろ」 

 「うん」 

 ドン,青い花火が咲く。

 「あの願い、絶対叶えようや」 

 ドン,赤い花火。

 「…約束は」 

 ドドン

 イフリータの口が動く。

 一際大きな花が、夜空を飾った。

 それが、この夏祭り最後の花火だった。

 やがて盆踊りの為の太鼓の音が、花火のそれに変わって力強いリズムを村中に響かせて行く。

 そう、祭りはこれからだ。



1 Summer 終 



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